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37.己を信じる①
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再び裏路地に入ると、そこから浮遊し空高くまで舞い上がった。
そして天空から王都の景色を見下ろすようにして飛び回る。
慣れてしまえば、空を浮遊することは気持ち良く感じていた。
私は人が集まっていそうな場所を探していた。
すると、貴族らしい着飾った人間が集まった場所を見つけたが、皆仮面は付けていない様子だった。
中で付けるのでは無いかと思い、暫く様子を眺めていたが何か違うような気がする。
そこで一度その場を離れて、再び浮遊し他の夜会会場を探すことにした。
そうして暫く飛んでいると、新たな人だかりを見つけた。
そこには多くの馬車が乗り付けられていて、下りてくる人間は皆仮面を付けている。
(多分、ここだ……)
私はそう判断すると、屋敷内の目立たない場所に着地した。
招待状を持っていないため、内部から紛れ込むことに決めると、人の声が響くところまで移動して着ていたローブを外した。
すると真っ白なドレスが現れる。
フリルがふんだんにあしらわれていて、可愛らしいが表現的に一番合うような気がする。
普段ドレスなんて着たことがなかったので、少し気恥ずかしく思えてしまうが少しだけ嬉しくもあった。
女性なら皆一度はこう言ったドレスに興味を抱いたことはあるのではないか。
幼い頃に読んだおとぎ話の中に出て来るお姫様だったり、大好きな人と結婚する時に着るウェディングドレスだったり……。
憧れがこんな形で叶ってしまい、浮ついた感情をつい抱いてしまう。
そして急いでウイッグと仮面を付けると、何食わぬ顔で多くの者が集まっている場所へと紛れていった。
大きなホールに入ると、天井からは巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がっていて、室内は日中のように明るい。
そして会場の端の方では生演奏をしている奏者がいて、軽やかな音楽を紡いでいる。
ここに集まっている男女は明るい声を上げて、楽しそうにお喋りをしているようだ。
「クリストフ様っていつも突然よね」
「あの方は気分屋だからな。だけど仮面舞踏会は久しぶりの開催だな」
中にいる貴族からクリストフの名前を聞き、ここで間違いないのだと確信した。
そうなればここには既に敵が潜んでいる可能性が高いと言うことになる。
私は客を装いながら、周囲に警戒の目を向けさせた。
そして鑑定スキルを使い、敵が紛れていないかを確認していく。
まだ開場時間が始まったばかりということもあったのか、肝心の敵の姿は確認出来ていない。
奥の方には美味しそうな料理が多数用意してあったので、私はそれを食べながら彼等が現れるのを待つことにした。
(ユーリもまだ来ていないみたい……。でもきっと来るよね)
この場に現れて欲しくない気持ちもあったが、早く彼の姿を見たいという思いも当然持っていた。
たった一日しか離れていないのに、少し会えないだけで心細くて、寂しくて、堪らない気持ちになる。
それから暫くすると、前方から歓声が沸き上がった。
私は驚いて顔を前に向けると、そこには見たことのある風貌の者達が揃って立っていた。
仮面は付けているが、こうも役者が揃っているとすぐに誰だか判別出来てしまう。
聖女カレンに、この国の王子クリストフ、そしてユーリを狙う弟のマルセル、それから危険人物のゼフィル。
錚々たる面々が中央の舞台に並んで立っている。
それを確認すると、私の警戒心は更に強まった。
「今日は急な開催ではあったが、皆良く集まってくれた。今晩は存分に楽しんで欲しい」
クリストフが挨拶を初めて暫くすると、勢い良く私の背後にある扉が開かれた。
