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19.大人っぽく見せたい

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「あまり長湯し過ぎるのも上せてしまうな。髪も洗い終えたし、そろそろ出るか?」
「色々とありがとうございます。ユーリは先に出ていてください」

「このまま抱き上げて脱衣所まで運び、体を拭いて服を着せるところまでする予定だったんだが」
「……っ、そこまでしてくれなくても大丈夫ですっ!!」

 何か嫌な予感を察知していたが、まさかそこまでするつもりでいたなんて思ってもみなかった。
 私は強めの口調で断った。
 するとユーリは残念そうな顔でこちらを見てきたので、私は笑顔で「先に戻ってください」と伝えると扉の方に手を向けた。

「私に気を遣う必要なんてないんだぞ。だけど、無理強いは出来ないか。セラは湯船を気にいっているようだしな。だけど長湯し過ぎには気を付けるんだぞ。それでは私は先に戻っているよ」
「お気遣いありがとうございます」

 彼は椅子を持って浴場から出て行った。
 ユーリの姿が見えなくなったことを確認すると、私はお湯の中に肩まで浸かり安堵のため息を漏らした。

「はぁ……。ユーリは私がこんな格好なのに、全然戸惑って無かったな」

 私はお湯の上で手を遊ばせながら、不満そうに独り言をぶつぶつと呟いた。

(今から頑張ったら、多少は変わるかな)

「…………」

 魅力的とは程遠い自分の体を見て、悩ましげに「うーん」と唸っていた。
 ユーリは皇子という肩書きに加えてあの美貌を持っているのだから、きっと綺麗な女性も沢山寄ってくるのだろう。
 それに随分と女慣れしていた。
 それを思うと再びため息が漏れてしまう。

(とりえずこのことは今考えるのは止めとこう……! あまり長湯も良くないし、そろそろ出ようかな)

 そう思い、湯船から上がった。


 ***


 脱衣所に続く扉を開けると、何故かユーリと目が合った。
 ここにいるとは思っておらず、私は驚いた顔でその場に立ち尽くしていた。

「やっと出てきたな」
「なっ……!」

「な……?」
「なんでいるの!?」

「なんでって、セラの体を拭くために決まっているだろう」
「……は、い?」

(ユーリってちょっとズレてる……?)

 彼の手には白いバスタオルらしきものが握られている。
 私が戸惑っているとユーリはタオルを広げた。

「拭いてやるから、大人しくしとけよ」
「ちょっと……」

 文句を言う暇も無く、彼は広げたバスタオルで私の体を拭き始めた。
 幼い頃、母親に体を拭いて貰ったことはあるが、それはあくまでも子供の時の話だ。
 大の大人が、しかも皇子が一体何をしているのだろう。
 次第に私の顔は沸騰するように熱くなっていく。

「昨晩残した証は、綺麗に消えてしまったようだな」
「……え?」

 彼は私の首元を眺めながらぼそりと呟くと、私の腕を引っ張って体を引き寄せた。
 そして首元に唇を押し付けると、深く吸い付くようなキスをしてくる。
 チクッとした鋭い痛みを感じて、私は思わず眉を顰めた。

「……っん、なに、してっ……」
「何って、私のものだっていう証を付け直した」

 彼は当然の様にそんなことを言ってきたので、私は困惑してしまう。
 なんていうか、すごく複雑な気持ちだ。
 嬉しいけど、嬉しくないような……。
 そんな気持ちが表に出てしまっているような気がして、私はそれを隠す為にムッとした顔を向けた。

「自分で体も拭けるし、服も着替えられますっ!」
「それは分かっているが、今日は無理をさせた詫びだと話しただろう。だから私にさせて」

 私には羞恥プレイのようにしか思えないが、ユーリは本気で詫びだと思っているようだ。
 やはり生活している環境が違うのか、私とは感覚が大分ズレている気がする。
 ユーリは皇子だから、こういったことも周りの世話係がしていて、彼にとってはそれが当たり前のことなのかもしれない。

