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76.嘘
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それから私は涙が止まるまでひたすら泣いていた。
アイロスはその場から離れることなく、私が泣き止むまでずっと傍にいてくれた。
アイロスに出会った当時は、本当に失礼で嫌な人だと思っていたけど、今はそんな風には思っていない。
アイロスの傍にいると不思議と安心してしまうのだ。
頼りきってばかりいるのは決して良い事とは言えないが、アイロスなら私が困っている時には助けてくれると信じている。
私の涙が完全に止まると、アイロスは濡れている目元を指で拭ってくれた。
「もう満足か?」
「……満足です」
アイロスの言葉に私は小さく答えた。
アイロスらしい言葉で、なんだか少しおかしく思えて私は小さく笑っていた。
するとアイロスは「なんだ?」と眉間に皺を寄せて不思議そうに尋ねて来る。
そこにいるのは私の知ってるアイロスそのものだった。
いつも不機嫌そうな顔で、はっきりと何でも言って来る人。
出会った頃と何も変わっていない。
(アイロスさん、ありがとう……)
「いえ、何でも無いです。私ならもう大丈夫ですので!」
「そうか、だったら部屋に戻るか」
「はいっ!」
私は笑顔で答えていた。
***
帰り道、私は今傍に付いてくれているアンナとエラの話をしていた。
アイロスは興味無さそうな顔をしているが、一応は聞いてはくれている様だ。
そんなアイロスの態度にはすっかり慣れてしまった私は気にせず一人で話を続けていた。
王宮の入口の方まで着くと、私達は馬車乗り場へと向かった。
私達が馬車に乗り込もうとすると、背後から明るい声が響いて来た。
「あら?お兄様達もこちらにいらしていたのね」
「……ああ」
そこにいたのはシルヴィアだった。
そして隣にはザシャの姿がある。
私はその二人の姿を視界に入れると一瞬表情を曇らせてしまうが、直ぐに笑顔を見せ挨拶をした。
今の私はどんな顔をしているのだろう。
二人の仲の良さに嫉妬を向けている顔だったらどうしようと、内心そわそわしていた。
そんな醜い心情をザシャには知られたくは無くて、視線を合わすのが怖かった。
ザシャは感が良いので、目を合わせてしまえば私の心の内を読み取られてしまうかもしれない。
しかし不意にザシャと一瞬視線が合い、私は慌てるようにお辞儀をしてやり過ごそうとした。
だけど、ザシャはすぐに「エミリー」と私の名を呼んで来たので私は仕方なく顔を上げた。
私が戸惑った顔をしているとザシャは私の方へと近づいて来て、先程泣いて腫らした目元に指を滑らせた。
「何かあったのか?」
ザシャは心配そうな顔で訪ねて来た。
「え…?」
「目元も、瞳も真っ赤だ。泣いていたの?」
突然そんな事を言われてしまい、戸惑いから思わず助けを求めるような視線をアイロスに向けてしまう。
それに気付いたザシャは僅かに目を細めた。
「ち、違うんです!これはっ……。さっき目に大きなゴミが入ってしまって。取る時すごく痛くてっ……。それで、アイロスさんに取ってもらったんです」
私は咄嗟に思いつきの嘘を言ってしまう。
この場にはシルヴィアもいるし、本当の事など言えるはずもない。
それにザシャにも余計な心配を掛けたくなかった。
「……そうか」
「はい」
ザシャは静かに短くそう言った。
嘘を付いてしまったことには少し罪悪感を感じていたが、それ以上聞いて来ない事には安堵した。
アイロスも何も言わずに黙っていてくれた。
(ザシャさん、嘘を付いてごめんなさいっ……)
「エミリー様、大丈夫ですか?本当に目が真っ赤で可哀そう……」
「大丈夫です、もうゴミは取れたので。ご心配おかけてしてしまい、ごめんなさい」
シルヴィアは心配そうな顔で私の瞳を見つめていた。
「そう…?お大事になさってね。ザシャ、あまり触ったら良くないのかもしれないわっ!こんなに腫れてるんだから痛いわよね…」
「だ、大丈夫です」
シルヴィアはザシャの手を強引に剥がさせた。
そしてザシャの腕を引っ張って、私から引き離した。
「私達はこれから王都に買い物に行くの。ザシャが街を案内してくれることになっていて、私王都って余り歩いたことがないからすごく楽しみなの」
「……そうですか、楽しんで来てくださいね」
シルヴィアは無邪気に笑いながら本当に楽しそうに話していた。
その姿を見ると胸がチクっと痛くなったが、私は顔に出さないように笑顔で答えた。
ザシャが他の候補者と過ごすことは最初から決められている事だ。
それは仕方がない事だと、自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返していた。
「では、私達はこれで失礼しますね。行きましょ、ザシャ」
シルヴィアはそう答えると、ザシャの腕を引っ張って馬車に乗り込んでいった。
私はそんな二人の姿を見ていられなくなり、俯いていると不意に誰かに手を握られた。
思わず顔を上げるとそこにはザシャの姿があり、私は驚いて目を丸くしてしまう。
「ザシャ…さん?」
「エミリー、話は夜に聞くから。ごめん、それまで待っていてくれるか?」
ザシャは心配そうな顔で私の顔を見つめていた。
「はい……」
私が驚きながらも小さく答えると、ザシャは少しほっとした様に笑った。
「それじゃあ、また夜に……」
ザシャはそう一言告げると、シルヴィアのいる馬車に乗り込んでいった。
アイロスはその場から離れることなく、私が泣き止むまでずっと傍にいてくれた。
アイロスに出会った当時は、本当に失礼で嫌な人だと思っていたけど、今はそんな風には思っていない。
アイロスの傍にいると不思議と安心してしまうのだ。
頼りきってばかりいるのは決して良い事とは言えないが、アイロスなら私が困っている時には助けてくれると信じている。
私の涙が完全に止まると、アイロスは濡れている目元を指で拭ってくれた。
「もう満足か?」
「……満足です」
アイロスの言葉に私は小さく答えた。
アイロスらしい言葉で、なんだか少しおかしく思えて私は小さく笑っていた。
するとアイロスは「なんだ?」と眉間に皺を寄せて不思議そうに尋ねて来る。
そこにいるのは私の知ってるアイロスそのものだった。
いつも不機嫌そうな顔で、はっきりと何でも言って来る人。
出会った頃と何も変わっていない。
(アイロスさん、ありがとう……)
「いえ、何でも無いです。私ならもう大丈夫ですので!」
「そうか、だったら部屋に戻るか」
「はいっ!」
私は笑顔で答えていた。
***
帰り道、私は今傍に付いてくれているアンナとエラの話をしていた。
アイロスは興味無さそうな顔をしているが、一応は聞いてはくれている様だ。
そんなアイロスの態度にはすっかり慣れてしまった私は気にせず一人で話を続けていた。
王宮の入口の方まで着くと、私達は馬車乗り場へと向かった。
私達が馬車に乗り込もうとすると、背後から明るい声が響いて来た。
「あら?お兄様達もこちらにいらしていたのね」
「……ああ」
そこにいたのはシルヴィアだった。
そして隣にはザシャの姿がある。
私はその二人の姿を視界に入れると一瞬表情を曇らせてしまうが、直ぐに笑顔を見せ挨拶をした。
今の私はどんな顔をしているのだろう。
二人の仲の良さに嫉妬を向けている顔だったらどうしようと、内心そわそわしていた。
そんな醜い心情をザシャには知られたくは無くて、視線を合わすのが怖かった。
ザシャは感が良いので、目を合わせてしまえば私の心の内を読み取られてしまうかもしれない。
しかし不意にザシャと一瞬視線が合い、私は慌てるようにお辞儀をしてやり過ごそうとした。
だけど、ザシャはすぐに「エミリー」と私の名を呼んで来たので私は仕方なく顔を上げた。
私が戸惑った顔をしているとザシャは私の方へと近づいて来て、先程泣いて腫らした目元に指を滑らせた。
「何かあったのか?」
ザシャは心配そうな顔で訪ねて来た。
「え…?」
「目元も、瞳も真っ赤だ。泣いていたの?」
突然そんな事を言われてしまい、戸惑いから思わず助けを求めるような視線をアイロスに向けてしまう。
それに気付いたザシャは僅かに目を細めた。
「ち、違うんです!これはっ……。さっき目に大きなゴミが入ってしまって。取る時すごく痛くてっ……。それで、アイロスさんに取ってもらったんです」
私は咄嗟に思いつきの嘘を言ってしまう。
この場にはシルヴィアもいるし、本当の事など言えるはずもない。
それにザシャにも余計な心配を掛けたくなかった。
「……そうか」
「はい」
ザシャは静かに短くそう言った。
嘘を付いてしまったことには少し罪悪感を感じていたが、それ以上聞いて来ない事には安堵した。
アイロスも何も言わずに黙っていてくれた。
(ザシャさん、嘘を付いてごめんなさいっ……)
「エミリー様、大丈夫ですか?本当に目が真っ赤で可哀そう……」
「大丈夫です、もうゴミは取れたので。ご心配おかけてしてしまい、ごめんなさい」
シルヴィアは心配そうな顔で私の瞳を見つめていた。
「そう…?お大事になさってね。ザシャ、あまり触ったら良くないのかもしれないわっ!こんなに腫れてるんだから痛いわよね…」
「だ、大丈夫です」
シルヴィアはザシャの手を強引に剥がさせた。
そしてザシャの腕を引っ張って、私から引き離した。
「私達はこれから王都に買い物に行くの。ザシャが街を案内してくれることになっていて、私王都って余り歩いたことがないからすごく楽しみなの」
「……そうですか、楽しんで来てくださいね」
シルヴィアは無邪気に笑いながら本当に楽しそうに話していた。
その姿を見ると胸がチクっと痛くなったが、私は顔に出さないように笑顔で答えた。
ザシャが他の候補者と過ごすことは最初から決められている事だ。
それは仕方がない事だと、自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返していた。
「では、私達はこれで失礼しますね。行きましょ、ザシャ」
シルヴィアはそう答えると、ザシャの腕を引っ張って馬車に乗り込んでいった。
私はそんな二人の姿を見ていられなくなり、俯いていると不意に誰かに手を握られた。
思わず顔を上げるとそこにはザシャの姿があり、私は驚いて目を丸くしてしまう。
「ザシャ…さん?」
「エミリー、話は夜に聞くから。ごめん、それまで待っていてくれるか?」
ザシャは心配そうな顔で私の顔を見つめていた。
「はい……」
私が驚きながらも小さく答えると、ザシャは少しほっとした様に笑った。
「それじゃあ、また夜に……」
ザシャはそう一言告げると、シルヴィアのいる馬車に乗り込んでいった。
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