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再会と初雪
明星
しおりを挟む「送って行く、行きなって……、おお!!」
店長が上着のポケットから出したスマホを見てひとり驚く。
「君まだ5時じゃないの、どうしてこんなに早く??」
「あ、それは」
「学校、さすがにまだ開いてなくない?」
「ですね……ハハハ。早く来すぎちゃったかもです」
椿は曖昧な笑顔を店長に向ける。
確かに学校の門が開くのは早くても6時半だ。
彼のバイトが終わる時間に来ただけで、そんなことまでは考えてもいなかった。
「かも?って、さ、間違えないよ普通、若者はさ寝てるもんでしょ、朝って苦手じゃない」
「そ、そうですか、朝型の受験生なんですよ私、学校で朝勉強してるんです」
「受験生なんだ、大変だねえ。学校が開くまでどうするの?」
椿はただ彼と話したいだけだった。
けれど確かにそうだ。
話したいのは自分だけの都合である。
彼は夜勤明けで疲れているだろうし、見も知らない自分とあえて話したいと思うだろうか……。
「大丈夫です、どこかで時間潰してから行くので」
「時間潰すってぇ、ファミレスも、ファーストフードも、この辺りじゃ、今開いてる店なんかないよ? うちのコンビニくらいよ? 開いてるのなんか、ハハハ」
「あの、そこに溜まってると邪魔なんですけど」
自動扉が開いてホウキを持った梵天が出てきた。
「話があるなら、事務所で話したらいいんじゃないですか?寒いし」
梵天が三人のまわりをホウキで掃き始める。
「ああ、そうね。僕は家に帰るから、鈴木くん彼女にあったかい飲み物でも飲ませてあげなさいて」
「あの、誤解です。そんな彼女とかではないので、そんな特別待遇は……」
「知ってるよ、彼女いないもん彼、あなたの名前知らないから言っただけよ。ガールフレンドの意味じゃなくてねー」
店長がグワハハハと大きな口を開けて笑った。
「酔っぱらいが」
「酔いどれが」
実央と梵天がほぼ同時に口にして、お互い顔を見合わせる。
椿は困惑の混じる笑顔で実央の横顔をそっと見る。
「おごるよ」
「え?」
「傘、返してくれたお礼にホットドリンク」
「え、え? でも、お疲れでは……それに」
傘を借りたのは私で、お礼をするのなら私の方じゃないだろうか?
「好きなの選んで」
実央が先に店へ入っていく。
「あ、あのー」
梵天が椿の足元を掃いて店の中へ追いやった。
「いらっしゃいませー(早く行きなって)」
「何がいい?」
椿はカウンターにあるメニューを見てホットチョコレートを選んだ。
「岩梵さん、ホットチョコレートふたつお願いします」
実央がレジに戻ってきた梵天へオーダーする。
「はい、お待ちくださーい」
「狭くてむさ苦しいところだけど……」
事務所に案内された椿の目に、大きなモニターが飛び込んできた。それもモニターの中で梵天がニコニコと手を振っている画面だ。
梵天ってば、なにしてるの?!
椿は慌ててモニターにかけよりその画面を隠すように立った。
梵天と知り合いだということはまだ知られたくない。
「店長!? 家に帰ったんじゃないんですか?」
家に帰ったはずの店長がソファで横になりイビキをかいて寝ていた。
実央は呆れたように店長の寝顔を見ているから、梵天の手振りには気づいていないようだ。
「ああ、そこに座って」
椿はほっとしてモニターの前の回転椅子に座った。
「す、すみません。なんか突然押し掛けて、こんな早い時間に……」
「別に帰るだけだから」
実央は椿の前の机にホットチョコレートのカップを置く。
そして店長が寝ているソファのひじ掛けに軽く尻を乗せた。
「夜勤、大変ですよね……」
「慣れちゃえば、どうってことは……」
「……」
「……」
二人の間を気まずい空気が流れていく。
「グググっ、がぁー」
店長の大きなイビキとその後のピヒャーという鼻息に、実央は苦笑し椿は笑った。
「寝てても賑やかな人っているんですね」
「ほんと、うるさい」
そう言って目を細めて笑う実央に、椿は懐かしさと親しみを感じた。
「あの、私のこと覚えてませんか?」
ホットチョコレートの甘い香りが事務所内にフワフワ漂う。
「前に電車の中で……いやそうじゃなくて、あなたは違う電車に乗っていて、多分目が合ったんです」
「……」
実央は何も言わず、ホットチョコレートを一口飲んだ。
「その時、見ませんでしたか? 黒い生き物を」
ゴクリ、実央の喉が上下した。
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