36 / 51
初恋と命運
記録
しおりを挟む「臥鐵さんと顛さんは?」
「二人なら、今朝早くに行きました」
「元気になったんだ。良かった」
椿は膝の上で組んだ手をじっと見ている。
「椿さん、塾ではないんですか?」
「うん」
椿はぼんやりどこか上の空だ。
「?」
「あ、そうだ。忘れ物を取りにきたんだっけ」
「忘れ物、ですか?」
「診察室の机ってまだそのまま?」
「少し移動させましたけど、引き出しの中はそのままですよ」
「よいしょっ!」
椿はソファから立つと診察室へ向かった。
ヨルもその後をついていく。
「なんか、緊張しちゃって」
椿は机の引き出しからノートを1冊取り出した。
ノートは他にもたくさん入っている。
「それは?まだ新しいですね」
「これはね、見て」
椿が机に広げたノートをヨルは覗き込んだ。
「もしかして、これって」
「そうこれはヨルせんせ、こっちはボンボン」
フフっと椿は笑って次のページを開いた。
「これは雪舞蝶」
「なるほど……絵が」
「うん、絵が?」
「天才的に、」
「天才的に?」
「な、」
「天才的な?」
「いいえ、なんでも……ありません」
ヨルは、椿のノートに描かれた、棒人間的な下手くそなイラストを見て諦める。
「天才的!!でしょう?うん、これに注訳をつけようと思ってるんだ」
「わかるかな」
「え?」
「いえ、かなり詳しく書けばあるいは」
「そうか、詳しくね。わかった、そうする」
「はい」
「ヒロ君の初めてアヤカシ図鑑、by椿ってところ」
「アヤカシ図鑑?」
「私は初めて蟲を見ても、まったく怖くなくて、ただ不思議?って感じだったの。でも普通の人は、びっくりするのかな?害はないって知らないから?アヤカシもそうで、ヨルせんせとボンボン、それに患者さんたち、アヤカシのこと、誤解しないでちゃんと知って欲しいんだ」
「ヒロくん……鈴木くんですね」
「まぁ」
椿はノートを閉じて胸に抱く。
「なんか嫌われてるみたいなんだけど……それも盛大に」
「そう、なんですか?」
「うん、完全に避けられてる。ま、しょうがないか、私って変人だし」
椿はへへっと自嘲的に笑い、ノートをカバンにしまう。
「でも、また偶然にどこかで会うかもしれないでしょう?だからいつでも渡せるように、持っていようと思って。それに」
「それに?」
「試験前に緊張するから、これ書いて落ち着こうかと」
「落ち着くんですか?!」
「書いてると落ち着く、すっごく」
「試験会場に蟲がいないといいですね、椿さんはきっとそっちに集中してしまう」
「だよね、絶対そう。ヨルせんせ、1日だけアヤカシや蟲が見えなくなる薬ってないの?」
「うーん」
ヨルは顎に手を当て、本気で考えているようだった。
「冗談だよ。ヨルせんせや、ボンボンが見えなくなるなんて考えただけで寂しくなっちゃう」
「たった1日でも?」
「そう。たった1日でも」
「そうは言っても、毎日は来てないですよねぇ」
「ええと、嘘つきました、ごめんなさい。正直3日くらいは平気かも、いや1週間会わなくてもいける?まぁ……さすがに1ヶ月は寂しいってとこ?」
「はいはい、わかりました。では試験頑張ってください」
「うん、自信は無いけど全力は尽くしてこようと思う!!」
「何を言いたいのかはわかりませんが、力強い感じは伝わりました」
椿は診察室を出ると、そのまま玄関へ向かった。
「もう行きますか?」
「うん、じゃあね。診察室っていつ直るの?」
「明日、業者さんに来て貰うので、椿さんの試験が終わる頃には綺麗になっていると思いますよ」
「ふーん、じゃあ試験終わったらまた来るね」
「わかりました」
椿は靴を履くと、ヨルに手を振り笑顔を向けた。
「あれ?びしょ濡れのシューズがない」
「ボンボンが干したんじゃないかな」
「そ?」
「はい」
「じゃあ。……あ、お母さんが美味しいって言ってたよ、飴」
「それは良かったです」
「ありがとうヨルせんせ」
椿は満面の笑みを浮かべ、ペコッと頭を下げた。
「どういたしまして」
ヨルは頷き優しく微笑んだ。
そして椿はヒラッと手を振りヨルに背を向けた。
実央は診察室にいて、引き出しに入っていた椿のノートを見ていた。
「椿さん行きましたよ……勉強熱心でしょう?」
ヨルが隣に立った。
「これは、薬の作り方かなにかですか?」
「はい。薬草や蟲を使ってつくるアヤカシのための薬です」
「アヤカシだけの薬ですよね?自分にも人にも関係ない」
「そうですよ、そこにこんなに労力を使うなんて、自分で言うように随分と変わっている子です」
「……あの古書に書かれていることは、本当にあったことですよね」
実央はヨルの鳶色の瞳をまっすぐに見る。
「はい、椿さんと鈴木くんの話です」
「じゃあ、虎玉の期限が尽きるってことも?」
ヨルは黙って頷いた。
☆☆☆
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
デリバリー・デイジー
SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。
これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。
※もちろん、内容は百%フィクションですよ!
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる