王太子の婚約者選考会に代理で参加しただけなので、私を選ばないでください【R18】

Rila

文字の大きさ
上 下
70 / 133

70.理由

しおりを挟む
「ザシャさん、あのっ…ちょっと話したい事があるんですが…」
私の頭を撫でてくれているザシャの方に視線を向けると、ザシャは柔らかく微笑み「どうしたの?」と聞いて来た。

「アイロスさんの事で…」
「……アイロスと何かあった?」
私がアイロスの名前を出すと、ザシャは撫でていた手を止めて、真直ぐに私の瞳の奥を見つめて来た。

「何かあったとかでは無いんです。今日からアイロスさんの妹であるシルヴィアさんが離宮に来たじゃないですか…。会うのは久しぶりだと思うので、暫くの間アイロスさんを私の傍付きから外してシルヴィアさんの傍に置いてもらう事って出来ませんか?」

以前にも一度この話をした事があった。
それなのに、蒸し返すみたいにまた同じ事を言ったらザシャを困らせてしまうかもしれない。
そう思うと言葉に出すのには少し勇気がいったが、久しぶりの再会なのだから少しくらいはその喜びに浸る時間を与えてあげたいと思ってしまった。

「エミリー、その事は前にも話したけど…」
「分かっていますっ!でも…私本当にアイロスさんには色々と感謝をしていて…。私は部屋で大人しくしているので安心してくださいっ!自習だって頑張りますっ…」

私はザシャの目を見つめながら必死な面持ちで告げると、深々と頭を下げた。
それから暫くの間ザシャは黙っていたが「エミリー、顔を上げて」と優しい声が響いてきた。
その声を聞いて、私は恐る恐る顔を上げて再びザシャの方へと視線を向けた。

「エミリーがアイロスに対して感謝していることは良く分かった。だけどアイロスを傍に置いているのには理由がある。エミリーだってそれは分かっているよね?」
「はいっ…」
私が小さく答えると、ザシャは困った顔で私の事を見つめていた。

(やっぱり、ザシャさんを困らせてしまった…)

こうなることは予想していたが、それでもザシャの困っている顔を見てしまうと胸の奥は痛くなり私は表情を曇らせた。
そんな様子を見ていたザシャはふっと小さく笑った。

「そんな顔をしないで。エミリーの気持ちは分かっているから」
「え…?」

「エミリーはここに来て一ヶ月くらいか。この生活にも少しは慣れて来たかな?」
「え?は、はい…」

「ここに来てからエミリーは一つも我儘を言ったことは無かったよな。それに私から頼んだわけでは無いのに、毎日色々と学んでいて本当に関心する程真面目で…。正直なところ、少し心配している」
「それは、私には契約があるのでっ…。ちゃんとザシャさんの婚約者候補を演じる為に……」

私が咄嗟に答えるとザシャは「それもあるけど、それだけではないだろう?」と聞き、私の頬にそっと掌を添えた。
頬から感じるザシャの温もりを感じていると、少しだけほっと出来た。
そしてザシャの表情は先程の困った顔では無く、普段通りの優しい顔つきに戻っていた。

「私はエミリーの事を婚約者にすると決めてはいたけど、最初からそういった教育をエミリーに強いらせるつもりはなかったんだ。確かにある程度の教養は持ってもらえたら良いのかもしれないが、エミリーの事は極力表には出すつもりはなかったからな」
「それは…どういう意味ですか?」
その言葉を聞いて私の表情は再び不安な顔色へと変わっていく。


「やっぱり、いくら頑張っても…私じゃ貴族令嬢の様には…なれませんよね」
「違う、そんな意味で言ったんじゃないよ。エミリー、聞いて…」
ザシャは泣きそうになっている私の両頬を包む様に掌で触れると、顔を上に向かせた。

「表には出したく無いと言ったのは、エミリーが思っている理由からでは無いよ。貴族の中には己の欲の為ならば非道なことでも平気でする人間もいるってことだ。私の婚約者だと発表すれば、それに乗じて近づいて来る連中も多いだろう。そして、中には酷い事を平気で言う人間も…な」
「大丈夫です、私は…そういうのは余り気にしないのでっ…」

「気にしないか…。エリーザも今のエミリーと同じことを言っていた。だけど、そんな事を言われ続けていればいずれどうなるかは分かるだろう?私はそれに気付いていながらも何も出来なかった。常に一緒にいる事は出来ないからな…」
過去を語るザシャの表情は悔いている様に見えた。

きっとエリーザの様にはしたくないと思って、そんな風に言っているのだろう。
それに気付いた私は、思わずザシャの掌に重ねる様に触れた。

「エミリーは私にとって、何よりも大切な人だ。だからこそ、些細な事でも傷つけるようなことは絶対にさせたくないんだ」
「でも…、そんなこと出来るんですか?」

「そうだな、やり方ならいくらだってある」
ザシャは僅かに口端を上げて、不敵に笑った。

「だけど、エミリーの努力する姿を見ていたら…少し考えが変わった。最初は私に合わせる為に無理をしているのではないかと思っていた。だけど時折楽しそうな表情を見せるよな…。その顔を見た時、本気で学びを楽しんでいるのだと分かったよ」

確かに最初は分からないことだらけで辛かった事もあったが、分かり始めて来ると好奇心が沸き起こり、知る事の楽しさを徐々に感じられる様になっていった。
それにマナー教育についても、身に付けてさえいれば少しでも長くザシャの傍に居られると言う邪な気持ちがあって、妙にやる気が出て来たものだ。
だからそれに対して苦痛だと感じることは余りなかった。

「エミリーの楽しそうな顔はいつでも見ていたいからね。アイロスが傍にいたら、きっとエミリーはいつまでも気にしてそうだしな」
「それって……」

ザシャは優しく微笑みながら私の事を見つめていた。
その顔を見ていたらザシャが何を考えているのか何となく分かってしまう。

「暫くの間にはなるけど、アイロスをエミリーの傍付きから外すよ。だけど侍女と護衛は付けさせてもらう。それでいいかな?」
「ありがとうございますっ!ザシャさんっ…」
私は満面の笑みで答えると、嬉しさを抑えることが出来ず思わずザシャにぎゅっと抱き着いていた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...