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59.普段と違う表情
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アイロスの厳しい教育が突如として始まった。
貴族としてのマナーは当然の事、それ以外にも王立学園で学ぶような基礎的な知識や、この国についての歴史、そして隣国との関係についてまで様々な事を教え込まれていく。
しかし突然そんなに色々言われても、私の頭が付いて行けるはずも無かった。
私が住んでいた街には、学園は無かった。
だけど私は一応貴族の娘であることから、今後の人生の事を考えて街から離れた場所にある学園に行くことを両親には勧められた。
ちなみに私の姉であるレイラはそこに2年間在学していた。
だけど私はそれを断った。
あの頃の私は働いてお金を稼ぐことに時間を費やしたかったからだ。
勉強なら一人でも出来ると思ったから。
父が事業に失敗する前はそれなりに貴族らしい生活を送っていたので、私にも家庭教師が付けられていた。
だから文字の読み書きは出来るし、数字の計算や、初歩的な事は既に身に付けていた。
(あの時…やっぱり学園に通っていれば良かったのかな…。だけど、あの時は本気で家を継ごうとしていたし…、今更後悔しても意味無いわね…)
あの時決めたのも、これからの道を決断のも自分だ。
だから頑張ろうと決めたのだが…アイロスが予想以上に厳しい。
私が少しでも弱音を吐けばアイロスは睨んで来る。
そして週に一度アイロスが作った筆記試験が実施されるようになる。
それが難問過ぎて、最初は不正解ばかりだった。
するとアイロスは「やる気があるのか?」とまた睨んできて怖いし、私は昼間以外も時間を見つけては勉強に励んでいた。
(アイロスさん…厳し過ぎよっ…!だけど…他の貴族の人達は…これを勉強してきたのね…。貴族も…楽じゃないのね…)
確かに勉強は苦になる事が多かったが、中には気になるジャンルもあり私は割と楽しみながら学んでいく事が出来た。
私がここに来て1か月程が過ぎた頃に、離宮に4人目の婚約者であるシルヴィアがついにやって来る事が決まった。
***
その日は朝から、離宮にいる使用人達が慌ただしく廊下を歩き回っていた。
それもそのはず、今日はこの離宮に新たな客人が訪れる日だったからだ。
私もその事は事前に聞かされていたので、朝からどこかそわそわとしていた。
この日ばかりはアイロスもシルヴィアの傍で色々と手伝う事になっていた為、授業も休みとなった。
だから余計にやる事が無くて、その事ばかり考えてしまう。
(シルヴィアさんって…どんな方なんだろう…。やっぱりアイロスさんと同じで…怖い人…なのかな…)
私はシルヴィアの事が気になって仕方がなかった。
だから自室を抜け出し、遠くからシルヴィアの姿を一目見ようと廊下の隅から顔を覗かせていた。
「お前…こんな所で何をしているんだ…?」
「…ひぁああっ…!び…びっくりした…。アイロスさん…どうしてここに…」
突然私の背後から声が響き、完全に油断していた為驚いて変な声を上げてしまった。
慌てて振り返ると、眉間に皺を寄せて仁王立ちしながら私を見つめるアイロスの姿がそこにはあった。
「聞いているのは俺の方だ…。お前が考えている事なんて…安易に想像出来るけどな…」
「…っ…、私も…何か手伝いますっ…」
アイロスは呆れた顔をしていて、困った挙句私は咄嗟にそう答えてしまうと、アイロスは僅かに目を細めた。
「手伝い…?」
「そ、そうです…!私こう見えても…体力には自信があります。荷物運びとかなら…出来ますよ?」
私が答えると、アイロスは深くため息を漏らした。
「エミリー…、お前は自分がザシャ様の婚約者候補だという自覚はあるのか?」
「あ、ありますっ…!」
(あるに…決まってる。そのために私は一生懸命勉強しているのに…!まだまだ未熟だけど…アイロスさんだって、少しくらいは分かっていてくれている…よね…?…それなのに…そんな言い方……酷いわ)
