上 下
31 / 41

31.これからのこと

しおりを挟む
 あれから二週間程が経った。
 最初の三日間は部屋の中でユーリとお喋りをしながら過ごしていたのだが、さすがにどこにも出かけずにいると少し退屈に思えてきてしまうものだ。
 そこでフードを被って外に買い物に出たりもしていた。

 ユーリは隠蔽魔法を使っているので正体がバレる確率は極めて低いが、私は顔を知られてしまっているため、彼のようにはいかなかった。
 以前ユーリが教えてくれた、髪の色を変えられるアイテムを使えばいいのだが、それは結構な値が張るものだった。
 それだけなら良かったのだが、効果が発動している間は微量の魔力が必要になるそうだ。
 魔力を持たない人間には使えないということだ。
 値段が高かったのは、貴族向けに売られているという理由からだった。
 分かりやすいと言われたら、そうなのかもしれない。

 この世界は魔力が扱える者に優遇され過ぎていて、不公平感が色濃く出ているように思えてしまう。
 魔力を持たない人間でも、暮らしやすいような世界になればいいと思ってしまうのは、私がそちら側の人間だからなのだろう。

 そんなことで髪色を変えることは諦めて、フードを深く被り街を散策することになった。
 考え方を変えてみれば、お忍び気分を味わえて意外と楽しめた。

 少しのスリルと穏やかな日常を送っていたのだが、ある日ギルドに顔を出すとザイールに呼び止められた。
 以前ユーリが送った文の返信が届いたとのことだ。
 今は住所がないため、ザイールに頼んで手紙がこのギルドに届くようにしてもらったようだ。
 手紙を受け取ると、私達は奥にある部屋を借りた。

 ユーリは封を切り中身を確認し始めた。
 私は人の手紙を勝手に覗くのは悪いと思い、暫くの間ぼーっと意味もなく辺りを見渡していた。
 それから暫くするとユーリは「セラ」と私の名前を呼んできたので、顔を横へと傾けた。

「私は一度アルヴァールに帰ろうと思う。今の事態を把握するためには、自分の目で見るのが一番だからな。それに手紙によれば暫くの間、弟達はこの地に滞在するようだから、動くのには今が一番良いタイミングなのだと思う」
「そっか。ユーリが決めたことなら私も従いますっ」

 彼がどんな思いでその決断に至ったのかは分からないが、今のままでは進展はないし、やっと先に進めるのだと思うと少しほっとしていた。
 いつまでも隠れるように生きていくのは少し不便さを感じていたからだ。

「ありがとう。その言葉を聞いてほっとした」
「ユーリの国か……。ちょっと楽しみです。落ち着いたら街を案内してくれますか?」

 彼は「勿論だ」と直ぐに返してくれたので、私は嬉しそうに微笑んだ。

「魔力を今使えないのなら、移動はどうするんですか?」
「この街からなら、定期的に出ている馬車を使うのが楽かもしれないな。それでも結構な距離はあるから、到着までには約一ヶ月程はかかりそうだが」

「そんなに遠いんですか?」
「途中街で休んだりしながらの移動になるから、それくらいが妥当だと考えた。セラに無理はさせたくないからな」

「急いでいるのなら、休憩は少しでも大丈夫ですよ。少しくらいなら頑張れると思うし……」
「それは私が嫌だな」

 私焦って答えると、ユーリは不満そうな声で呟いた。

「セラには私の事情に付き合って貰うのだから、無理なんてさせられない。のんびりと旅をしながら行くのも悪くはないんじゃないのか? お前はこの世界について、まだ知らないことだらけだと思うし」
「私は嬉しいですが、ユーリはそれでもいいんですか? この間にも世界が危険な方向に進んでいく可能性だって……」

「実はな、その可能性はほぼなくなった」
「なくなった……?」

 私はユーリの言っていることが良く分からず眉を寄せた。

「詳しい事情は分からないが、我が国の封印がある日突然強化されたようなんだ」
「それって……」

「手紙には一週間前と書かれてあるが、私が手紙を書いてから約二週間後に戻ってきたことを考えれば、二週間前と考えるのが妥当だな。その時期と言えば私がセラと出会ったことと、弟がカレンと呼ばれる聖女に出会った時期と重なる」

 その話を聞き終わると、私の胸はバクバクと高鳴っていた。
 私が一番恐れていたことが、完全に選択肢からは消されたからだ。
 恐れていたことというのは、勇者一族であるユーリと、聖女に選ばれたカレンが結ばれること。
 二週間くらい前に一度だけ姿を見たことはあったが、あの程度のすれ違いで出会ったことにはならないはずだ。
 そうなってくるとカレンにとっての相手は、ユーリではなく弟ということになる。

(良かった……。もうユーリを奪われるかも知れない恐怖に怯えることはないんだね)

 心は疾うに繋がっていたが、運命というものは時にして残酷な結果を齎すことがある。
 だから完全には安心しきれていなかった。
 それが今のユーリの言葉で、完全に証明されたのだ。
 
「どうした? なんとも言えない顔をしているようだが」
「ううん、なんでもないっ!」

 私は顔を横に振って嬉しそうに答えた。
 ユーリは訝しげな顔をしていたが、話を続けていく。

「理由は後でじっくり聞かせて貰うとして、話の続きをさせてもらうな」
「は、はいっ」

(じっくりって……、聞かれても困るんだけどっ……)

 私は一人で百面相を繰り広げていたが、ユーリは話を続けていく。

「とりあえず封印の威力が戻りつつあるようだから、急ぐ必要なはくなったと言うことだな。だけど実際にどのような変化が起きているのかを、自分の目で確認しておきたい。それによっては今後の身の振り方も変わってくるだろうからな」
「身の振り方って、皇太子の座を弟さんに譲るってことですか?」

「国のためにそうするのが良いのだと判断出来れば、私はそれでも構わないと思っている」
「悔しいとか思わないんですか?」

 私は彼がどのように育ってきたのかは分からない。
 だけど皇太子と呼ばれる程なのだから、私には想像出来ない程の苦悩や困難を乗り越えてきたに違いない。 
 私の問いかけに彼は少し考えたような素振りを見せたが、その後小さく笑った。

「別に悔しいという気持ちはないな。そう思えるのはセラとの出会いがあったからこそなんだとは思うが」
「……っ」

 ユーリは優しく微笑みながら私の頬にそっと掌を重ねた。

「セラのためだけに生きていくのも悪くないと思っているくらいだからな」
「……っ」

 ユーリは優しく微笑みながら、穏やかな表情を私に向けていた。
 それを見ていると、ドキドキして顔の奥が熱くなっていくのを感じてしまう。
 大好きな人に、そんなことを言って貰えるなんて嬉しいに決まっている。
 
「随分と嬉しそうな顔だな」
「だって……」

「だって、なに? その続きを聞かせてくれ」
「分かっているくせにっ!」

 私は照れ隠しのために、ムッとした顔をユーリに向けていた。
 だけど私の気持ちなど、疾うに彼には全て伝わってしまっているのだろう。
 今の私の顔が全てを物語っているのだから。

「それも後でじっくり聞かせて貰うか」
「……っ!!」

「そうと決まればこの街を出る準備を始めるか。多少長旅にはなるはずだから、必要なものはここで揃えていこう。今日この後買い出しをして明日には出発で構わないか?」
「はいっ! ユーリとの冒険旅行、楽しそう」

「冒険旅行か。確かに間違ってはいないな。セラは良いことを言うな。おかげで私まで楽しい気分になれそうだ」

 そんなことで突然ではあるが、明日にはこのラーズを立つことに決まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...