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初恋と命運
鎮石(しずめいし)
しおりを挟むポカポカとした午後の暖かい日差しが庭を照らしている。
池の傍にある鎮石は地表に出ている部分だけで言えば、高さ130センチ、横幅160センチ程度の大きさで、天面は平たく人が座るにはちょうど良いサイズだった。
臥鐵がその鎮石の上で胡座をかき、暖かな日光を浴びながらじっと水面を見つめている。
スズメやシジュウカラやオナガなどの鳥達も同じ石の上で羽繕いをしたり囀ずったりと、ゆるやかに寛いでいた。
もし、お年寄りがこの前を通れば、賽銭や供物などを置き、両手を合わせ拝んでしまうこと間違いないだろう。
白々とした光に包まれ神々しさは増しに増し、坊主のような墨色のつまらない長衣も錦に見間違える程のオーラである。
ヨルは台所の小窓から口を尖らせブスッとした面持ちでその様子を凝視している。
手元のまな板の上には、今昆布しめにしたばかりの雷魚の切り身がのっていた。
そのとき、ちょん、と一羽のスズメが臥鐵の肩に下りてとどまった。
「なっ!!」
続いて反対の肩にもスズメが下りてチュンチュンとかわいらしい声で鳴き始める。
ヨルは口もとを両手で覆い目を見開く。
その光景がヨルに与えた衝撃は小さくはない、いやあまりにも大き過ぎた。
「ううう」
ヨルは流しの下へしゃがみ込んで小さく丸まった。
「ヨルせんせ、顛さんはお薬が効いたのか良く寝ていましたよ」
台所へ入ってきた椿が流しの下でうずくまるヨルを見つけた。
「せんせ?どうしたんですか?」
ヨルは顔を伏せたままゆっくりと腕を上げ窓の方を示す。
「外になにか?」
椿が窓の外を眺めると、鎮石の上で胡座をかき、たくさんの小鳥に囲まれた臥鐵の姿が見えた。
「あ……」
「あー、さすが高天原の森に棲むという神獣ですねぇ、あんなに小鳥がなついて。絵に描いたような極楽浄土の光景だ」
梵天がいつの間にか背後にいて、囁くように静かな声で言った。
「ううう」
ヨルがひと声唸った。
「ヨル先生なんてもう何十年も餌付けをしているというのに、いまだに慣れないし、近づくとすぐ飛び立っちゃいますもんね」
「ちょっと、今それ言ったら一番駄目なとき。ヨル先生はずーっと、スズメのお宿に憧れていて、いつか連れていってもらうのが夢で、本当にすごーく楽しみにしているんだから、梵天だって知っているでしょう?」
「それ無理に決まってますよ、だって山猫ですよ。ネコは鳥の天敵じゃないですか」
「だ、か、ら、毎日枝にミカン刺したり、お米まいたりして、機嫌とってるんじゃないの、健気すぎるでしょう」
「そういう下心的な気持ちがなんかこう透けて見えちゃうから逆に懐かないのではないかなぁ?あんなふうに無垢な心でないと」
ヨルはすっと立ち上がると、肩を落としトボトボと台所から出ていった。
「ちょっ、梵天のせいで余計に落ち込んじゃったじゃないの」
椿が胸の前で腕を組んで梵天を睨む。
「え、椿さんだって、さらっと酷いこと言ってましたよね?!」
「え、私は言ってないよ、なにも」
「言ってましたって、なんだっけ、機嫌とってるとか」
「おっと……言ってたわ」
「ほら、これを池に戻して来て」
「ん?」
梵天がザルに置いてある、雷魚の頭と骨を布巾に包み椿へよこした。
「そうか、早くかえさないといけないんだっけ」
「良いお天気ですね」
椿はポンっ、ポンっ、と池の飛び石を渡り真ん中辺りまでくると、そう臥鐵に声をかけた。
小鳥達が瞬く間に飛び去っていく。
「天気?」
臥鐵が不思議そうに首を傾ける。
椿は布巾を開き、雷魚の頭と尻尾のついた骨を池に投げ込んだ。
「ポカポカしていて気持ちがいいでしょう?」
「そうですね、とてもいい。今放ったそれは?」
「治療に使った雷魚という妖魚です。見てて面白いから」
水面に浮かんでいた魚の骨が不思議なことにパタパタと身を捩り動き出した。
それが同じように水面に浮かんでいる頭とくっついて繋がる。
それから身がつきヒレが生え、あれよあれよという間にもとの艶めく虹色の鱗を持つ魚に戻っていた。
雷魚は初めからそうだった、というような顔をして、何事もなかったかのように水面近くを泳ぎ、やがて池深くへ潜っていき見えなくなった。
「不死なのか」
「頭と骨があって、この池に戻せばまた元通りにの姿になるんですって、でもなるべく早く、一晩過ぎるともう戻らないみたい」
「この池にも不思議な力があるらしいですよ」
「この石も……」
臥鐵はすっと鎮石を撫でた。
「鎮石ですか?」
「この下に、すごく強い穢れがあるね」
「穢れ?」
「一緒に入って内側から閉じたみたい」
臥鐵が悲しそうな表情で水面に目を落とす。
「そういえば、その下には超ヤバいものを封じてあるって、前に梵天が言っていたような……あれ、ソルだっけかな」
「ソルさん?」
「ヨル先生の双子の弟です。体調を崩したので故郷に帰って療養しています。ところで穢れってなんですか?」
「簡単に言えば悪い気、かな」
「邪気のこと?」
「穢れを食べて気を清浄にするって言うのが僕の唯一の力です」
「穢れって、それどんなの?美味しいの?」
「味なんてないですよ。食べ物の味覚とはまた違うので。ただ気が満たされて力が増す、それだけです」
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