私はそんな事を考えながら、不満そうな顔をアイロスに向けていた。
「何か言いたそうな顔だな。……だが、貴族の令嬢はそんなことはしない。ここでのエミリーは、使用人ではない…。その立場を理解しての発言か…?」
「……あ…」
アイロスの言葉に私ははっとして、表情を曇らせてしまう。
何の為にアイロスが時間を割いて、私に授業をしてくれているのか気付くと、そんな事を思ってしまった自分が恥ずかしくなった。
私がここにいるのは、今は仮の婚約者候補ではあるけど、周りに認めてもらいたいからでもあった。
アイロスはきっと妹を応援をしたいはずなのに、私のザシャへの思いを知った後も一度も嫌なんて言葉は言わず、私の面倒を見てくれている。
そんな相手に失礼な態度を取ったのは私の方だ。
(ごめんなさい……アイロスさん…)
「どうやら理解出来たようだな…。だったら部屋に戻れ…。お前の手伝いは要らない…」
「……っ…、ほ…本当はっ…」
「……?」
私が言いかけるとアイロスはまだ何かあるのか?という瞳を私に向けて来た。
「シルヴィアさんがどんな人か…見たかったんです…。嘘を付いて…ごめんなさいっ…。そんな理由で来たことを知られたら…怒られると思って…」
「……お前らしい理由だな。まぁ、最初からそんな事だろうとは思っていたけどな…」
私がしょんぼりと肩を落としていると、アイロスは「仕方ない…」と呟いた。
「ザシャ様から、シルヴィアをエミリーに紹介する様にとは一応言われているからな…」
「え…?」
「会いたいんだろ…?シルヴィアに…。だったら俺に付いて来ればいい。紹介してやる…」
「ほ、本当ですかっ!?……嬉しいですっ…!!」
私はその言葉に、一瞬で表情を明るくさせた。
するとアイロスは呆れていた表情を見せるも、その表情は何処か緩んでいる様に見えた。
普段よりも少し優しい顔をしている気がする。
そんな普段と少し違うアイロスの表情を見て、私は少しだけドキッとしてしまった。
貴族としてのマナーは当然の事、それ以外にも王立学園で学ぶような基礎的な知識や、この国についての歴史、そして隣国との関係についてまで様々な事を教え込まれていく。
しかし突然そんなに色々言われても、私の頭が付いて行けるはずも無かった。
私が住んでいた街には、学園は無かった。
だけど私は一応貴族の娘であることから、今後の人生の事を考えて街から離れた場所にある学園に行くことを両親には勧められた。
ちなみに私の姉であるレイラはそこに2年間在学していた。
だけど私はそれを断った。
あの頃の私は働いてお金を稼ぐことに時間を費やしたかったからだ。
勉強なら一人でも出来ると思ったから。
父が事業に失敗する前はそれなりに貴族らしい生活を送っていたので、私にも家庭教師が付けられていた。
だから文字の読み書きは出来るし、数字の計算や、初歩的な事は既に身に付けていた。
(あの時…やっぱり学園に通っていれば良かったのかな…。だけど、あの時は本気で家を継ごうとしていたし…、今更後悔しても意味無いわね…)
あの時決めたのも、これからの道を決断のも自分だ。
だから頑張ろうと決めたのだが…アイロスが予想以上に厳しい。
私が少しでも弱音を吐けばアイロスは睨んで来る。
そして週に一度アイロスが作った筆記試験が実施されるようになる。
それが難問過ぎて、最初は不正解ばかりだった。
するとアイロスは「やる気があるのか?」とまた睨んできて怖いし、私は昼間以外も時間を見つけては勉強に励んでいた。
(アイロスさん…厳し過ぎよっ…!だけど…他の貴族の人達は…これを勉強してきたのね…。貴族も…楽じゃないのね…)
確かに勉強は苦になる事が多かったが、中には気になるジャンルもあり私は割と楽しみながら学んでいく事が出来た。
私がここに来て1か月程が過ぎた頃に、離宮に4人目の婚約者であるシルヴィアがついにやって来る事が決まった。