その衝撃に大きく体を震わせた後、ゆっくりを視線を向けると、そこにはローブを身に付けた二人の人間が入ってくるのが見えた。
深くフードを被っていたので顔を確認することは出来なかったが、背丈からして前方を歩いているのは恐らく彼だとすぐに気付いた。
「ユーリ……」
私は思わず彼に向けて名前を呼んだ。
しかし周囲も混乱しているようで、その騒音に私の声は掻き消されてしまう。
「どうやら早くも余興の始まりのようだ」
クリストフの言葉により、興味を持った人々は前方へと集まりだした。
私も急いで前に行こうとしたが、近づこうとしても中々前には進めない。
ここで力を使って強引に人の壁を払いのけることは可能だが、関係ない者達に危害を加えることには抵抗があり、私は仕方なく人が薄い場所を通りながら前方へと近づいていくことにした。
「セラはどこだ」
ユーリは舞台の上に立つと、鋭い声を響かせた。
その声質からは怒りのオーラのようなものを感じ取ることが出来る。
(やっぱり来てきてくれたんだ……)
こんな状況ではあるが、私を助けに来てくれたことは素直に嬉しかった。
逸る気持ちを抑えながら、私は前へと少しずつ近づいていく。
「兄上……どうして、生きて……」
「企てたのはゼフィルか……」
マルセルは目を丸くさせ、本気で驚いているように見えた。
そしてユーリは視線はマルセルでは無くゼフィルへと向いているようだ。
まずい状況であることを確認して、私は準備していたポーションを一気に四本飲み干した。
これを飲むことで、ユーリに私の存在を伝えることが出来るかもしれないと考えたからだ。
以前ユーリは私からは甘い匂いがすると言っていた。
おそらくその効果に気付いているのは、番契約で繋がれているユーリだけなのだろう。
飲み干してから暫くすると、ユーリがこちらに視線を向けた。
(気付いてくれた……!)
私達は一瞬目配せをすると、彼の視線は敵である彼等の方へと直ぐに戻された。
そしてそれから数秒後に、何者かによって腕を掴まれた。
「セラさん、無事でしたか!」
そこにいたのはザイールだった。
彼は安心した表情で私に声を掛けてきた。
「ザイールさん。ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって」
「いいのですよ。貴女が無事でさえいれば……。安全な場所に避難しましょう」
ザイールは強めの力で私の腕を掴むと歩き出そうとしたため、私は「待ってください」とすかさず声を上げた。
「セラさん、ここにいたら危険です」
「危険なのはユーリの方です。あの人達の本当の目的はユーリなのだから」
私は前方に再び視線を戻した。
すると先程まで舞台の上いたはずのゼフィルの姿が、何故かそこからは消えていた。
「ちょっと、これはなに? 私、何も聞かされてないんだけど。クリス、ちゃんと説明しなさいよっ!」
舞台上ではカレンがご立腹の様子で、大声で騒ぎ立てている。
そして問題の兄弟であるユーリとマルセルは未だに睨み合い、一触即発のような状況になっている。
マルセルが剣を取り出すと、周囲はただ事では無いと気付いたのかざわざわと騒ぎ声があちこちから響き渡ってくる。
この会場は一気に混乱状態へと変わり始めていた。
(うそ……、あれって聖剣……)
「まさか本当に抜け出して来るとは。本当に困った愛玩ですね」
「……っ!?」
奥の二人の様子に気を取られている間に、突然傍から聞き慣れた声が聞こえてきて、私はびくりと体を震わせた。
急いで視線をそちらに向けると、そこにはゼフィルが立っていた。
「……ザイールさん、手を離してください。この人は敵ですっ! ユーリのことを亡き者にしようとしている悪い人ですっ!」
私は必死な形相でザイールに説明をしているのだが、彼の顔色は一切変わることはなかった。
(え……? どういうこと?)
