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初恋と命運
釣堀
しおりを挟む「鈴木くんならきっと届けてくれると思った、それ」
岩梵は実央が持っている古書を指差した。
「偶然じゃ、ないんでしょう?」
岩梵は実央の手から古書を受けとると、斜めにかけたバッグに丁寧にしまった。
「ありがとう。失くすと大変なんだ写しとはいえ」
「全部、分かっていて、それでわざとそれを置いていった」
「読んだ、ていうか、読めたの?!」
「読むというか、内容はわかりました」
「ふーん……」
岩梵は口をすぼめ、そして突然アシカのように手を叩いた。
「すごいね!!」
「いや、とぼけないで」
実央の冷静なツッコミに、岩梵はニコリと笑い眼鏡を外した。
「岩梵さん、あなた、いったい何者なんですか?」
そして、俺はいったい何なんですか?
「シっ!!こんな人の多い所で、声が大きいっ」
小学生の群が、道の真ん中で言い争う若い二人の男を、不審者を見るような目で通りすぎて行く。
実央は岩梵に腕を掴まれ引っ張られた。
「で、どうしてここなんですか」
実央は水面に釣糸を垂らしてじっとウキを見ている岩梵へ声をかける。
二人は釣り堀に来ていた。
ボートを借りて人口池の真ん中に浮いている。
実央は握っていた釣竿を脇に置き腕を組んで岩梵を見た。
「なにも教えてくれないつもりなら、もう帰ります」
「シーッ!」
またもや、黙れと合図を送られる。
つん、つん、とウキが動いた。
「ほら、くってる」
「え?」
「魚が食いついた」
実央が慌てて竿を手に取りリールを巻いた。
「あ、もっとゆっくり」
「え、どんな?こう?」
「そうそう」
「意外と力が強い……え、強すぎないか?」
「いっきに巻いて!」
「!」
実央が糸を巻いていると、水面に魚の影が見えた。
「大きいね、頑張って!!」
「え、え?大きい?!」
実央は魚の力に負けないよう立ち上がりしっかりと竿を持った。
「うん、その調子、もう少し」
針に食いついたフナが、ぴょん、と水面を跳ねた。
「あ!」
プチンと糸が切れ、実央は急に手応えのなくなった竿を持ったまま、後ろ向きに池へ落ちた。
ざんっ、という音を聞いたかと思えば、もうすでに冷たい水の中に頭まで沈んでいる。
慌てて水を掻いて水面を見上げると、今まで乗っていたボートが見えた。
水面に顔が浮かぶとボートのヘリを掴んで頭を出し、思いっきり息を吸った。
「大丈夫?!」
差し出された岩梵の手をしっかり握り、実央はボートによじ登った。
「まさか落ちるとはね、こんな寒い日に、ハハハ」
「……」
実央は黙ってダウンを脱いで水を絞った。
突然のことで自分でも驚いていた。
そもそも何故俺は朝から岩梵と釣りをしているんだ?
「まさか、こんな真冬に泳ぐとはね」
実央は、ムッとした顔で岩梵を睨み、そうなじった。
「おい」
野太い声がして、ふたりは同時に水面を見た。
「すまないな、寝過ごしたワイ」
水面に大きな真っ白い物体が浮かんでいた。
大きな口、口の両端についた小さな赤い目玉。
口の下には髭のようなものがニュルっと数本生えていた。
「あ、博士先生、お騒がせしてすみません」
梵天がちょんと頭を下げて斜め掛けバッグの中を探る。
「人か?アヤカシか?」
軽自動車ほどの大きさはあるだろうか、白く丸い頭は、はんぺんのように弾力があり柔らかそうだった。
ナマズかな、実央は自分が知っている物の中で一番近いだろう形態のそれにあてはめてみた。
「私が見えるならばアヤカシか」
「博士先生、いつものお薬です」
口が大きく開くと、岩梵が何かをその中へと投げ込んだ。
「あいかわらず酷い味だ」
「良薬口に苦しですよ、お変わりはないですか?」
「ん、まぁ、変わりはないさ。新しい助手か?」
「違います、助手はまだ決まってないんです」
「ソルのやつ、そんなに悪いのか?」
「静かなところで休んだ方がいいってことで、田舎へ帰ってるんですよ。じき良くなると思います」
「あいつはガチャガチャとうるさいが、いないとなれば、それはそれで寂しいものだワイ」
「そうですね」
「ヨルに、よろしくと伝えてくれ」
「はい、伝えます」
白いナマズはすっと水面の下へ潜り消えていった。
「今、ヨルって言いました?あの、ええと、もしかしてアヤカシの先生の」
「そうですよ、ヨル診療所のヨル先生のことです」
椿が言っていたアヤカシのヨル先生、その人なのか。
「はぁわ、っしゅん!!」
実央が大きなくしゃみをひとつした。
「早く着替えた方が良いみたい」
梵天がオールを持って漕ぐと、ボートはすいっと進んで岸へと向かった。
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