🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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初恋と命運

穢神(ケシン)

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「あれは……俗に言うリュウとかタツとかそういうヤツか?」

 実央は、身をよじらせ空へ上がろうとするそれを、驚きと畏れの感情を持って見る。

 龍は電柱二つ分程の長さはあり、鱗のひとつひとつは人の手くらい大きい。
 口から黒い泥水を吐き、胸には刀剣のような物が刺さっている。

「元は龍神、今は穢神けしん、僕がここへ来る前の話で、よく知らないけど。もとは高天原の神獣で神の怒りを買って穢神にされたって聞いた。いや、説明は後々」

「けしん、て??」

 実央にはまったく意味不明の話で、とらえどころのない内容である。

「早く早く!穢れを封じるものを取ってこなくちゃ。ここにいて、地下室に行ってくる」

 梵天はアヤカシへ変化すると、四つ足で素早く走り出ていった。

「ヨル先生!!」

 窓の外ではヨルが主人の首根っこを噛んで動きを封じようとしていた。

 しかし主人は足をバタつかせ激しく抵抗している。両手でドリルを頭上に振り上げたかと思えば、ザンっとそれがヨルの頭上をかすめた。
 ヨルの黒い長毛がハラハラと切れ舞い落ち、血飛沫が池の水面へ散った。
 ヨルはふらつき主人から離れる。

「ヨル先生!!」

 あんな重そうなドリルを軽々と持ち上げるなんて尋常な力じゃない、どこかおかしい。
 とにかくドリルだ、あれをなんとかしなければ、と考える。
 実央はドリルに繋がっているコードを目で追い、その先にあるはずのプラグを探した。

「電源、あった!」

 電源コードは池の上を這い、玄関の下の方へと延びていた。
 ここからならほんの数メートルの距離だ。行ける。
 実央は出窓を開きそこから庭へと飛び降りた。
 なるべく黒い泥水を踏まないよう玄関まで走り、玄関の脇にあるコンセントからプラグをひっこ抜いた。

 主人は止まったドリルを横目で見ながら、構わずそれをヨル目掛けて投げ下ろす。

「あぶなっ!!」

 実央は考えるより先にもう動いていた。ヨルに被さるようにその間に入り盾となる。
 衝撃に備えたが、少し待ってもそれがない。
 降り仰ぐと何者かの姿が、自分らと主人との間に割って入っていた。

 中華風のエンジっぽい色の長衣を着た人のような者。

 いや、人ではなく鬼、か?!

「顛さん」

 ヨルが口にしたのは彼の名前だろう、なら味方か、と実央は安堵する。

 ガツン、とドリルが鎮石に当たり地面へ落ちた。

 主人は腹を抑えてその場にうずくまり喘いでいる。

「囚人番号3494そこから出てこい」

 顛が主人の前に仁王立ち、そう告げた。

 顛が錫仗しゃくじょうをぐるんと回し、その先端を主人の額に向けると、主人は痺れたように倒れ、その後痙攣を起こす。

 ゴホッゴホッと主人は咳き込み、口から黒い液体のようなモノをドロリと吐き出す。

「お前を地獄へ送還する」

 主人は気を失ったように倒れた。

「あああ、嫌だぁああ、地獄は嫌だぁああ」

 黒い液体が人の形になり地面でのたうちながら叫び呻く。
 金色の鎖がその人影を絡め締め上げていた。

 顛は腰から竹筒を取り出して、その栓を抜き囚人へと向ける。黒い影は筒の中に頭からするりと吸い込まれていった。

「3494番、捕獲完了」

 ポンっと竹筒に栓をし、すぐに頭上を見上げる。

「後はあれをなんとか鎮めないと」

 空でトグロを巻く龍の穢神に向かって臥鐵が飛んできた。

「刀を抜いて、鞘の中へ!!」

 梵天が刀の鞘を咥え池の飛び石で立ち上がった。


 顛はその鞘を受け取り脇に挿すと、穢神の背に飛び乗り駆け上がる。

 そしてその胸に刺さる刀剣のつかを握り引き抜こうと足を踏ん張ったが深く刺さっているのか抜けない。
 穢神は顛を振り落とそうと身体をくねらせ暴れ回っている。

 顛は柄から手を離しいったん地上へ下りた。

「まかせて」

 臥鐵は穢神の周りを飛び回り、穢れをその身体に吸い込んでいく。

 黒い煙のような物が、臥鐵を追いかけているようにも見える。

「臥鐵さん凄い、掃除機みたい」

 いつの間にか、ヨルと実央の隣に椿が立っていて、空を見上げ感嘆している。

「え、椿さん?!」
「(つばき……)!」

 実央はなんとなくヨルの背後に隠れた。

「せんせ、大丈夫ですか?血がたくさん出ています!!」

「どうして、ここに?試験の最中では??」

「地震で試験は後日に。ちょうど千寿先生が通りかかって一緒に連れてきて貰いました」

「え、千寿先生?!」

「あそこ」

 椿が指差した方を見てヨルは千寿の美しい白い大虎の姿に涙ぐむ。

「千寿先生……遅いですよ!」

 大虎の千寿は穢神の周りを飛びまわり、そしてピタっと止まる。

 穢神は千寿が施した動きを封じる術により身動きが取れず、ドンっと地上へ落ちてきた。


☆☆☆
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