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101.眠れない夜②
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「……もしかして、王妃のことを気にしてる?」
「……っ!何で知って……」
「アイロスから聞いたよ。王妃から口止めされたようだけど、アイロスは私の忠実な従者だからね。王妃もアイロスの性格は良く知っているから、口止めを無視することも想定内だと思うよ」
「そ、そうなんですか!?」
(アイロスさん、最初から守る気なんて無かったのね! でも何となく想像出来ちゃうな……)
ザシャは「アイロスらしいだろう」と呟き、容易に想像が出来てしまい私は思わず笑ってしまった。
「だけど、私に何の報告も無しにエミリーの元を訪れるなんて、やられたな」
「でも王妃様が会いに来たのって、私だけではないですよね?」
「どうかな。恐らく、私の所為だ」
「え?」
ザシャは困ったように深くため息を漏らした。
私は不思議そうに顔を上げて、ザシャの横顔を眺めていた。
暗がりに目が慣れて来たので、なんとなくザシャの表情を捉えることが出来た。
ザシャは私の視線に気付くと、こちらに顔を傾けた。
「陛下に、エミリーを婚約者にしたいと伝えたんだ。その場には王妃も同席していた」
「え……ええ!?」
突然の報告に私は驚き、変な声を上げてしまう。
そんな私の様子に、ザシャはクスクスと笑いながら眺めていた。
「何をそんなに驚いているの?私はもう何度も言ったはずだよ。エミリーを私の婚約者、延いては妃に迎え入れると、ね」
「……そう、ですが。急過ぎじゃないですか?」
「そんなことはないよ。私としては遅過ぎたと思っているくらいだ。お互いの心はもう大分前から決まっていたのだし」
「……たしかに、そうですけど」
突然の話に動揺してしまったが、ザシャが私を選んでくれたのだと知ると嬉しくて胸が高鳴る。
「だから、王妃はエミリーに興味を持ったのだと思う。会いに来たのも純粋に話してみたかったという所じゃないかな」
「じゃあ、会いに来たのは私だけ?」
ザシャは「恐らくはね」と呟いた。
今の話を聞いて嬉しさを感じたが、同時に戸惑ってもいた。
王妃は期待して私に会いに来たのではないだろうか。
それなのに、私はあんな対応をしてしまった。
「ザシャさん、どうしよう……。私、失礼な態度を取ってしまいました」
私が泣きそうな顔で答えると、ザシャはふっと優しく笑い安心させるように手を握ってくれた。
「王妃が正体を隠してエミリーに会いに行ったのは、素顔のままのエミリーの姿が見たかったのだと思うよ。また会いに来ると言ったのだろう?」
「……はい」
「それならエミリーが不安がる必要なんてないと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「きっとエミリーは王妃に気に入られたのだと思う。あの人は嫌いな人間に自ら会いに行ったりはしないからね。アンナからエミリーの話を色々聞かされて、最初から興味を持っていたんじゃないかな」
「……え、そ、そうなんですか!?」
「うん。私が報告をし終えた後、母上は妙に上機嫌だったからな」
「そ、そっか。良かった……」
胸の中にあった不安が、吐く息に溶け出すように消えていく。
心のもやもやも消え、心底ほっとしていた。
「ふふっ、これでエミリーの心配事は解決かな?」
「とりあえず一つは……」
「一つ? まだあるの?」
「あ、えっと……」
安堵感に包まれ、思わず口を滑らせてしまった。
私が戸惑っていると、ザシャは優しい表情ではあったがじっとこちらを見つめていて、私は戸惑っていた。
「私からも一つ話をしても構わないかな」
「え? は、はいっ!どうぞ……」
「エミリーとの婚約についての話なんだ」
「……はい」
「さっき陛下に報告したと言ったけど、その件は受け入れて貰えたよ」
「……っ」
(それって、ザシャさんと結婚出来るってこと……、だよね。どうしよう、凄く嬉しいけど。これって夢じゃないよね)
反対されるのでは無いかと思っていた。
私の家は没落寸前の貧乏貴族で、婚約を結ぶメリットなんてどこをどう見てもないからだ。
王族が恋愛結婚するなんて話は全く聞かないわけではないが、かなり稀なケースだ。
しかもザシャは王太子であり、次期国王になる人間だ。
(ザシャさんが沢山説得してくれたのかな)
「エミリーを私の妃にすることが出来る。本当に嬉しいよ」
「わ、私もっ……」
ザシャは柔らかく微笑むと、私の額にそっと口付けた。
嬉しすぎて顔が勝手に綻んできてしまう。
「……だけどね、一つだけ問題が生じた」
「問題、ですか?」
ザシャの表情が険しくなり、つられるように顔色を曇らせた。
「側室を取るように言われたんだ」
「え?」
(側室……?)
