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再会と初雪
黎明
しおりを挟む「見ませんでしたか?」
椿は純真無垢な眼差しで実央の答えを待っていた。
梵天の協力もあり実央にも自分と同じ世界が見えている、椿はそう確信していた。
「電線を走る黒い生き物です」
実央は黙って下を向いたまま何も答えない。
「トカゲのような、そういうもの、見ませんでしたか?」
「んがぁーっ!」
実央はその豪快なイビキの主へ目をやり、小さくため息を漏らした。
「店の前から出てるよね」
「え?」
「バス。学校へ行くやつ」
「あ、はい」
実央はポケットからスマホを取り出すと、ささっと画面を操作し始めた。
話をそらされた、それも露骨に。
椿は実央の指先を見ながらホットチョコレートをひと口飲みこんだ。
「6時10分かな。少し早い、かもだけど」
「はい」
「受験生なんだ」
「まぁ」
「同じ歳だよ」
「え?」
「高校、行ってたら君と同じ受験生だったと思う」
「そうですか」
「だから、タメだって」
「タメ?」
「敬語、いらないってこと」
「ああ」
「志望校どこ?」
「ああ、ええと、いろいろ」
「いろいろ?文系?」
「理系」
「もしかして医学部?」
「まぁ」
「凄いな」
「全然、まったく凄くないから。受かるわけないんだし」
椿は首を振り下を向く。
「凄いよ。目指す道とか、目標がちゃんと決まっているってことは」
「だって、それ以外に道がないから」
「他にやりたいことがあるの?」
「とくに……ていうか、考えたことないかも」
「ふーん、羨ましい」
「え?」
「ちゃんとレールが敷かれているっていうのも幸せじゃん」
「幸せ?」
「だって、出してくれるんでしょう?」
「なに?」
「受験料とか学費とか」
「ああ」
「医学部なんて、そういうこと考えたら行きたくても諦めるよ、普通以下の俺みたいな環境のやつは。君は恵まれてる」
「恵まれてる……」
確かに、傍目から見ればそうだろう。
『鈴の家』にいた自分が私立の学校の綺麗な制服を着て、立派な家があって、何より優しい両親がいる。
両親に引き取られていなかったら、私は今頃どうしていただろうか。
想像するのは容易い。
訳のわからないことを言う変人の嫌われ者で、まわりにはきっと誰もいなかっただろう。
ひとりぼっちで生きるだけ、ただ毎日をやり過ごすだけ、そんな日々を送っているはず。
現状、こんな幸運なことはないんだ。
だから少しの愚痴を言うことも許されない。
感謝しなきゃいけない、いつでも。
ありがとうございます、こんなにたくさんの幸せを私に与えてくれて、と。
「そう、頑張らないと駄目なんだ」
「あと少し踏ん張れば終わるよ」
確かに受験はいつか終わるだろう、何処かに引っかかるか、それとも浪人か。
どちらにしてもこの先もずっとやり続けなきゃいけない、迷ったり止まったり、もちろんやめることも出来ない。
たくさんの幸せをくれた両親に恩返しをしなくちゃいけない。
「そう、いつか終りはくるよね」
「そろそろ、行こうか」
事務所の時計を見ると、6時を少し過ぎている時間だった。
「ごちそうさま」
椿はホットチョコレートを全て飲み終えた。
外の空気は冷たく吐く息は白く変わる。
停留所の前に二人並んで立った。
実央は黒いダウンジャケットのフードを被り、ポケットに手を突っ込んでいる。
「いつも、こんな寒いなか帰るんだ」
「まぁ、寒いね。なかなか」
「家に帰ったら、何するの?」
「たぶん、洗いもの、あと洗濯かな。今日は天気が良さそうだから」
実央は朝焼けに染まった快晴の空を見る。
「あの、黒いトカゲは電気が好きなの」
椿は前を向いたまま、独り言のように小さな声で話し始めた。
「だから時々あんなふうに電線の上を歩くことがある、電線をかじって火事を起こすことも」
「……」
実央は黙って椿の横顔を見る。
「雷が落ちると、そこから火花みたいなのが飛ぶことがある。それは雲の中に棲んでいる蜘蛛で、駄洒落みたいな名前でしょう、でも本当にそういう名前なんだって。掌くらいの大きさで火の色をしている」
椿の口調は徐々に早くなる。
「雷と一緒に落ちて来ちゃうことがあるらしくて、私、怪我をしたその子達を拾ってヨル先生に届けたことがあるの、そのときに教えてもらった」
「ヨル先生っていうのは、ヨル診療所の先生でそういうモノを診る先生なの、人ではないけど、人にもアヤカシにもとても優しい先生」
「診療所は昔通っていたピアノ教室の前にある魔女の家みたいなところ。時々やってくるアヤカシの怪我や病気を治してあげてる。それから薬も作ってる。薬は蟲や植物からつくっていて、私も少しお手伝いしてる」
「もうすぐ来るよ、バス」
実央は椿の口を塞ぎたかった。
あの恐ろしいモノ達のことなど、ひとつも聞きたくはなかった。
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