「……っ、は、恥ずかしいから」
「そういえば、セラは恥ずかしがりだったな。そんなところも可愛いらしいな」

 私はユーリからバスタオルを奪い取ると、急いで体に巻き付けた。
 そして彼の手を引っ張って部屋中央へと移動した。

「お願い、ここで待ってて」

 私は懇願するようにお願いした。
 これ以上、醜態を晒したくはない。

「分かったよ。だけど、これだけはさせてくれ」

 彼はそう言って、私の頭の方に手をかざした。
 すると掌の方向から心地の良い風を感じて、私は驚いて顔を上げた。

「なんで風が……」
「これは魔法だ。私は全属性使えるからな。便利だろう」

「もしかして、髪を洗っていた時も……」
「ああ、そうだな。シャワーが少し離れていたから魔法を使った。意識すれば大体の温度調整は可能だ」

「すごいっ!! 魔法ってそういう使い方も出来るんですね!」
「生活スキルとして使う者もいるくらいだからな」

 私は感動して、思わず声を張り上げてしまう。
 そういった使い方があるのなら、魔法がすごく羨ましいものだと感じてしまう。
 何も無いところからお湯を出すことが出来る。
 それは水魔法に限ったことでは無い。
 火を起こせば色々な用途に使えるし、風だって今みたいに髪を簡単に乾かすことが出来る。

 ちなみにこの世界には基本の四元素が存在している。
 土、水、火、風、それとは別に光と闇がある。
 魔力を持つ者でも殆どの者は一つの属性しか持たず、稀に複数扱えるものもいるようだ。
 さすがに全て使えるのは勇者の末裔である者くらいなのだろう。

「いいなー」
「魔法が必要になったら、いつでも私を使ってくれ」

 そうは言うけど、彼は自分が皇子だということを忘れていないだろうか。
 そんな相手を利用するなんて出来るはずが無い。

「あ、はは……」
「よし、これで髪は乾いたな。やっぱりお前の髪って綺麗だな。本当に手伝わなくていいのか?」

「……っ、ありがとう。うん、大丈夫」

 私はぺこっと小さく頭を下げると、小走りで脱衣所に戻っていった。
 着ていた服は、彼がこっちに置いといてくれたようだ。
 私は手早く着替えると、広々とした洗面台に移動した。
 そこには化粧水やメイク道具などが綺麗に並べられている。

(わぁ……、すごい。これって勝手に使ってもいいのかな……。メイクをしたら少しは大人っぽく見せられるかも)

 この世界に来てからも、薄いメイクはしていた。
 召喚された時にバックを持っていたので、その中に入っていたメイク道具を使っていた。
 化粧品は貴族の贅沢品であるので値段も高く、平民は簡単に買うことが出来ない。
 そのため持って来たものを少しずつ使い、薄いメイクをしていたのだ。
 だから目の前にメイクのフルセットが置いてあることに感動していた。

「よし、頑張ってみよう……!」


 ***


「随分、遅かったな……。化粧をしたのか?」
「はい……。どうかな?」

 彼は私の姿を見て、驚いた顔をしていた。
 私はドキドキしながら、照れたように聞いてみる。

 メイクについては、元の世界では普段からしていたので上手く出来ていると思う。
 目元には落ち着いたブラウン系のシャドウを重ねて塗り、幼さを隠す為に切れ長の目にさせた。
 チークは落ち着いたベージュ色を選び、口紅はピンクベージュにした。 
 ここにはグロスが無かったので、元の世界から持ってきたものを使ってみた。

「すごいな。セラは化粧が出来るのか?」
「う、うん。でも、普通じゃない?」

「もしかして、どこかの屋敷に仕えていたのか?」
「仕えたことは無いです」

 彼は興味津々といった感じで、私の前に立つとじっくりと顔を覗き込んでくる。
 そんなにもジロジロと見つめられると、恥ずかしくなってしまう。

「唇に艶があるな……、こんなものは初めて見た」
「変ですか?」

 少しでも綺麗に見せようと思って、つい自分の所持品を使ってしまったが、グロスがこの世界に存在しない物なら私は返答に困ることになる。
 そこで慌てるように質問をして、話題を変えようと試みた。

「いや、すごく綺麗だ。前のセラは可愛かったが、今のセラは随分大人っぽく変わったな」
「大人っぽく見えますか?」

「ああ、見えるよ。とてもな」

 聞きたかった言葉を聞けると嬉しさが込み上げて来て、自然と口元が緩んでいってしまう。

(やった! 褒めて貰えた……!)

 私が嬉しそうににこにこしていると、ユーリはクスクスと突然笑い出した。
 私は不思議そうに「なに?」と問いかけると「そういうところは可愛らしいままだな」とサラリと答えられ、ドキドキしてしまう。

「セラの綺麗になった姿を他の人間に見せるのは少し癪だが、時間もあることだし街にでも行ってみるか? 昨日狩った魔物もまだそのままだしな」
「い、行きたいですっ!」

「じゃあ行くか」
「はいっ……!」

 そうして私達はラーズの街を歩くことになった。
 なんだかデートみたいで浮かれてしまいそうだ。
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