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初恋と命運
表明
しおりを挟む「なんだ、味はないのか」
フフフっと臥鐵は目を細め笑っている。
「椿さんて面白い」
「ん、私なにか面白いこと言ったっけ」
「アヤカシを見る人や話せる人は大概は怖がって何も言わないのに」
「怖がる?」
「見えないふりをしたり、聞こえないように耳をふさいだり、そんな反応の方が多い」
「どうして、なにが怖いの?」
「ほら、そういうところ。でも気を付けて今はヨル先生がついているから大丈夫だろうけど、僕らが追っている悪い囚人達は本当に怖くて危ないから、人を騙したり傷つけたりなんてことを平気でやるから」
臥鐵は鎮石をもう一度撫でた。
アヤカシ達を怖いと思う人もいるのか、そんな事を椿は今まで一度も考えたことがなかった。
「そうか……」
「?」
「ちょっと、わかった気がします」
もしかしたら、あの人は怖いのかもしれない。
アヤカシのことを知らないから。
教えてくれる人がいなかったのかも。
私は……ヨル先生と出会う前から蟲は見えていて怖いと思ったことなかったけれど、ほんとうは怖い、とか、気持ち悪いとか、そう思うのが当然の反応なのかも、と椿は自分の特異さに気付いた。
ヨル先生が私に教えてくれたことを、私が彼に教えてあげたらどうだろう?
と椿は一度拒絶された原因について勝手にそう解釈した。するとへし折られた自尊心がまた起き上がり、かすかな希望が見えてきた。
「臥鐵さん、ありがとうございます」
椿は臥鐵へ軽く頭を下げてから明るい笑顔を向けた。
「おかげで元気がでました。さすが神獣さん!」
「え、ええと、そうですか、それなら良かった」
「あの、あと」
「はい」
「みことさん?でしたっけ、アヤカシが見える人」
「そうです」
「怖がりましたか?初めて臥鐵さんと会ったとき」
臥鐵はまたフフフっと笑い首を振った。
「たぶん怖がってはいなかった、むしろ物凄く見られた、かな。僕が恥ずかしくなるくらい」
「そうなんですね」
「あなた達は気が合うかもしれない」
「うん、話してみたい、友達になりたいかも」
「今度、紹介します」
「おーい、椿も手伝ってくれぇ」
そんな梵天の声が背後から聞こえた。
診察室の壊れた窓から梵天が椿へ手招きしている。
椿が診療室へ行くと、ヨルと梵天が壊れた窓に青いビニールシートをガムテープで張りつけているところだった。
「梵、そちらをもっと引っ張って」
「はい、引っ張りますよー」
「ヨルせんせ」
「はい、なんでしょう」
ヨルはガムテープでシートの端をとめていく。
「今日、初めて見ました。あんなに凄いヨルせんせ」
「凄いって?」
「命に関わる治療。今日はあらためてヨルせんせの凄さと、人の世界にある診療所の重要性を知りました」
「そうですか?」
「いつもは、ちょっとの怪我とかアレルギーとか、そんな小さな治療しか見て来なかったから、あんなに素早くパパッと動いて指示するせんせ、初めて見ました。カッコ良かった……」
「ちょっと曲がってますよ、ヨル先生」
梵天が斜めに貼られた箇所を指摘する。
「大丈夫ですよ多少曲がっていたって、あくまでも応急処置ですから」
「だから、決めました。私、人もアヤカシもどちらも診られるお医者さんに、きっとなります!」
ヨルと梵天が同時に椿の方へ顔を向けた。
しかし手を腰に当てドヤって胸を張っている椿からすぐに目を外した。
「それを聞くのは、二度めですね」
ヨルが真面目な顔で答える。
「え?前にも言いましたっけ?」
「ほら、怪我をしたクモを連れて、ここへ初めて来たとき」
梵天はそう言って、ヨルの手からガムテープを取り上げた。
「クモの子どもの治療を見て言ったんだ。私のお父さんはお医者さんなの、だから私もお医者さんになるの!それからアヤカシのお医者さんにもなる!人もクモの子ども達も助けるお医者さんなんて、きっと私にしかなれないから!!」
ヨルがスラスラと言う。
「アハハ、そうだっけ」
「だって、それからだろう?椿がここへ来て勉強するようになったのは」
梵天はそう言ってガムテープをツツっと伸ばした。
「あの日の椿さんの真剣な顔、忘れられないですね」
ヨルが笑って、椿も照れ笑いを浮かべた。
「でも、後でクモの子が薬になるって知った時は衝撃だった」
「私もまさか薬のもとを治療するはめになるとは思いませんでした」
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