🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

文字の大きさ
上 下
48 / 51
初恋と命運

命運

しおりを挟む

「あー、寒いっ!!」

 椿は実央の手からするりと抜け、ベンチに置きっぱなしのミルクティを手に取った。

「冷めちゃったかな」

 ペットボトルのフタを開け一口飲むと、立っている実央へ向けてカフェオレを差し出した。

「わかんないじゃん」

「え?」

「誰だって、自分の寿命なんてさ。101歳まで生きるのか、明日?終わるのか、なんて」

「そうだけど」

「病気かもしれないし、事故かもしれないし、災害かもしれない」

「……」

「私は今日、ヒロくんと一緒に来たかっただけ。明日はどうなるかわからないでしょう私もヒロくんも。だから大切にしたいの。毎朝起きて、今日も精いっぱい楽しんで生きようってね、思ってる」

「……」

「もう一回まわせたガチャ人生で、またヒロくんに会えて良かったとも、思ってる」

「俺も。俺も椿にまた会えて本当に嬉しかった」

「……つばき……うん、その呼び方好きかも。しっくりきた」

 椿のカラっとした笑い声が静かな公園に響く。

「ありがとう。俺を探してくれて」

「違うよ。ヒロくんがずっと忘れないでいてくれたからだよ」

「そっか……やっぱり俺の力が引き寄せたのか!」

「そこまでは言ってない」

「!!」

 二人の笑い声が重なる。

「しっ!!」

 実央が、口許に人差し指を立てた。

「ん?」

 椿の頭に雪舞蝶スノーバタフライがふわりと降りてきた。

 実央は椿の頭にそっと手を寄せ指を近づけじっと待つ。

 すると蝶は実央の人差し指に少しずつ移動して羽を閉じた。

 実央はそれを椿の目線まで慎重にゆっくりと下ろしていった。

「わ、綺麗」

 椿が小さく声をもらす。

 蝶の胴は銀色の綿菓子のようにふわりとしている。
 羽は極々薄い氷の連なりのようで雪の結晶のような模様がある。
 細長い銀糸のような触覚と脚はとても繊細で、丸い目の奥には青く光る点が見えた。
 羽の一部が長く垂れていて、細かい粒々が数珠のように繋がっているのだが、それがまるでダイヤモンドのような輝きを放ち眩い。

「うわぁ、ほんとに綺麗だ」

「宝石みたい」

 蝶は羽を広げまた閉じる、そんな動作を数回繰り返すと、ヒラリと実央の手から飛び立っていった。

「行っちゃった」

 椿が残念そうに呟く。

「そういえば、千寿先生がヒロくんに申し訳ない事をしたって、すまなかったって言ってた」

「千寿先生が?」

「あの事故のとき、ヒロくんがあまりにも痛そうで苦しそうだったから見ていられなくて、つい手を握ってしまったって」

 実央はあの時の手の感触を覚えていた。すっと痛みが消え、とても温かくて幸せな気持ちでふわりと軽くなったこと。

「ヒロくんがアヤカシを見るようになったのは、自分がヒロくんに触れたせいだって。もし触らなかったら、アヤカシの気門は塞がったままで、普通の人と同じように生きていけただろうって」

「あの時、千寿先生が手を握ってくれたから、俺は今もしっかり生きているし。椿ともまた会えたんだ」

 誰かの手の温もりから、優しさ、勇気、思いやり、愛、そんなものが伝わって不思議な力になる、そんな時がある。

「手、つなごう」

 実央は自分の手を差し出す。
 椿は実央の手をしっかりと握って、ふたりは雪がうっすら積もった草の上を歩いた。

「なんで手袋してんの?」

「ヒロくんはなんでしてないの?」

「ずるい、貸して」

「やだ。マフラーと手袋は必須じゃん? 雪を見に来てるんだよ?」

「マフラー?」

「そうだ忘れてた、子猫のこと」

 ふたりはベンチの方へとまた戻る。

「あ、猫ちゃんどうする?うちはダメ、お母さん猫アレルギーだから」

「猫アレルギー?」

「だって、私がヨル先生の診療所から帰ると、いっつもくしゃみしてる」

「そうなの?! ヨル先生も広い意味でいえば猫なのか。あ、うちもダメだよ、アパート、ペット禁止だし。ヨル先生のところは?」

「うーん、小鳥が……」

「あれ、いない」

 実央がベンチの上のマフラーを覗くと、その中に入っていたはずの子猫はもういなくなっていた。

「どこに、いったかな」

 実央は辺りを見回し、ベンチの下も覗いた。

「迎えに来たのかも、お母さん」

 椿はマフラーに積もった雪を落とし、首にぐるりと巻いた。

「きっとそう」

「行こう」

「そういえば、合格おめでとう」

「ありがとう、ま、本命じゃなかったんだけど……」

「それでも凄いよ、頑張ったじゃん……俺も、すぐ後を追うからさ。待っててよ」

「え? それ、どういう意味?」

「言わない」

「なにそれ」

 ふたりの明るい笑い声はいつまでも続き、そのうち雪がやんだ。



 一一一その年の春

 椿に与えられた虎玉コソンの光は完全に消失した。


☆☆☆
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

大神様のお気に入り

茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】  雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...