一瞬、頭の中で理解出来なかった。
そのせいでぽかんとした表情を見せてしまった。
だけど意味が分かってくると、私の表情は戸惑いの色に塗り替えられていく。
ザシャはそんな私の姿を見て「すまない」と小さく呟いた。
「エミリー、ごめん。少しだけ待っていて欲しい。この件は私の方で必ずなんとかする」
ぼんやりと映るザシャの表情や口調から、苦しそうな様子が伺えて胸が苦しくなる。
こんな話を聞かされて確かにショックを受けたが、それ以上にザシャにまた気を遣わせているのだと分かると辛かった。
私は笑顔を作って顔を横に振った。
「ちょっと驚いてしまったけど、大丈夫です」
「……不安に、させているよな」
「す、少しだけ。でも、ザシャさんと結婚出来るって知れたから全然大丈夫ですよっ!」
「…………」
なんでこんな話が出てきたのか、容易に想像が付く。
きっとザシャは私達の婚約を強引に押し進めてくれたのだろう。
だけど、それに反発する者達は確実に出てくる。
一筋縄でいかないことは最初から分かっていたし、覚悟もしていたけど。実際にその話が進められているのだと分かると、思った以上に堪えるようだ。
ザシャは優しく私のことを抱きしめてくれた。
今の話を聞いたせいで胸の奥がもやもやしてしまってはいるが、ザシャとの結婚を許された。
私はこれから先もずっとザシャの隣にいられるということだ。
そう思うと、やっぱり嬉しくて顔が勝手に緩んできてしまう。
「ザシャさん、大好き」
私は思わず心の声を漏らしてしまった。
当然その言葉はザシャの耳にも響き「私もエミリーが大好きだよ」と返してくれた。
(どうしよう……。私、すごく幸せかも。ザシャさんとこれからもずっと一緒にいられるんだ。今はこの幸せを噛みしめておこう)
「……っ!何で知って……」
「アイロスから聞いたよ。王妃から口止めされたようだけど、アイロスは私の忠実な従者だからね。王妃もアイロスの性格は良く知っているから、口止めを無視することも想定内だと思うよ」
「そ、そうなんですか!?」
(アイロスさん、最初から守る気なんて無かったのね! でも何となく想像出来ちゃうな……)
ザシャは「アイロスらしいだろう」と呟き、容易に想像が出来てしまい私は思わず笑ってしまった。
「だけど、私に何の報告も無しにエミリーの元を訪れるなんて、やられたな」
「でも王妃様が会いに来たのって、私だけではないですよね?」
「どうかな。恐らく、私の所為だ」
「え?」
ザシャは困ったように深くため息を漏らした。
私は不思議そうに顔を上げて、ザシャの横顔を眺めていた。
暗がりに目が慣れて来たので、なんとなくザシャの表情を捉えることが出来た。
ザシャは私の視線に気付くと、こちらに顔を傾けた。
「陛下に、エミリーを婚約者にしたいと伝えたんだ。その場には王妃も同席していた」
「え……ええ!?」
突然の報告に私は驚き、変な声を上げてしまう。
そんな私の様子に、ザシャはクスクスと笑いながら眺めていた。
「何をそんなに驚いているの?私はもう何度も言ったはずだよ。エミリーを私の婚約者、延いては妃に迎え入れると、ね」
「……そう、ですが。急過ぎじゃないですか?」
「そんなことはないよ。私としては遅過ぎたと思っているくらいだ。お互いの心はもう大分前から決まっていたのだし」
「……たしかに、そうですけど」
突然の話に動揺してしまったが、ザシャが私を選んでくれたのだと知ると嬉しくて胸が高鳴る。
「だから、王妃はエミリーに興味を持ったのだと思う。会いに来たのも純粋に話してみたかったという所じゃないかな」
「じゃあ、会いに来たのは私だけ?」
ザシャは「恐らくはね」と呟いた。
今の話を聞いて嬉しさを感じたが、同時に戸惑ってもいた。
王妃は期待して私に会いに来たのではないだろうか。
それなのに、私はあんな対応をしてしまった。
「ザシャさん、どうしよう……。私、失礼な態度を取ってしまいました」
私が泣きそうな顔で答えると、ザシャはふっと優しく笑い安心させるように手を握ってくれた。
