🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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初恋と命運

漏出(くきいず)

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 ヨルの診療所は人の世では一般個人の家ということになっている。

「東洋漢方研究所」という小さな表札が玄関扉の横に控えめにかかるがこれも人の世に向けたもの。

 家の修理もまた人の業者に依頼することになる、アヤカシに付随するものは人には見えないから特に問題はない。

「あー、こりゃ、酷い。怪我人が出なかったのが不幸中の幸いですね」

 梵天がネットで適当に探した工務店の主人が庭の方から診察室を見て驚く。

 ネットで探すのは下手に近所に知り合いや顔馴染みが出来るのを防ぐため、あえてである。

「窓、どうします?この木枠と硝子のタイプ、だいぶ古いから今はもうないですよ。アルミか樹脂、後は輸入ものですかね」

「両開きで外側へ開くタイプがいいんですが」

「なるほど、それなら出窓なんかにしちゃった方がいいかもしれませんね、お洒落に」

「出窓……」

 ヨルは開いた出窓に集まる小鳥たちを想像し、その多幸感に浸る。
 そしてふにゃりと微笑んだ。

「出窓、いいですね」

「今日はサイズを測って明日から作業に入りますね。見積もりはざっとこんな感じです」

 工務店の主人がヨルにタブレットを見せた。
 ヨルはタブレットに表示された見積もりに目を通し頷く。

「わかりました。ではこれでよろしくお願いします」

 ヨルは軽く頭を下げ、主人を門まで見送る。

「あの石はずいぶんと立派ですね」

 と、主人が池の前で立ち止まると鎮石を眺めた。

「翡翠を含む原石ですか?!クレーン呼ばないと置けなかったでしょう。重量がありそうだ」

「あ、すみませんが作業中、あの石には近づかないようにお願いします。下の地盤が緩んでいるので危ないんです」

「そうですか、お昼を貰うときにちょうど良さそうだな、とか思っていたところです、ハハハ」

「お昼なら、こちらでご用意しますよ」

「いえいえ、それは大丈夫。ご心配には及びません。それにしても、素晴らしい石だ、ほんとうに」

「お支払いは後で振り込みでも大丈夫ですか」

「あ、もちろんです。作業終了後で結構です」


 それから数日後、診察室に新しい窓がついた。

「すみません、こちらが請求書になります」

 工務店の主人がヨルへ封筒を手渡した。

「ありがとうございました。想像以上に良い仕上がりです。これはすぐにお振り込みします」

「こちらこそ。また不具合でもあればすぐに来ますのでどうぞご遠慮なく。では、道具を片付けて帰りますので」

「帰るときには声をかけてもらえますか、診察室にいますから」

 主人を玄関で見送り、ヨルは診察室に戻った。

「現金収入ってどうなっているんですか?」

 実央が向かい側で一緒に机の端を持って運ぶヨルへ尋ねた。

「お、凄い、ぴったりだ」

 窓際へ机を置くと、窓の高さと机の高さがピタリと合って以前よりも作業スペースが広くなっている。

「特許があって」

「え、特許?!」

「師匠が人の薬の特許をいくつか持っていて、それで今のところは賄えています」

「ええ、すごい」

「他にもビルを所有していたり、駐車場とかの不動産収入もあるにはあります」

「富豪ですね」

 まさか、とヨルは笑う。

「ずっと住んでいて、不信に思われませんか?その、全然歳を取らない外見とか」

「この辺りは住宅街ですけど、最近は空き家やアパートが多くて。昔は町内会とか地域の活動など頻繁にありましたが、今はもう殆どなくて。それにあまり他人に関心を示すよう人もいなくなりましたね。見た目もこんな家ですから余計近寄らない、というのはあると思いますよ、それに時々」

 ヨルはそこで思い出したかのように、ふっと笑う。

「顔や姿を変えますから」

「え、変えられるんですか?」

「人の言葉では姿現化しげんかというんですが、これは思った通りに変えられます」

「うわぁ、なんかサギ」

「ふふふ」

 ヨルの目がパッと金色に変化し、僅かに開けた口には牙が伸びた。

「(ひっ)!!」

 実央はヨルの突然の変化に怯え二、三歩飛んで離れる。

 ヨルはそんな彼の反応を見て可笑しそうに笑う。

「笑わないでください。岩梵さんといい、あなたといい、俺を弄り過ぎですよ」

「ごめんね、ついかわいくて」

「かわいいって……その、それ、俺にも出来るんですかね?姿現化」

「ん……そうですね。この前診せてもらったとき、まだアヤカシとしての気門がそんなに開いていないようだったね」

「きもん?」

「人にも気があるけど、アヤカシの気はもっとこう、なんていうか……複雑なんですよね」

 ヨルは両手をあーだこーだと動かして説明を試みる。

「そういえば、そんな図解が覚書にあったような……」

 実央が覚書にそんなページがあったことを思い出す。

「うん、アヤカシの種族にもよるし、個体差もあるし、君の場合人にも通じるし、難しいな」

 実央は椿が来なくなってから、入れ代わるように診療所へやって来てアヤカシのあれやこれやを調べていた。

 1日は椿が書き記したノートや、覚書を読むことで終わってしまう。

 バイトの夜勤明けに来て和室に置かれたままの診察用のベッドで眠り、ヨルの用意した美味しい昼を食べてから地下室にこもり、夕方に帰る、そんなスケジュールだ。



 突然、庭の方で轟音が響いた。

 実央が庭へ目を向けたときには、ヨルはもう出窓の扉をあけ、ヒラリと庭へ下り、走って行くところだった。

 鎮目石にドリルで穴を開けている?

 轟音はドリルが石を削る音だった。

 石の割れ目から黒いドロドロの何かが、凄い勢いで噴水のように溢れ出ていた。

☆☆☆
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