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初恋と命運
試練
しおりを挟む目を覚ますと白い天井が見えた。
「つーちゃん、目が覚めた?」
声の方を向くと母親が心配そうな顔で自分を見ていた。
家、ではなさそうで、自分がどこにいるのかわからず戸惑う。
「お母さん」
「大丈夫よ、ここは病院。寝不足からくる過労だろうって」
寝不足と過労、そういわれてみれば、ここ数日はろくに眠っていなかったかもしれない。
「点滴が終わったら帰ってもいいって。あと少しね」
椿は左手に繋がれた点滴の管を目で追い、薬液の入った透明な袋を眺めた。
「あそこで昔の施設のお友達と会っていたの?」
「えっ?」
「あのノートとカードは返しておいたから。ああいう人とはもうお付き合いしないでね。つーちゃんの将来とは繋がらない人よ。環境って大事なの」
母親が何を言っているのか、椿にはさっぱり分からなかった。
施設、ノート、カード、ぼんやりとしていた頭がそれらの単語をグルグルと回し出すと、次第に思考力が戻ってきた。
「お母さん、誰に何を返したって?私のカバンは?」
椿は半身を起こし辺りを見回し自分のカバンを探した。
母親がカバンを差し出したので、それを奪い慌てて中を確かめた。
「すずきみひろくん、彼にあのおかしなアヤカシ……とかなんとかっていうノートとカード、それは返しました」
「どうして??」
椿は何も理解出来ない。
「ヒロくんて、鈴木君がいたの?ここに?病院に?」
「公園で倒れたあなたと一緒に、救急車に乗ってきたらしいわよ。つーちゃん、もしかして、付きまとわれているの?」
椿はそこでなんとなく思い出す、千寿と別れた後からの記憶がまったくなく、目覚めたら病院だった。
実央が一緒に救急車に乗っていた?
何故?どうして?
「どこ?」
「え?」
椿は実央の後を追いかけようとベッドから下り立ち上がった。ガタンっと点滴のスタンドが音を立てて倒れ、針の刺さった腕に痛みが走る。
「つーちゃん、落ち着いて。鈴木君にはもう帰ってもらったから」
「なんで……」
いたのなら、会いたかった。
ノートはまだ未完成で、完成させて自分で渡したかった。
カードは、自分と彼を繋ぐ大切な思い出のものだった。
いくらお母さんだって、勝手にしていいことと、悪いことがあるんじゃないか?
「つーちゃん、針が抜けてしまうから落ち着いて座って」
椿は怒りを顕にした視線を母親に向けた。
「わかった、針を抜いて貰うから好きにしなさい。少しだけ待って」
母親は看護師を呼びに行った。
椿は看護師に点滴の針を外してもらうと病室を飛び出した。
「駐車場で待ってるから」
母親が伝えるが椿の耳には入っていない。
椿は病院から出ると実央の姿を探して近くを走った。
病院の周りは初めて来た場所で、土地勘などなく探すあてはもちろんない。
結局、彼を見つけることは出来ず、頭と身体は重くなり思考もままならない。疲れ果て病院の前のベンチに座っていると、母親が迎えに来た。
「もう、気が済んだ?」
椿はゆるゆると顔をあげ母親の顔を見る。
「恋愛なんか、いつだって出来るでしょう。大学に入ればいいお相手はいくらでもいるんだし」
恋愛?
そう言われて初めて気付く。
私はヒロくんの事が好きなんだ。
電車で目が合うずっと前から、
きっとヒロくんが「鈴の家」へやって来たその日から、私はヒロくんのことが好きだった。
だから、
会えないことが辛い。
顔を見られないのが寂しい。
声すら聞けないのがもどかしい。
そして、
この気持ちを伝えられないのが
悔しい。
「さぁ、帰りましょう」
椿は黙って母親の後をついて行った。
それから椿は塾と家との往復以外の外出を禁じられた。
母親が送迎をして椿から片時も目を離さず携帯も管理された。
椿は一切文句を言わず一心不乱に勉強をした。
ヨルの診療所にも行かず、梵天とも連絡を取らず、もちろん実央のことも探さず、とにかく合格することだけを考えた。
まず、滑り止めで受けた地方の私立大学医学部の合格をひとつ手に入れた。
それから何校か受験した後、いよいよ本命の学校の試験日がやってきた。
「忘れ物はない?受験票、筆記用具、時計」
車から降りようとする椿に運転席から母親が声をかけた。
「大丈夫、行ってきます」
椿は受験する大学の校舎を見上げた、高くそびえるこの建物が、これから私の通う大学になるんだ。
そう、強く思いながら校舎へと入って行った。
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