「無駄ですよ。ザイール殿、上手くユーリウス様に伝えてくれたようで感謝します」
「ザイール……さん?」
私の言葉は震えていた。
驚いた声でザイールの方に視線を向けると、彼は表情を変えずにただ私のことを見つけているだけだった。
その時に気付いた。
ゼフィルの協力者はクリストフではなく、ザイールだったのだと。
理由は分からないが、この二人のやり取りを見る限り間違いは無いはずだ。
「ザイールさん! あなたは私達の味方では無かったんですかっ!?」
あの時私のことを気遣ってくれたのも、ユーリと楽しそうに話していたのも全て演技だったのだろうか。
私にとっては最近会ったばかりの人間であるが、ユーリはまた親しい人間に裏切られたということになる。
(酷い……。そんなのって……)
「ザイールさんっ、答えてくださいっ!!」
「私は誰の味方でもありませんよ。ただ貴方達二人は、邪魔になり得る存在だと思ったから、彼に手を貸しただけです」
「邪魔って……」
私は思いっきりザイールのことを睨み付けていた。
他人である私が怒るはおかしいかもしれないが、許せないと思った。
「セラ様、こんな変装までして頂き恐縮ですが、貴女を王宮へと連れ戻させて頂きます」
ゼフィルは私の耳元で突然そんなことを囁いてきた。
耳元に生暖かい息が吹きかかり、ぞくりと全身に寒気が走った。
前回のように不意を狙われてしまったが、今回はちゃんと想定し準備をしてきたので、彼の術にかかることはなかった。
「残念だったね。もうあなたの術には惑わされない!」
「何故……。貴女は魔法を使えないはずではなかったのですか? ザイール殿、これはどういうことですか」
「間違いなくセラさんの魔力はゼロです。これは魔法では無いのかも知れない……。ああ、マテリアの力の所為か。こんなものを隠し持っていたなんて驚きましたね」
「……マテリアだと!?」
「しかも上級マテリアに、中級マテリアまでついているようです」
「ユーリウス様が事前に用意されていたのか。ということは、この計画は初めっから気付かれていたと言うことか……」
二人は辛辣そうな顔で何やら話し込んでいた。
マテリアを用意したのは私だし、こんなことに巻き込まれるなんて思っても見なかった。
しかし二人は私がマテリアを装備していることに驚き、何やら勘違いをしている様子だった。
油断している二人を見て、私は力を入れてザイールの腕を振りほどいた。
するとその衝撃を受けてか、ザイールは奥へと吹っ飛んでいった。
「は……? 何をっ」
「すごい威力……。さすが基礎値の20倍……」
「20倍!? 何の話しをしている」
「私の邪魔をするつもりなら、あなたも吹っ飛ばしてあげる」
ずっと冷静を纏っていたゼフィルの表情が崩れた。
それを見て、私はにっこりと微笑んだ。
戦意喪失している間がチャンスだ。
私は今すぐに行動を起こし、ユーリと合流してこの場から立ち去ろうと考えた。
私達は戦うためにここにいるわけではない。
だから意味の無い戦闘には一切興味は無かった。
「油断していた。だが今ここで貴女を逃がすわけにはいかない。捕らえさせて頂きます」
ゼフィルはそう言うと、懐から杖のようなものを取り出した。
それを見て、私も警戒するように果物ナイフを手に取った。
「それは何ですか」
「果物ナイフだけど、何か?」
「ぷっ、ここに来て果物ナイフですか……」
「好きに笑えばいい。言っておくけど、これは王宮にあった物を持って来ただけだし、元は私の物ではないわっ!」
突然笑われてしまったが、これは元々私の所持品では無かったため気にはしなかった。
「勝手に王宮から持ち出すなんて、悪い愛玩だ……」
「誘拐しようとする人間よりは、マシだと思いますっ!」
私はゼフィルの言葉を言い返した。
そして彼が呪文を唱えようとしていたので、隙を見てナイフを彼の腕目掛けて投げつけた。
ナイフは命中したものの、擦るだけですぐその場に音を立てて落ちていった。
「なんですか、今のは……」
「一応当たってはいたみたい……ね。それなら大丈夫」
「何を言っているんだ。今度は私の番ですよ……っ!? くっ、体が……」
