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初恋と命運
庇護
しおりを挟む実央は天気予報と地図アプリを見ながら「鈴の家」の近くまで来ていた。
こんなに良い天気が急変して雪になるなんて、にわかには信じられない。
しかし、雪舞蝶を捕まえるには初雪を待つしかないし、天気予報はこの辺りで雪が降るかも、という予報をタイミング良く出していた。
実央がこの場所に来るのは事故以来のことだった。昔の記憶と照らし合わせれば近所の様子は懐かしく、変わっていないように見える。
しかし「鈴の家」があったその場所には新しい建物が建ち、そこだけ記憶と相違し、ざわめきと共に違和感を覚えた。
「保育園で何かあったのかしら?」
「お子さんかしらね」
そんな会話が実央の耳に入る。
スマホから顔をあげると、ちょうど「鈴の家」があった場所、公園の前に救急車が赤色灯を回したまま停まっているのが見えた。
何故か胸騒ぎがして心拍が早まる。
遠巻きに見ている人らの脇を抜け、公園へ近づくと、一瞬体が固まり息が止まった。
「ええ、女性、意識なし、外傷はとくに見えません、血圧は86の」
救急隊員と病院とのそんな無線のやり取りが聞こえる。
ストレッチャーに乗せられ、救急車へと運ばれているのは、間違いなく椿だった。
実央はストレッチャーへ駆け寄り、椿の名前を呼んだ。
「お知り合いですか?」
「え?……あ、はい」
救急隊員に聞かれ一瞬戸惑うが肯定して頷く。
「一緒に乗って頂いてもいいですか?」
実央はストレッチャーの後に続き、救急車の中に乗り込んだ。
「県立◯◯病院受け入れ確認中です」
無線のやり取りが続いていて、車は停止したままだ。
「この方のお名前は?」
救急隊員がバインダーに挟まった紙へ何かを記入しつつ実央へ尋ねてきた。
「橘椿です」
「年齢は?」
「17……いえ、18です」
椿の正確な誕生日を知らない。
確か真夏の暑い日に、今日が誕生日だと聞いて、何もプレゼントがなくゲームのカードを渡した覚えがあった。だから、誕生日は過ぎて18になっているはず、と判断する。
「……出発します」
救急車はサイレンを鳴らしながら走った。
ひどく揺れて、道の悪いところでは車体が浮いたり、落ちたりした。
「持病とか、今かかっている病気や怪我がありますか?」
「……わかりません。数日前は普通に元気でした」
虎玉が消えかかっている?
……こんな突然にやってくるものなのか?!
「椿」
椿の顔色は蒼白で、呼び掛けにも反応がない。
「後3分で到着予定です」
病院に到着すると、椿はストレッチャーごと処置室へ運ばれ、実央は廊下で待たされた。
病院のスタッフにいろいろ聞かれるが、その殆どを答えられない。
保護者の連絡先、住所、持病やアレルギーの有無、頓服している薬。
唯一答えられたのは通っている学校の名前だけだった。
30分くらいして椿が処置室から出てきた。点滴が繋がれた椿は病室へと移されたがまだ眠っている。
心なしか顔色は良くなっているように見えた。
「具合は?」
「ご家族の方ですか?」
「あ、いえ……友人です」
「大丈夫、ちょっと頑張りすぎちゃったのかもね」
看護師は笑顔と一緒に頷いた。
その笑顔に実央は救われた思いだった。
良かった、まだその時は来ていないんだ。不安が薄れ安堵で力が抜ける。
「こちらです」
椿のそばで待っているとカーテンが開き、看護師と一緒に椿の母親が入ってきた。
「つーちゃん、もう大丈夫よ、お母さん来たからね」
母親は椿の頬に手を当て声をかける。
「お嬢さんの荷物です」
看護師が椿のカバンを持ってきて母親へ渡した。
「すみません」
品が良く優しそうな人だな、と実央は椿の母親を見て思う。
身なりがきちんとしている。
手触りの良さそうな明るいベージュカラーのコート、ブランド物のバッグ、ヒールの高い靴。
実央はそっとその場を離れ、病室の外へ出た。
天気予報のアプリを開きもう一度見る。雪の予報が変わりさっきの辺りは雨になっていた。
「ちょっと」
振り返ると椿の母親が立っていた。
「失礼だけど、うちの娘とはどんな関係かしら?」
声の大きさとその発音にトゲを感じる。
「ただの知り合いです、偶然通りかかっただけなので。これで失礼します」
実央は出来るだけ丁寧な口調で答えると、会釈し、くるりと背を向けた。
「ヒロくん……鈴木実央さん?」
椿にしか呼ばれたことがない、懐かしい呼び名に立ち止まる。
振り返ると、椿の母親が1冊のノートを突き出した。
ノートの表紙に「アヤカシ図鑑」とあり、その下に(ヒロくんのための)と小さく記されている。
それと1枚のゲームカード、そこには「すずきみひろ」と、記名があった。
「もしかして、施設のときのお知り合いかしら?これ、お返しします」
実央はノートとカードを黙って受けとる。
「まだ、こんなおかしなことを妄想し続けていたなんて……」
実央は表紙の「アヤカシ」という文字に目を向ける。
「娘は今、将来に関わる大事な時期なんです」
実央は椿の母親の視線に、蔑みと排他が含まれているのを習慣的に感じとる。
それは、初めてではなくこれまでに幾度も感じたことのある視線だった。
学校の教師、施設の職員、近所の住人、すれ違う他人。
実央の髪は生まれたときから真っ白だった。
瞳の色も薄く、アルビノを疑われたそうだが、見た目意外、どこにも健康上の異常はなかった。
幼少期はその外見のせいで虐められたり、からかわれたり、好奇心から根掘り葉掘り聞かれたり、と傷つくことが多かった。
事故の後からは、美容師になった母親が綺麗に染めてくれるようになり、そういうことも減っている。
近頃は若い人の派手髪も珍しくはないから、と色んなカラーが試されていて、実央の今の髪色はインナーが黒ベースで、表側がシルバーだった。
今思えば母親の方が自分よりも苦労や傷つくことは多かったかもしれない、と考えられるくらいの大人にはなっていた。
なので、椿の母親の態度も、視線も、言葉も、全て子供を守るためのものだと理解が出来る。
「あの子の幸せを思うなら、今後、お付き合いは控えて頂きたいです」
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