🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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山猫ヨルの妖(あやかし)診療所-アクセス

どんな方でもご遠慮なく

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「苦しいのなら、我慢する必要はないですよ。病気でも怪我でも、それ以外でも、お母さん」

「そんな優しいことを言われたのは、初めてのことで、すみません……」

 ヨルの前で、そのアヤカシはさめざめと泣いた。

「はい、ちょっとお腹見せてね」

 ヨルはベッドに寝かせた子供の、ぽっこりふくらんだお腹をポンポンと叩いて音を聞いた。

 鼻の長いアナグマのアヤカシだった。

「うん、大丈夫そうです」

「良かった、よりによって人の罠にかかるなんて」

「ソーセージ……いい匂いで、美味しそうで、食べたら、出られなくなって、ふ、ふ、ふぇーーん」

 子供のアヤカシも泣き出した。
 酷くショックを受けているようだ。

「怖かったね。これからは落ちているもの、ぶら下がっているもの、そんなものを食べちゃ、絶対にいけないよ」

 罠の餌に毒を入れたりはしないと思うが、万が一ということもある。

 人の毒はアヤカシにも毒である場合がなくもない。

「檻の中で倒れていましたから、もう、本当にびっくりして」

「気が動転したのでしょう、それで一時的に意識を失った。怪我は無さそうだし」

「人に見つからなくて本当に良かった……もし、見つかっていたら」

 意識して姿現化しない限り人には見えないが、檻に閉じ込められパニックになれば、誤って姿現化し人に撃たれる場合もあっただろう。

 母親の心配は大袈裟でも考え過ぎでもない。

 ましてや、子供のアヤカシであればまだ上手く術を操れない。

 里山に暮らす小さく弱いアヤカシは、そんなふうに人によって命を奪われることが希にある。

 対してアヤカシは人には何もしない。
 よっぽどの事がない限りは……。


 実はヨルの母親も車にあたって死んだ。

 道路に飛び出したソルを助けようと大型の車の前へ飛び込んだのだ。
 あたりどころが悪かったのか、怪我がなかなか治らず、間もなくふたりを置いて息を引き取った。

 母親の亡骸の側で泣いていた二人を、ミミズクのアヤカシが気の毒に思い、巣に連れ帰って自分の子と一緒に育てた。
 だから、新月とヨル、ソルは兄弟のように育ったのだ。

 ヨルとソルがアヤカシの薬学医学に興味を持ったのは、その生い立ちに少なからず関係している。


「ソーセージが好きなの?」

「もう、食べない、ぜっっったいに!!」

「先生が作ってあげるよ」

「え、ソーセージ、作れるの?」

「はい。だから、今晩はお母さんと一緒にここに泊まっていって下さい。明日の朝ごはんで出しますね」

「う、うん!」

「先生、実は……」

 母親のアナグマが言いにくそうにヨルの顔を見る。

「ああ、大丈夫。何も心配しないで、何も頂きはしませんから」

「そんなわけには……」

「ここは誰からも何も頂きません。それより、人に紛れて暮らすことはお考えじゃないですか、その方がかえって安全では?」

「人の姿を真似るのはとても気が疲れるんです。先生のように上手にも出来ないですし……それに人の世はお金というものが必要でしょう?」

「そうですね……、もし何かお困りでしたら、アヤカシの互助会的なものがありましてですね、詳しくは助手がご説明します。あ、そうか二人ともいないのか。では、戻りましたら御案内します、それまで隣の部屋でゆっくりしていてください」

「はい、すみません」

「お母さんもお疲れでしょう」

「ありがとうございます」


 梵天と実央は人工池の真ん中にいた。

 真冬にボートから落ちたことは、実央の記憶にはまだ新しい。

 プクプクプクと水泡が浮いてきた。

 白いはんぺんのような丸い頭が水を押し上げぬっと出てくる。

「こんにちは」

 梵天が丁寧に頭を下げた。

「調子はどうですか?」

「ああ、調子か。調子は、良くもなく悪くもないワイ」

 実央は手にピンポン玉程の丸薬を3つ握っていた。
 ナマズのアヤカシが口を大きく開けると、そこへ丸薬を放り込んだ。

「新しい助手か?」

「はい」

「変わった匂いのするやつだワイ。前にも来たな?」

 実央は自分の服を引っ張り匂いを嗅いだ。

「新しい助手の鈴木君です」

「鈴木君か、よろしく頼むワイ」

 ナマズはそう言い残し、プクプクと細かい泡を吹きながら沈んでいった。

「変な匂い?」

「うん、凄く変な匂いだ」

「え??それ、丸薬の匂いでしょう?」

「鈴木君のそういうところが、面白いから好き」

「笑わないで」

 実央は口を尖らせ梵天を睨む。

「うんうん」

 梵天は笑いを堪えて頷く。

 実央はオールを持つと、岸へ向かってボートを進めた。



☆終

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