🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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初恋と命運

悪天

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 その日、東の空は黒い雲に覆われ
 関東平野の一部にヒョウが降った。

「おや、椿さん。学校じゃないの?」

 椿が平日の午前中に診療所へ来ることは長期の休み以外にはあまりない。

「もう試験が近いから、自主登校期間てやつ。さむっ」

 椿は診察室の端にある、古めかしい石油ストーブの前に丸椅子を転がしてくる。
 ストーブの上にはヤカンが置いてあり湯気がたっている。

 ヨルは作業台の前に座り、銀色に発光する粉薬を天秤ばかりで量っていた。
 いつもは電子ばかりで正確に計るのに、天秤ばかりなんて珍しいな、と椿は思った。

「家には学校へ行くといって、ここでサボるわけか、嘘つきだな」

 診察机の前に座りノートパソコンのキーボードを打っていた梵天がチラリと椿を見て言った。

「ちゃんと勉強するんだから、ほっといて」

「いや、ここは診療所であって自習室じゃないんだよ」

 椿は椅子に座りストーブの前で暖をとる。

「いいじゃない、患者さんなんて滅多に来ないんだし。あったか、生き返るぅ」

 手袋を外した両手をストーブにかざした。

「助手なら、助手らしく仕事したらどうだ」

「助手? 正しくは助手の助手だもーん」

「ソルさんがいないからって、そんな急に助手にはなれないですよね?ヨルせんせっ!」

「ん?」

 ヨルは椿の方へ首を回しきょとんとする。

「ね?」

「まぁ、そうだね、椿さんはあと10年は……」

 ヨルはそこで言葉を飲み、やわらかく微笑んだ。

「10年も?!やだ、おばさんになっちゃう」

「試験、早く終わるといいですね」

「早く終われって気持ちと、まだあれもこれもやらなきゃ待って時間足りない!って焦りもある」

「なるほど……」

「せんせ、こぼれてる」

 天秤ばかりの皿には粉の山がモリモリ出来ていて、そこからこぼれた粉薬が机に落ちていた。

「あ、しまった」

「どうしたんですか? 何かありました?」

「どうも嫌な予感がして」

「今朝、ヒョウが降ったりして不安定な天気だったろ?あれは尋常じゃない妖気の塊だった」

 梵天がヨルの代わりに続けた。

「妖気、だったんだ」

「急な天気の変化や天変地異には、アヤカシらが関係している場合が多いからな」

「椿さんは感じなかった? 頭が痛くなるとか気持ち悪くなったり」

「え、私? 私は大丈夫。アヤカシじゃないもん、妖気とか、そういうの全然感じない」

「まぁ、そうだね。私達といられるのはもっと他の力だから」

「他の力?」

「お茶でもいれてきましょうか」

 梵天が眼鏡を外し席を立った、まさにそのときだった。

「梵、伏せろ!」

 窓の方へ鋭い視線を向けたヨルは椿のもとへ素早く飛び、彼女を抱えたまま部屋の角へと身を伏せた。

 それとほぼ同時に診察室の窓へ何か大きなモノがぶつかり転がり入ってきた。

 椿はその衝撃と音から車でも突っ込んできたのかと思い驚き悲鳴を上げた。

 床には硝子が飛び散り、窓枠は折れて外れぶらりとゆれている。
 ストーブが倒れ、転がったヤカンからは熱湯がこぼれ白い蒸気が立ち上っていた。

 冷たい風が吹き込み部屋の温度が急激に下がる。

 ヨルは椿を胸に抱いたまま、飛び込んできた者を注視し身構えていた。

 目は金色に光り鋭い爪が伸びる、耳が生え尻尾が伸びれば本来の姿に戻る、という要警戒の際にあった。

「椿さん、大丈夫でしたか?」

 ヨルは間もなく警戒を解き、胸の中にいる椿の顔を覗き見た。

「平気、それより何が……」

「ヨル先生これは、もしや神獣ですか?……それと」

 ストーブの火を消し、アヤカシの姿に戻った梵天がするりとヨルの足元へやって来て言った。

「鬼?!」

 椿は床に倒れる白い大きな獣と、額に二本の角がある人を見て浮かんだモノの名をそのまま口にした。

「やれやれ、これは派手な来院だ」

 ヨルはほぼ半壊した診察室を見渡し肩を落とし呟いた。

 白い獣の背には翼があり、顔と肢体は狼に似ていた。それはヨロヨロと立ち上がり、頭からフサフサとした尻尾の先までの毛を逆立て、ブルッと震わせる。すると獣は瞬く間に人のかたちとなり、片膝をついた状態から二本足で立ち上がった。

 黒炭色の中華風の長い上衣に、白いズボン、皮のブーツを履いている。

 何よりも椿を魅了したのは、その男の美貌だった。

「超絶美形……」

「すみません、入り口がわからなくて……」

 その男は壊れた窓を振り返り申し訳なさそうに頭を下げた。
 頭の後ろでひとつに結びきれていない金色の髪が、はらりと白い頬へ落ち色気が増す。

「彼を助けてください、ヨル先生」

 男は透き通る碧い湖面のような瞳を潤ませ、ヨルに懇願した。

 倒れている男は海老茶色の長い上衣に白いズボン姿、黒髪の短髪で額と頭の境辺りにコブのような角が左右に生えている。

 見たところ目立った外傷はないが、顔は蒼白で(元々かもしれないが)ぐったりとして意識はなさそうだ、と椿は考える。
 どうしたのだろう、もっと状況を聞く必要がある。

「彼は、彼の名前は?」

 ヨルは男の手を取り脈をはかると瞳孔を確認する。

「地獄の捕吏隊壱ノ組、名前はてんと言います」

「ここでは診察出来ないから、顛くんを隣の和室へ、梵準備を、椿さんは今から言う薬を持ってきてください、白心丸そこんがん天浄あそ水盅すじゅ九分くぶん杏菏きょか、それと貴玉きそん

「はい」

「君は?」

臥鐵がてつ、です」

「臥鐵くん、彼を隣の部屋へ運ぶのを手伝ってくれ」


 ☆☆☆
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