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初恋と命運
未練
しおりを挟む「夜遅くとか、明け方に家を出るのは難しいから、昼間に降ってくれるのはありがたいね」
学校はほとんど自由登校だけど、と椿は前置きして、母親の目を気にしてあえて制服を着てきた、と実央に言った。
指定のコートに赤と茶系統のチェック柄のマフラーをグルグルと巻いている。
「わぁー息が」
椿の吐いた息が白く変わる。
電車から降りて少し歩くと広々とした公園に着いた。
郊外へ電車で1時間程の場所であり、標高が他より高いため、近くではここが一番初雪が望めそうな場所だった。
空はどんよりと曇り、気温は0度に近い。
昼間だが、こんな日に公園にいる人はいないらしく、時々近所の人が犬の散歩に来るくらいだった。
「見て、ワンコがダウン着てる」
椿がすれ違う犬を見て笑う。
「犬も寒いのか?」
「寒いんじゃない?こんな日は、ボンボンだってストーブの前から動かないもん」
「岩梵さんて寒がりだよね」
「うん、とくに人の姿の時は」
「ヨル先生はそうでもなさそう」
「ヨルせんせ、寒いの平気みたいよ。どちらかというと、暑い方が苦手かも」
「ふうん、人と同じで各々なんだな」
二人はベンチに座り空を見上げた。
「まだかな」
「寒いね」
「でも、見たことあったよね」
「はじめて会った日に」
「あのときは、あれがなんだかわからなかったから、今度はちゃんと見たいと思って……」
「今までどのくらい見た?」
「二回かな、この前と」
「そっか」
「あの子たちは滅多に見られない。ボンボン的に言えば、超レア」
「なにか、あったかい飲み物買ってくる。何がいい?」
「そうだな、ミルクティとかレモンティとかティ系で」
「了解」
実央が自販機でミルクティとカフェオレを買ってくると、ベンチには椿のマフラーがクシャっと置かれていて、持ち主の椿はいなかった。
「橘、さん?」
実央はぐるりと公園内を見渡したが、椿の姿はどこにも見えない。
ポケットから携帯を取り出し、椿の番号に電話をかけようとしたとき、ベンチの上のマフラーがふわりと動いた。
「え?!」
実央はおそるおそるそのマフラーに手をかけ中を覗いた。
「ニャーニャー!!」
マフラーの中に小さな子猫がいた。
白地に黒い帽子を被ったような柄で、目は黒い硝子玉のように艶々と輝いている。
「!!」
子猫はマフラーの隙間から小さな頭を出し必死に鳴いていた。
「嘘、だろ?まさか??」
「ニャーー!」
「たちばな?」
「ニャーニャーー!!」
「つばき???」
「ニャー!!!」
実央はベンチの前にしゃがみ、その子猫の顔に自分の顔を近づけてじっと見た。
どことなく、椿の顔に似ている気がする。はっきりとした大きな黒い目元、短い前髪のような頭の柄、ほっそりとした頬や顎。
椿が猫のアヤカシ!?!?
まさか、そんなわけないよな?
猫だよな?これ普通に。
いや待てよ、俺だって自分のことをこの間まで普通の人だと思っていたじゃないか、でもアヤカシの血が半分入った半妖だって突然知らされて、人生何があるかわからないって話で、だから、この子猫が椿だって可能性、充分にある、ような、ないような。
「どうして突然アヤカシに?」
「ていうか、アヤカシだったこと隠してたのか?!なら、スノーバタフライの鱗粉はいらない?」
「ニャー!!」
「虎玉がなくても生きられる?そうなのか?答えてくれよ、その姿だって話せるんだろ人の言葉」
「ニャーニャー」
「え、なんて言った??ちょっと待て、俺にも分かるはず、アヤカシの気の力を使えば……」
実央は息を止め、子猫の額辺りに視線を集中させた。
「にゃーにゃー!!私は椿ではないにゃ!!修行が足りぬにゃ!!」
「え?!今なんて?椿じゃないって?じゃあ、つばきはどこに行ったんだよ!!まさか、お前……!!」
「こんな可愛いワシが人を喰うわけなかろうにゃ!!馬鹿者が!!」
「バカもの??」
「ブッハハハハ、アハハハ」
ベンチの背もたれの後ろから椿が立ち上がって、実央を見下ろし腹を抱えて笑っている。
「……だよな、普通に猫だよな」
「アヤカシかそうでないかも区別がつかないんじゃ、まだまだだねぇ」
「そんなもん、わからねぇよ」
「ごめん、急にお腹痛くなって、あそこのコンビニのトイレに行ってた」
椿はお腹の辺りに手をやりさする身振りをしながら、道路の向こう側にある店を指差した。
「寒くて冷えちゃったかも」
「この猫は?」
「あー、足元に寄ってきて寒そうだったからマフラー貸したの。どうして突然アヤカシに?!だって、プププっ」
「笑いすぎだし。いや、ほんとにそう思って心配したんだ。紛らわしいことすんなよ」
実央はベンチに座り、ハーッとため息を漏らした。
「あ、降ってきた!!」
椿はぐいっと顎を上げ曇天に目をこらす。
白い雪が粉のように舞い落ちてくる。
秩序なく自由に風にのって降る雪の中に、透明な美しい羽を持つ雪舞蝶がヒラヒラと遊ぶように飛んでいた。
「捕まえなきゃ!」
実央が立ち上がって空へ伸ばそうとしたその手を椿が静止する。
その腕を掴み実央の顔をじっと見上げ微笑んだ。
「ありがとう」
「え……?」
「私は大丈夫だよ……」
「それって、もしかして……知ってたってこと?」
「まぁ、記憶が戻ったときに千寿先生とお弟子さんが虎玉がどうのとか、そんなこと話してたなぁって?ハハ」
「俺が助ける……今度は絶対!」
実央は椿の両腕を掴み力強く頷いた。
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