🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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初恋と命運

紺留(ヨル)

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 やはり欲しい答えは見つからない。

 紺留よるは地下室にいた。

 地下室の壁面は四方が書棚になっていて書物が平積みになっている。

 奥に机と椅子が、中央には猫脚のカウチソファが置いてあり、傍らのスタンド型間接照明が部屋の中心を丸く照らしていた。

 机の上に、怪(あやかし)薬学医術之覚書が何十冊と積み上げられ、戸口側からは椅子に座っているヨルの姿は見えない。

 ヨルはここにある千冊以上の覚書を、もう全て読みこんでいて殆ど覚えてしまっている。
 それでも何か見落としがあるかもしれない、と時間が許すかぎりこうやって書物の紐を解いては隅々までくまなく目を通していた。

 大師匠の千寿ソジュへ送った手紙の返事がまだない。
 千寿が事の発端である、早く適切な治療の方法かすべを教えて欲しいものだ。

 いや、治療方法などあるだろうか?
 病ではない、そもそも虎玉こそんとは千寿の妖気を小さく丸めたもので薬ではないし、本来、そんな処方はしない。

 しかも、アヤカシならともかく人にそれを与えるなど、通常では考えられない。

 大前提に人の世界には干渉しない、ということわりがある、それを易く見れば高天原から咎めがあり、悪くすれば罰を受けることも考えられる。

 千寿は何故そんな危険な真似を。

 千寿が記した覚書にその過程はなく、そこに至るアヤカシの治療と処方についての記録はされてはいるが、肝心の虎玉についての詳細はない。



「ここはとても落ち着きますね、暗くてそれでほんのり冷たくて」

 ヨルが声のする方へ顔を上げた。
 書物の頂を越えたその向こう側に、臥鐵と顛が立っていて、臥鐵がぐるりと部屋を見渡し何度も頷いている。

「あ、扉を叩いたんですが」

 顛が後ろの鉄扉を振り返って指差した。

「すみません。気付きませんでした。もう夜明けですか?」

 ヨルは椅子からそろりと立ち上がる。

「ええ、そろそろ。ここで一晩中、過ごしたんですか」

 臥鐵が驚いた顔でヨルを眺める。

「うわぁ、すごい量の書物ですね。全部医術の書ですか、すごいな」

 顛は四方の書棚を見て感嘆の声を漏らした。

「すみません、これですね」

 ヨルが書棚に立て掛けてあった、錫杖を持ってきて顛へ渡す。

「手荒な真似をして、すみませんでした」

「いいえ、先生のおかげで助かったと臥鐵に聞きました。それなのに、あんなに暴れて我ながら呆れるは、恥ずかしいやらで。申し訳ありませんでした」

 ヨルと臥鐵がそっと目配せを交わす。
 妖気を分けたことは話していないようで、顛も覚えては無さそうだった。

「職務を全うしたいという気持ちはわかります。それに凶悪な囚人らは何をするかわからないですから、一時の油断もならないですよね、大変な使命です」

「そう、言っていただけると……」

 顛は恥ずかしそうに頭をかいた。

「本当にお世話になりました」

 二人は同時に頭を下げ、深いお辞儀で敬意の気持ちを表した。

「僕ら、もう行きます」

 頭を上げた臥鐵が言った。

「今後も十分に気を付けて」

「ありがとうございます」

 顛がまた頭を下げる。

「あの、もし……」

 臥鐵がヨルへ少し近づき小さな声で言った。

「僕で力になれることがあったら何でも言ってください」

「ありがとう」

「それでは」

「見送りはしないけど……」

「あ、もちろん、何も壊したりしませんよ!」

 顛が苦笑ながらに答える。

「そう願いたいものです、では私はここで」


 ヨルは書物を棚に戻し終わるとつらっと眺めて首を傾けた。

 その日の書が見当たらないと思っていたが、やはり棚にはないようだ。

「梵が覚書を持ち出したのか、いったいなんのために?」



「失礼します」

「お待たせしました、クリームメロンソーダとポテトです」

 実央はボックスの扉をあけ、薄暗い室内のテーブルへグラスとポテトの大皿を置いた。

「あれ、鈴木くん?」

 実央はそこで始めてソファに座っている客の顔を見た、そして途端に青ざめる。

「どうして……岩梵さんが、ここに」

「いやぁ、びっくりした。急に店のバイト辞めちゃって、どうしてるかなって。ちょうど今、鈴木くんのこと考えていたところ。カラオケの店員になっていたとはねぇ」

 梵天は眼鏡の奥の目を細め、ニヤリと笑いながら実央を見た。


 ☆☆☆
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