それから間もなくると、ゼフィルは力が抜けていくようにその場に崩れていった。
「そのナイフにもマテリアを仕込んでおいたんだ。余り物だけどね」
「一体何を……」
「たしか麻痺毒だったかな……。初級マテリアだから死に至ることは無いとは思うけど、足止めには十分過ぎたみたいだね」
「なっ……!」
ゼフィルの体は麻痺毒に掛かり、痙攣している様子だった。
苦しそうに表情を歪めていて少し可哀想に思えたけど、酷い目に遭わされたことを思い出し、お互い様だと思うことにした。
「それじゃあ、私はこれで!」
「おい、待て!」
私はゼフィルの言葉など無視して、ユーリがいる舞台の方へと急いで移動した。
ザイールがどうなったのかは分からなかったが、とりあえず今気にするのはあちらではない。
そして天空から王都の景色を見下ろすようにして飛び回る。
慣れてしまえば、空を浮遊することは気持ち良く感じていた。
私は人が集まっていそうな場所を探していた。
すると、貴族らしい着飾った人間が集まった場所を見つけたが、皆仮面は付けていない様子だった。
中で付けるのでは無いかと思い、暫く様子を眺めていたが何か違うような気がする。
そこで一度その場を離れて、再び浮遊し他の夜会会場を探すことにした。
そうして暫く飛んでいると、新たな人だかりを見つけた。
そこには多くの馬車が乗り付けられていて、下りてくる人間は皆仮面を付けている。
(多分、ここだ……)
私はそう判断すると、屋敷内の目立たない場所に着地した。
招待状を持っていないため、内部から紛れ込むことに決めると、人の声が響くところまで移動して着ていたローブを外した。
すると真っ白なドレスが現れる。
フリルがふんだんにあしらわれていて、可愛らしいが表現的に一番合うような気がする。
普段ドレスなんて着たことがなかったので、少し気恥ずかしく思えてしまうが少しだけ嬉しくもあった。
女性なら皆一度はこう言ったドレスに興味を抱いたことはあるのではないか。
幼い頃に読んだおとぎ話の中に出て来るお姫様だったり、大好きな人と結婚する時に着るウェディングドレスだったり……。
憧れがこんな形で叶ってしまい、浮ついた感情をつい抱いてしまう。
そして急いでウイッグと仮面を付けると、何食わぬ顔で多くの者が集まっている場所へと紛れていった。
大きなホールに入ると、天井からは巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がっていて、室内は日中のように明るい。
そして会場の端の方では生演奏をしている奏者がいて、軽やかな音楽を紡いでいる。
ここに集まっている男女は明るい声を上げて、楽しそうにお喋りをしているようだ。
「クリストフ様っていつも突然よね」
「あの方は気分屋だからな。だけど仮面舞踏会は久しぶりの開催だな」
中にいる貴族からクリストフの名前を聞き、ここで間違いないのだと確信した。
そうなればここには既に敵が潜んでいる可能性が高いと言うことになる。
私は客を装いながら、周囲に警戒の目を向けさせた。
そして鑑定スキルを使い、敵が紛れていないかを確認していく。
まだ開場時間が始まったばかりということもあったのか、肝心の敵の姿は確認出来ていない。
奥の方には美味しそうな料理が多数用意してあったので、私はそれを食べながら彼等が現れるのを待つことにした。
(ユーリもまだ来ていないみたい……。でもきっと来るよね)
この場に現れて欲しくない気持ちもあったが、早く彼の姿を見たいという思いも当然持っていた。
たった一日しか離れていないのに、少し会えないだけで心細くて、寂しくて、堪らない気持ちになる。
それから暫くすると、前方から歓声が沸き上がった。
私は驚いて顔を前に向けると、そこには見たことのある風貌の者達が揃って立っていた。
仮面は付けているが、こうも役者が揃っているとすぐに誰だか判別出来てしまう。
聖女カレンに、この国の王子クリストフ、そしてユーリを狙う弟のマルセル、それから危険人物のゼフィル。
錚々たる面々が中央の舞台に並んで立っている。