***
その日は朝から、離宮にいる使用人達が慌ただしく廊下を歩き回っていた。
それもそのはず、今日はこの離宮に新たな客人が訪れる日だったからだ。
私もその事は事前に聞かされていたので、朝からどこかそわそわとしていた。
この日ばかりはアイロスもシルヴィアの傍で色々と手伝う事になっていた為、授業も休みとなった。
だから余計にやる事が無くて、その事ばかり考えてしまう。
(シルヴィアさんって…どんな方なんだろう…。やっぱりアイロスさんと同じで…怖い人…なのかな…)
私はシルヴィアの事が気になって仕方がなかった。
だから自室を抜け出し、遠くからシルヴィアの姿を一目見ようと廊下の隅から顔を覗かせていた。
「お前…こんな所で何をしているんだ…?」
「…ひぁああっ…!び…びっくりした…。アイロスさん…どうしてここに…」
突然私の背後から声が響き、完全に油断していた為驚いて変な声を上げてしまった。
慌てて振り返ると、眉間に皺を寄せて仁王立ちしながら私を見つめるアイロスの姿がそこにはあった。
「聞いているのは俺の方だ…。お前が考えている事なんて…安易に想像出来るけどな…」
「…っ…、私も…何か手伝いますっ…」
アイロスは呆れた顔をしていて、困った挙句私は咄嗟にそう答えてしまうと、アイロスは僅かに目を細めた。
「手伝い…?」
「そ、そうです…!私こう見えても…体力には自信があります。荷物運びとかなら…出来ますよ?」
私が答えると、アイロスは深くため息を漏らした。
「エミリー…、お前は自分がザシャ様の婚約者候補だという自覚はあるのか?」
「あ、ありますっ…!」
(あるに…決まってる。そのために私は一生懸命勉強しているのに…!まだまだ未熟だけど…アイロスさんだって、少しくらいは分かっていてくれている…よね…?…それなのに…そんな言い方……酷いわ)
私はそんな事を考えながら、不満そうな顔をアイロスに向けていた。
「何か言いたそうな顔だな。……だが、貴族の令嬢はそんなことはしない。ここでのエミリーは、使用人ではない…。その立場を理解しての発言か…?」
「……あ…」
アイロスの言葉に私ははっとして、表情を曇らせてしまう。
何の為にアイロスが時間を割いて、私に授業をしてくれているのか気付くと、そんな事を思ってしまった自分が恥ずかしくなった。
私がここにいるのは、今は仮の婚約者候補ではあるけど、周りに認めてもらいたいからでもあった。
アイロスはきっと妹を応援をしたいはずなのに、私のザシャへの思いを知った後も一度も嫌なんて言葉は言わず、私の面倒を見てくれている。
そんな相手に失礼な態度を取ったのは私の方だ。
(ごめんなさい……アイロスさん…)
「どうやら理解出来たようだな…。だったら部屋に戻れ…。お前の手伝いは要らない…」
「……っ…、ほ…本当はっ…」
「……?」
私が言いかけるとアイロスはまだ何かあるのか?という瞳を私に向けて来た。
「シルヴィアさんがどんな人か…見たかったんです…。嘘を付いて…ごめんなさいっ…。そんな理由で来たことを知られたら…怒られると思って…」
「……お前らしい理由だな。まぁ、最初からそんな事だろうとは思っていたけどな…」
私がしょんぼりと肩を落としていると、アイロスは「仕方ない…」と呟いた。
「ザシャ様から、シルヴィアをエミリーに紹介する様にとは一応言われているからな…」
「え…?」
「会いたいんだろ…?シルヴィアに…。だったら俺に付いて来ればいい。紹介してやる…」
「ほ、本当ですかっ!?……嬉しいですっ…!!」
私はその言葉に、一瞬で表情を明るくさせた。
するとアイロスは呆れていた表情を見せるも、その表情は何処か緩んでいる様に見えた。
普段よりも少し優しい顔をしている気がする。
そんな普段と少し違うアイロスの表情を見て、私は少しだけドキッとしてしまった。
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