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10.無理なお願い
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「お願い?」
私が戸惑いながら聞き返すと、ザシャは小さく頷いた。
一体私に何を頼もうとしているのか全く見当もつかず、不安だけが増していく。
「そんな困った顔をしないで」
「…………」
私の困惑した表情を見ていたザシャは、苦笑を浮かべた。
「エミリーを、私の婚約者候補にしたいと思っているんだ」
「……はい?」
突然の言葉に私は耳を疑った。
思わず気が抜けた様な声が出てしまった。
(私を候補にって聞こえたけど。まさかね? 聞き間違え、よね? あり得ないわ、そんなこと)
「あの、申し訳ありません。今なんて、言われましたか?」
「私の婚約者候補になって欲しいと言ったんだよ」
私が戸惑った顔で聞き返すと、ザシャは私を真直ぐに見捕らえながら穏やかな口調で返した。
二度とも同じ返答が返って来たが、それでもまだ信じられなかった。
「突然、こんなこと言ったら驚くよね。だけどエミリーしか頼れる人が思い浮かばなくてね」
「そんなっ! こ、困りますっ」
「エミリーには誰か思ってる人はいるの?」
「いません、けど」
ザシャに見つめられて、私は目を泳がせながら答えた。
私には恋人なんていないし、好きな相手だっていない。
だからといってザシャの申入れを簡単に受け入れることは出来なかった。
どう考えても無理な話だと思う。
私は田舎に住む貧乏男爵家の娘で、平民並みの生活を送っている。
他の貴族の中に入るだけで浮いてしまうような存在なのに、それが王太子の婚約者候補だなんて務まるわけがない。
(絶対に無理よ! ザシャさんが何を考えてるのかは知らないけど、なんとしても断らないと!)
「あの、王太子様は私の家の事を何もご存じないと思いますが、うちは貧乏男爵家なんですっ! 私の着ているこのドレスを見たら分かりますよね? お父様が事業に失敗して、生活していくので精一杯な、そんなどうしようもない家なんです。こんな私を選んでも何一つメリットなんてありませんっ! なので辞退させてください」
私は必死で頭の中で考えた内容を伝えると、深く頭を下げた。
「ふふっ、やっぱり君は変わった子だね。辞退するなんて言われたのは初めてだ」
ザシャのクスクスと可笑しそうに笑っている声が聞こえて来て、私はゆっくりと顔を上げた。
「……っ! 申し訳ありません! 辞退するって言うのは、私じゃ相応しくないと思ったからで。それに私なんかを選んだら王太子様だって周りから何を言われるか」
「エミリー。とりあえず、その王太子様って呼び方を止めようか? 私の事はザシャでいいよ。昨日みたいに呼んでくれたら嬉しいな」
「む、無理ですっ!」
「どうして? 昨日は呼んでくれていただろう? 私はエミリーとは気兼ねなく話せる様な仲になりたいんだ。だからそう呼んで欲しいな」
私が慌てて答えると、ザシャは私の事をじっと見つめて少し寂しそうな表情を見せた。
そんな顔をされても困ってしまう。
「エミリーがそれでも無理だと言い張るのなら、そう呼ぶことは『命令』とでも言っておこうかな」
「なっ!」
ザシャは意地悪そうな顔でそう告げた。
悔しいけど命令と言われてしまえば、私はそれ以上は何も答えられなくなってしまう。
「婚約者候補を頼む理由はこれから話すよ」
「理由、ですか?」
「会場でも少し話したけど、私には半年前まで婚約者がいたんだ。彼女との婚約は、私が7歳の頃に決まった。それから15年間、ずっと彼女と結婚するものだと思いながら生きていた。だけど、彼女は突然の事故に巻き込まれてこの世から居なくなってしまった。私はそんなに強い人間では無いから気持ちをすぐに次に切り替えることが出来なくてね。でも周囲からは早く次の婚約者を見つける様にと急かされて、この選考会を開くことになったんだ。立場的に私は王太子だから仕方がない事だとは分かってはいるけど、もう少しだけ気持ちを整理する時間が欲しい」