それを確認すると、私の警戒心は更に強まった。
「今日は急な開催ではあったが、皆良く集まってくれた。今晩は存分に楽しんで欲しい」
クリストフが挨拶を初めて暫くすると、勢い良く私の背後にある扉が開かれた。
その衝撃に大きく体を震わせた後、ゆっくりを視線を向けると、そこにはローブを身に付けた二人の人間が入ってくるのが見えた。
深くフードを被っていたので顔を確認することは出来なかったが、背丈からして前方を歩いているのは恐らく彼だとすぐに気付いた。
「ユーリ……」
私は思わず彼に向けて名前を呼んだ。
しかし周囲も混乱しているようで、その騒音に私の声は掻き消されてしまう。
「どうやら早くも余興の始まりのようだ」
クリストフの言葉により、興味を持った人々は前方へと集まりだした。
私も急いで前に行こうとしたが、近づこうとしても中々前には進めない。
ここで力を使って強引に人の壁を払いのけることは可能だが、関係ない者達に危害を加えることには抵抗があり、私は仕方なく人が薄い場所を通りながら前方へと近づいていくことにした。
「セラはどこだ」
ユーリは舞台の上に立つと、鋭い声を響かせた。
その声質からは怒りのオーラのようなものを感じ取ることが出来る。
(やっぱり来てきてくれたんだ……)
こんな状況ではあるが、私を助けに来てくれたことは素直に嬉しかった。
逸る気持ちを抑えながら、私は前へと少しずつ近づいていく。
「兄上……どうして、生きて……」
「企てたのはゼフィルか……」
マルセルは目を丸くさせ、本気で驚いているように見えた。
そしてユーリは視線はマルセルでは無くゼフィルへと向いているようだ。
まずい状況であることを確認して、私は準備していたポーションを一気に四本飲み干した。
これを飲むことで、ユーリに私の存在を伝えることが出来るかもしれないと考えたからだ。
以前ユーリは私からは甘い匂いがすると言っていた。
おそらくその効果に気付いているのは、番契約で繋がれているユーリだけなのだろう。
飲み干してから暫くすると、ユーリがこちらに視線を向けた。
(気付いてくれた……!)
私達は一瞬目配せをすると、彼の視線は敵である彼等の方へと直ぐに戻された。
そしてそれから数秒後に、何者かによって腕を掴まれた。
「セラさん、無事でしたか!」
そこにいたのはザイールだった。
彼は安心した表情で私に声を掛けてきた。
「ザイールさん。ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって」
「いいのですよ。貴女が無事でさえいれば……。安全な場所に避難しましょう」
ザイールは強めの力で私の腕を掴むと歩き出そうとしたため、私は「待ってください」とすかさず声を上げた。
「セラさん、ここにいたら危険です」
「危険なのはユーリの方です。あの人達の本当の目的はユーリなのだから」
私は前方に再び視線を戻した。
すると先程まで舞台の上いたはずのゼフィルの姿が、何故かそこからは消えていた。
「ちょっと、これはなに? 私、何も聞かされてないんだけど。クリス、ちゃんと説明しなさいよっ!」
舞台上ではカレンがご立腹の様子で、大声で騒ぎ立てている。
そして問題の兄弟であるユーリとマルセルは未だに睨み合い、一触即発のような状況になっている。
マルセルが剣を取り出すと、周囲はただ事では無いと気付いたのかざわざわと騒ぎ声があちこちから響き渡ってくる。
この会場は一気に混乱状態へと変わり始めていた。
(うそ……、あれって聖剣……)
「まさか本当に抜け出して来るとは。本当に困った愛玩ですね」
「……っ!?」
奥の二人の様子に気を取られている間に、突然傍から聞き慣れた声が聞こえてきて、私はびくりと体を震わせた。
急いで視線をそちらに向けると、そこにはゼフィルが立っていた。
「……ザイールさん、手を離してください。この人は敵ですっ! ユーリのことを亡き者にしようとしている悪い人ですっ!」
私は必死な形相でザイールに説明をしているのだが、彼の顔色は一切変わることはなかった。
(え……? どういうこと?)
