🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

文字の大きさ
上 下
32 / 51
初恋と命運

妖書

しおりを挟む

 付きまとわれている。

 この得体の知れない変なやつに。

 実央は、動揺を隠しつつ後退すると背後に扉を確保する。

 まずは安全な逃げ道が必要だ。

「どうして辞めたの?ここならそんなに場所も時給も変わらないよね?」

「え……、っと楽なんですよ。コンビニは暇っていってもやること多いじゃないですか」

「まぁねぇ」

 実央は後ろ手でドアノブを回した。

「が、岩梵さんこそ、1人カラオケですか?」

「あーいやぁ?ここだとはかどるからさ、勉強」

 テーブルの上に、ノートパソコンと黒い紐で綴られている黄ばんだ表紙の古書が置いてあった。

「なるほど、ではごゆっくり」

 実央はその古書に少なからず興味を覚えたが、すぐに目を反らし天井を仰ぎながら平淡に言った。

 そうやって個室から出てやっと息をつく。けれど、なんだろう?

 この胸がざわつく感じは。
 初見のときの怖さはもうなく……ただ焦燥と不安が押し寄せてくる感覚がやけに強い。


「鈴木さん9番の部屋、清掃お願いします」

 深夜勤務の先輩バイトから指示を受け、実央は清掃セットを持ってそこへ行った。

 9番といえば、岩梵がいた部屋だ。
 いつのまに帰ったんだろう。
 帰る姿は見なかったな。

 室内の照明をつけると、テーブルの上にさっきの古文書が置いたままになっているのが見えた。

「忘れたのか……」

 実央はそれを手に取ってペラペラとめくる。

 コピー用紙とは違う、厚い和紙の感触が新鮮だった。
 何より、その見たこともない文字、というか記号、の連なりに瞬間的に目を奪われ離せなくなっていた。

 もちろん日本語でもなく、漢字でもなく実央が知っている範疇には、これに似ているものはなく、何処か外国の古い言語だろうか、と考えた。
 大学ではそんな専門的な勉強もするだろう。

 ふと目の前が一瞬暗くなり何も見えなくなった。立ちくらみのように数秒程度ぼんやりしたが、じっとして待っているとまた視野が戻った。

 そこで不思議なことが起こった。

 今までなんの意味もなさなかった、古書の記号のような文面が、突然頭の中で言語らしく連なり始め、苦もなくその内容がすんなり入ってきたのだ。

「虎の毒は棘のある祭魚、これ1匹分で死に至るから、注意すること」

 実央はページをめくる。

「大百足の治療中、麻酔が切れこれが暴走。家屋一棟が全焼。人の子二人が巻き込まれる。一人は半妖であるから施さず、一人に虎玉を与えた。虎玉の効力はおよそ人の歳で十三、一時の延命である。後は命運に任せるのみ。大百足の脚を数本固定、外れた顎を元に戻し治療を終える」

 実央はその箇所を何度も読み込む。

 これは誰かの日記のような、そんなもので、そしてこの……

 いや、こんな曖昧で抽象的な内容から、どうして現実に起こった、自分達が経験したあの日の事故が結び付いてしまうんだ?

 これは「鈴の家」が燃えたあの日のこと、そうなのだろうか?

 まさか、そんなはずはない。
 これはただの誰かの古い日記で、作り話で、物語だ。

 大百足の治療だって?ハハ、笑える。
 人の子どもが二人いて、一人が半妖?
 なんだそれ。
 妖怪と人間のハーフってことか?

 死にそうになっていた一人に何かの延命措置をして、それは十三年しか持たないって?
 いや、もっと長いのにしとけよ……。

 もし、それが本当なら??

 自分か椿のどちらかがハーフで、どちらかは十三年の命ってことか?

 いや可笑しいだろ、ハハハ。


「岩梵さん?!」

 そうだ、彼にこの本が何なのか聞こう。これはフィクションなんですよね?と。

 古書を片手に部屋を出ると、先輩バイトが実央へ声をかけた。

「おい、大丈夫か?めっちゃ顔色悪いけど」

「は、はい?」

「それ、忘れ物?」

 先輩バイトが実央が手に持っている書物に目をやって尋ねた。

「あ、これは……あのお客さん知り合いなんで、渡そうと思って、ます」

「ふーん」

「あの人よく来ますか?」

「いいや。今日初めて会員になったお客さん」

「そ、そうか」

「ほんとに平気?少し休む??」

「大丈夫です」

「そ、じゃあ、落ち着いたら8番の清掃頼む。俺、オーダー入ってるから、作ってくる」

「はい、すみません」

 先輩バイトが厨房へ入ったところで、実央はカウンターのパソコンから新規の顧客データを検索した。

 そして岩梵の住所を覚えた。


 ☆☆☆
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

大神様のお気に入り

茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】  雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...