突然目の前から居なくなった元婚約者の事を思い出しているのか、ザシャの姿はとても寂しそうに見えて私は何も言葉に出すことが出来なかった。
15年間もの間、ずっと傍にいた人が突然居なくなったらショックを受けるのは当然だろう。
この話を聞き、私はザシャに同情していた。
王太子と聞くと、国の頂点に立つような偉い人で何でも自由に決められる様な存在だと思っていたが、今の話を聞く限り苦労も多そうだと感じた。
そして、突然大切な人を失ったザシャを可哀そうだとも思った。
(今でも、その婚約者さんの事を忘れられないのかな)
「集まってくれた令嬢達には悪いとは思うけど、今は誰とも結婚を望んでいない。でも、だれか候補を選ばなくてはならない。ここに来ている令嬢のほとんどは、私が王太子であること、未来の王妃という名が欲しいが為に集まっている者ばかりだ」
「たしかに、王妃になれば裕福な生活が送れますし」
私が考えた様に答えると、ザシャは可笑しそうに笑っていた。
「ふふっ、エミリーは素直に言うな。そういう所嫌いじゃないよ」
「……っ!」
突然笑われてしまい私は恥ずかしくなった。
「エミリー、私の婚約者候補になって欲しい。勿論エミリーが結婚を望んでいない事は分かっているから、君とは結婚はしない」
「それって婚約者のフリをするって事ですか?」
「そうだね、そう思ってくれて構わない。勿論、それ相応の報酬は支払うよ。私は君の事を利用させてもらうのだから」
「少し考えさせてください」
突然こんな話を聞かされて私は戸惑っていた。
この件を受ければきっと多くの報酬を受け取ることが出来るだろう。
そうすればヴィアレット家は間違いなく貧乏貴族から抜け出せる。
お金の事で心が動いてしまうのは正直良く無いとは思うけど、私はあの家を没落させたくないと強く願っていたから心が揺れてしまう。
それに何も本当に結婚するわけじゃない。
一定の間だけ婚約者を演じるだけだ。
「エミリー、ごめん。考える時間はあげられない。今この場で決めて欲しい」
私が戸惑いながら聞き返すと、ザシャは小さく頷いた。
一体私に何を頼もうとしているのか全く見当もつかず、不安だけが増していく。
「そんな困った顔をしないで」
「…………」
私の困惑した表情を見ていたザシャは、苦笑を浮かべた。
「エミリーを、私の婚約者候補にしたいと思っているんだ」
「……はい?」
突然の言葉に私は耳を疑った。
思わず気が抜けた様な声が出てしまった。
(私を候補にって聞こえたけど。まさかね? 聞き間違え、よね? あり得ないわ、そんなこと)
「あの、申し訳ありません。今なんて、言われましたか?」
「私の婚約者候補になって欲しいと言ったんだよ」
私が戸惑った顔で聞き返すと、ザシャは私を真直ぐに見捕らえながら穏やかな口調で返した。
二度とも同じ返答が返って来たが、それでもまだ信じられなかった。
「突然、こんなこと言ったら驚くよね。だけどエミリーしか頼れる人が思い浮かばなくてね」
「そんなっ! こ、困りますっ」
「エミリーには誰か思ってる人はいるの?」
「いません、けど」
ザシャに見つめられて、私は目を泳がせながら答えた。
私には恋人なんていないし、好きな相手だっていない。
だからといってザシャの申入れを簡単に受け入れることは出来なかった。
どう考えても無理な話だと思う。
私は田舎に住む貧乏男爵家の娘で、平民並みの生活を送っている。
他の貴族の中に入るだけで浮いてしまうような存在なのに、それが王太子の婚約者候補だなんて務まるわけがない。
(絶対に無理よ! ザシャさんが何を考えてるのかは知らないけど、なんとしても断らないと!)