「無駄ですよ。ザイール殿、上手くユーリウス様に伝えてくれたようで感謝します」
「ザイール……さん?」
私の言葉は震えていた。
驚いた声でザイールの方に視線を向けると、彼は表情を変えずにただ私のことを見つけているだけだった。
その時に気付いた。
ゼフィルの協力者はクリストフではなく、ザイールだったのだと。
理由は分からないが、この二人のやり取りを見る限り間違いは無いはずだ。
「ザイールさん! あなたは私達の味方では無かったんですかっ!?」
あの時私のことを気遣ってくれたのも、ユーリと楽しそうに話していたのも全て演技だったのだろうか。
私にとっては最近会ったばかりの人間であるが、ユーリはまた親しい人間に裏切られたということになる。
(酷い……。そんなのって……)
「ザイールさんっ、答えてくださいっ!!」
「私は誰の味方でもありませんよ。ただ貴方達二人は、邪魔になり得る存在だと思ったから、彼に手を貸しただけです」
「邪魔って……」
私は思いっきりザイールのことを睨み付けていた。
他人である私が怒るはおかしいかもしれないが、許せないと思った。
「セラ様、こんな変装までして頂き恐縮ですが、貴女を王宮へと連れ戻させて頂きます」
ゼフィルは私の耳元で突然そんなことを囁いてきた。
耳元に生暖かい息が吹きかかり、ぞくりと全身に寒気が走った。
前回のように不意を狙われてしまったが、今回はちゃんと想定し準備をしてきたので、彼の術にかかることはなかった。
「残念だったね。もうあなたの術には惑わされない!」
「何故……。貴女は魔法を使えないはずではなかったのですか? ザイール殿、これはどういうことですか」
「間違いなくセラさんの魔力はゼロです。これは魔法では無いのかも知れない……。ああ、マテリアの力の所為か。こんなものを隠し持っていたなんて驚きましたね」
「……マテリアだと!?」
「しかも上級マテリアに、中級マテリアまでついているようです」
「ユーリウス様が事前に用意されていたのか。ということは、この計画は初めっから気付かれていたと言うことか……」
二人は辛辣そうな顔で何やら話し込んでいた。
マテリアを用意したのは私だし、こんなことに巻き込まれるなんて思っても見なかった。
しかし二人は私がマテリアを装備していることに驚き、何やら勘違いをしている様子だった。
油断している二人を見て、私は力を入れてザイールの腕を振りほどいた。
するとその衝撃を受けてか、ザイールは奥へと吹っ飛んでいった。
「は……? 何をっ」
「すごい威力……。さすが基礎値の20倍……」
「20倍!? 何の話しをしている」
「私の邪魔をするつもりなら、あなたも吹っ飛ばしてあげる」
ずっと冷静を纏っていたゼフィルの表情が崩れた。
それを見て、私はにっこりと微笑んだ。
戦意喪失している間がチャンスだ。
私は今すぐに行動を起こし、ユーリと合流してこの場から立ち去ろうと考えた。
私達は戦うためにここにいるわけではない。
だから意味の無い戦闘には一切興味は無かった。
「油断していた。だが今ここで貴女を逃がすわけにはいかない。捕らえさせて頂きます」
ゼフィルはそう言うと、懐から杖のようなものを取り出した。
それを見て、私も警戒するように果物ナイフを手に取った。
「それは何ですか」
「果物ナイフだけど、何か?」
「ぷっ、ここに来て果物ナイフですか……」
「好きに笑えばいい。言っておくけど、これは王宮にあった物を持って来ただけだし、元は私の物ではないわっ!」
突然笑われてしまったが、これは元々私の所持品では無かったため気にはしなかった。
「勝手に王宮から持ち出すなんて、悪い愛玩だ……」
「誘拐しようとする人間よりは、マシだと思いますっ!」
私はゼフィルの言葉を言い返した。
そして彼が呪文を唱えようとしていたので、隙を見てナイフを彼の腕目掛けて投げつけた。
ナイフは命中したものの、擦るだけですぐその場に音を立てて落ちていった。
「なんですか、今のは……」
「一応当たってはいたみたい……ね。それなら大丈夫」
「何を言っているんだ。今度は私の番ですよ……っ!? くっ、体が……」
それから間もなくると、ゼフィルは力が抜けていくようにその場に崩れていった。
「そのナイフにもマテリアを仕込んでおいたんだ。余り物だけどね」
「一体何を……」
「たしか麻痺毒だったかな……。初級マテリアだから死に至ることは無いとは思うけど、足止めには十分過ぎたみたいだね」
「なっ……!」
ゼフィルの体は麻痺毒に掛かり、痙攣している様子だった。
苦しそうに表情を歪めていて少し可哀想に思えたけど、酷い目に遭わされたことを思い出し、お互い様だと思うことにした。
「それじゃあ、私はこれで!」
「おい、待て!」
私はゼフィルの言葉など無視して、ユーリがいる舞台の方へと急いで移動した。
ザイールがどうなったのかは分からなかったが、とりあえず今気にするのはあちらではない。
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