「王妃が正体を隠してエミリーに会いに行ったのは、素顔のままのエミリーの姿が見たかったのだと思うよ。また会いに来ると言ったのだろう?」
「……はい」
「それならエミリーが不安がる必要なんてないと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「きっとエミリーは王妃に気に入られたのだと思う。あの人は嫌いな人間に自ら会いに行ったりはしないからね。アンナからエミリーの話を色々聞かされて、最初から興味を持っていたんじゃないかな」
「……え、そ、そうなんですか!?」
「うん。私が報告をし終えた後、母上は妙に上機嫌だったからな」
「そ、そっか。良かった……」
胸の中にあった不安が、吐く息に溶け出すように消えていく。
心のもやもやも消え、心底ほっとしていた。
「ふふっ、これでエミリーの心配事は解決かな?」
「とりあえず一つは……」
「一つ? まだあるの?」
「あ、えっと……」
安堵感に包まれ、思わず口を滑らせてしまった。
私が戸惑っていると、ザシャは優しい表情ではあったがじっとこちらを見つめていて、私は戸惑っていた。
「私からも一つ話をしても構わないかな」
「え? は、はいっ!どうぞ……」
「エミリーとの婚約についての話なんだ」
「……はい」
「さっき陛下に報告したと言ったけど、その件は受け入れて貰えたよ」
「……っ」
(それって、ザシャさんと結婚出来るってこと……、だよね。どうしよう、凄く嬉しいけど。これって夢じゃないよね)
反対されるのでは無いかと思っていた。
私の家は没落寸前の貧乏貴族で、婚約を結ぶメリットなんてどこをどう見てもないからだ。
王族が恋愛結婚するなんて話は全く聞かないわけではないが、かなり稀なケースだ。
しかもザシャは王太子であり、次期国王になる人間だ。
(ザシャさんが沢山説得してくれたのかな)
「エミリーを私の妃にすることが出来る。本当に嬉しいよ」
「わ、私もっ……」
ザシャは柔らかく微笑むと、私の額にそっと口付けた。
嬉しすぎて顔が勝手に綻んできてしまう。
「……だけどね、一つだけ問題が生じた」
「問題、ですか?」
ザシャの表情が険しくなり、つられるように顔色を曇らせた。
「側室を取るように言われたんだ」
「え?」
(側室……?)
一瞬、頭の中で理解出来なかった。
そのせいでぽかんとした表情を見せてしまった。
だけど意味が分かってくると、私の表情は戸惑いの色に塗り替えられていく。
ザシャはそんな私の姿を見て「すまない」と小さく呟いた。
「エミリー、ごめん。少しだけ待っていて欲しい。この件は私の方で必ずなんとかする」
ぼんやりと映るザシャの表情や口調から、苦しそうな様子が伺えて胸が苦しくなる。
こんな話を聞かされて確かにショックを受けたが、それ以上にザシャにまた気を遣わせているのだと分かると辛かった。
私は笑顔を作って顔を横に振った。
「ちょっと驚いてしまったけど、大丈夫です」
「……不安に、させているよな」
「す、少しだけ。でも、ザシャさんと結婚出来るって知れたから全然大丈夫ですよっ!」
「…………」
なんでこんな話が出てきたのか、容易に想像が付く。
きっとザシャは私達の婚約を強引に押し進めてくれたのだろう。
だけど、それに反発する者達は確実に出てくる。
一筋縄でいかないことは最初から分かっていたし、覚悟もしていたけど。実際にその話が進められているのだと分かると、思った以上に堪えるようだ。
ザシャは優しく私のことを抱きしめてくれた。
今の話を聞いたせいで胸の奥がもやもやしてしまってはいるが、ザシャとの結婚を許された。
私はこれから先もずっとザシャの隣にいられるということだ。
そう思うと、やっぱり嬉しくて顔が勝手に緩んできてしまう。
「ザシャさん、大好き」
私は思わず心の声を漏らしてしまった。
当然その言葉はザシャの耳にも響き「私もエミリーが大好きだよ」と返してくれた。
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