「あの、王太子様は私の家の事を何もご存じないと思いますが、うちは貧乏男爵家なんですっ! 私の着ているこのドレスを見たら分かりますよね? お父様が事業に失敗して、生活していくので精一杯な、そんなどうしようもない家なんです。こんな私を選んでも何一つメリットなんてありませんっ! なので辞退させてください」
私は必死で頭の中で考えた内容を伝えると、深く頭を下げた。
「ふふっ、やっぱり君は変わった子だね。辞退するなんて言われたのは初めてだ」
ザシャのクスクスと可笑しそうに笑っている声が聞こえて来て、私はゆっくりと顔を上げた。
「……っ! 申し訳ありません! 辞退するって言うのは、私じゃ相応しくないと思ったからで。それに私なんかを選んだら王太子様だって周りから何を言われるか」
「エミリー。とりあえず、その王太子様って呼び方を止めようか? 私の事はザシャでいいよ。昨日みたいに呼んでくれたら嬉しいな」
「む、無理ですっ!」
「どうして? 昨日は呼んでくれていただろう? 私はエミリーとは気兼ねなく話せる様な仲になりたいんだ。だからそう呼んで欲しいな」
私が慌てて答えると、ザシャは私の事をじっと見つめて少し寂しそうな表情を見せた。
そんな顔をされても困ってしまう。
「エミリーがそれでも無理だと言い張るのなら、そう呼ぶことは『命令』とでも言っておこうかな」
「なっ!」
ザシャは意地悪そうな顔でそう告げた。
悔しいけど命令と言われてしまえば、私はそれ以上は何も答えられなくなってしまう。
「婚約者候補を頼む理由はこれから話すよ」
「理由、ですか?」
「会場でも少し話したけど、私には半年前まで婚約者がいたんだ。彼女との婚約は、私が7歳の頃に決まった。それから15年間、ずっと彼女と結婚するものだと思いながら生きていた。だけど、彼女は突然の事故に巻き込まれてこの世から居なくなってしまった。私はそんなに強い人間では無いから気持ちをすぐに次に切り替えることが出来なくてね。でも周囲からは早く次の婚約者を見つける様にと急かされて、この選考会を開くことになったんだ。立場的に私は王太子だから仕方がない事だとは分かってはいるけど、もう少しだけ気持ちを整理する時間が欲しい」
突然目の前から居なくなった元婚約者の事を思い出しているのか、ザシャの姿はとても寂しそうに見えて私は何も言葉に出すことが出来なかった。
15年間もの間、ずっと傍にいた人が突然居なくなったらショックを受けるのは当然だろう。
この話を聞き、私はザシャに同情していた。
王太子と聞くと、国の頂点に立つような偉い人で何でも自由に決められる様な存在だと思っていたが、今の話を聞く限り苦労も多そうだと感じた。
そして、突然大切な人を失ったザシャを可哀そうだとも思った。
(今でも、その婚約者さんの事を忘れられないのかな)
「集まってくれた令嬢達には悪いとは思うけど、今は誰とも結婚を望んでいない。でも、だれか候補を選ばなくてはならない。ここに来ている令嬢のほとんどは、私が王太子であること、未来の王妃という名が欲しいが為に集まっている者ばかりだ」
「たしかに、王妃になれば裕福な生活が送れますし」
私が考えた様に答えると、ザシャは可笑しそうに笑っていた。
「ふふっ、エミリーは素直に言うな。そういう所嫌いじゃないよ」
「……っ!」
突然笑われてしまい私は恥ずかしくなった。
「エミリー、私の婚約者候補になって欲しい。勿論エミリーが結婚を望んでいない事は分かっているから、君とは結婚はしない」
「それって婚約者のフリをするって事ですか?」
「そうだね、そう思ってくれて構わない。勿論、それ相応の報酬は支払うよ。私は君の事を利用させてもらうのだから」
「少し考えさせてください」
突然こんな話を聞かされて私は戸惑っていた。
この件を受ければきっと多くの報酬を受け取ることが出来るだろう。
そうすればヴィアレット家は間違いなく貧乏貴族から抜け出せる。
お金の事で心が動いてしまうのは正直良く無いとは思うけど、私はあの家を没落させたくないと強く願っていたから心が揺れてしまう。
それに何も本当に結婚するわけじゃない。
一定の間だけ婚約者を演じるだけだ。
「エミリー、ごめん。考える時間はあげられない。今この場で決めて欲しい」
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