上 下
19 / 51
再会と初雪

密偵

しおりを挟む

「そうなんだよな、ゲームって疲れるしキリがないんだよ」

 岩梵はそう言って渋い顔で頷いている。

「終われないんですよね、なかなか」

 実央は岩梵の脇を通り、やっとレジから抜け出し外に出た。
 まだ暗い空を見上げ胸を開き息を吸い込む。
 すると朝の冷たい空気が肺を満たし頭が冴えていくのを感じた。



 早朝に目覚めた椿は、すぐ携帯を手に取った。
 梵天からメールが来ている。

 ボンボン『鈴木くんは黒!』

 やっぱりそうなんだ、やっぱり、私と同じものが見えるんだ!
 ていうか、黒って、なにその表現……

 椿は嬉しさのあまり声を出して笑った。

 ボンボン『シフトは月、木以外10時から朝5時まで。家は近所で兄弟はなし』

 ボンボン『特記事項、付き合っている人はいない』

 そこまで聞いてないよ……。

 椿はクスクスにやけ、布団の中にもぐり返信を打った。

 椿『ボンボンありがとう!』

 夜の10時なら塾の帰りに少しだけ会いに行けるかも。
 母が迎えに来る時間を少しだけずらせたら……そんなことに頭を巡らせているうち、すぐに会いたいという気持ちの方がだんだん強くなる。

 時間は朝の4時を少し過ぎていた。

 急げば間に合うかも?
 今から行こうか?

 そう思ったら、いてもたってもいられず布団を蹴り上げていた。
 急いで制服に着替え身支度をする。

 母宛に『学校で自習をするので早く行きます』
 とメモを残した。

 玄関のドアをそっと閉め近くの公園まで走る。
 まだ電車の始発には早く、公園にあるレンタル自転車をかりた。

 冷たい風が椿の顔を冷やしていくが、寒さも冷たさも何も感じない。

 とにかくペダルを踏む足を止めたくなかった。
 赤信号もまどろっこしく気持ちだけが先に道路を渡っていく。

「はやく……よし!」

 青信号に変わると同時にペダルを踏みコンビニへ着いたのは5時少し前。

 外から店の中を覗くと、実央がレジの中にいて、梵天は新聞を並べているところだった。

 分厚いレンズの丸眼鏡越しにピタリと目が合う。
 梵天は驚いたのか抱えていた新聞をバサバサと落とす。

 (なんでいるの?!)

 という顔で椿を見ている。

 落ちた新聞を拾い上げ、ちらりと実央の方へ顔を向けた。

 実央は気付かず雑誌の返品数を数えている。

 梵天は眼鏡を外し、丸い目を大きく見開き椿を見た。そして口をパクパクさせ話かける。

 (どうしたの?!)

 (来ちゃった!!)

 椿が口パクで答えると、梵天は呆れたように首を左右に振った。

 梵天が手で頭を下げろ、という合図を送ってきたので、椿はその通り頭を下げた。

 ちょうど雑誌コーナーの後ろに隠れ店内からは見えなくなる。

「鈴木くん、お疲れ様でした。もう時間ですよ」

 梵天は眼鏡をかけ店内の時計を見ると実央へ声をかけた。

「あ、はい」

 実央は腕の時計に目をやってレジから出る。

「お疲れ様でしたお先に」

「お疲れ様でしたー」

 梵天はにこやかに実央を見送った。

「なんで来たの?!」

 梵天が急いで外へ出てきた。

「だって、なんか待てなくて……ねぇ、ちょっとなに?そのヒゲなんなの?」

「ふふん、これか? これはね、わざとだ」

「やつ、このヒゲを見て目を丸くしていたしな、俺がコピー機に仕込んでおいたヒシャゲにも気付いてた。俺があれを食べる真似をしたら腰を抜かしそうになっていたぞ」

 梵天は可笑しそうに笑いながら早口で報告した。

「ヒシャゲってあの気持ちの悪いカニみたいなやつだっけ?」

「そう、薄くて平べったい椎茸みたいなやつだ」

「そんな、驚かせてなんて頼んでないよ」

 椿は眉間に皺を寄せ梵天を睨んだ。

「ま、そういうことだから頑張れ」

「よ、余計なっ」

 梵天は意味深な笑みを残し、跳ねるように店へ戻って行った。

 椿が事務所の扉をじっと見張っていると、間もなく扉が開きそこから実央が出てくる。

 椿は自動扉の横で待ち構え、実央が外へ出てきたタイミングで声をかけた。

「あ、の」

 実央は突然現れた椿に驚き足が止まる。

「え、え?」

「あ、あの前に、か、傘を借りて……そのそれを返しに!!」

 椿は両手でビニール傘を付き出した。

「あ、ええと、それは返さなくていいって……」

「いえ、それじゃ、なんか悪いかなって思って」

「こんなに早くに? 部活? にしても早いでしょう」

「早く、返したかったから」

「あれ、それ、私の傘じゃない?」

 椿が差し出した傘を店長が受け取った。

「ほら、ここにテープ貼ってある」

「店長、朝帰りですか?」

 実央は店長から漂う酒の匂いに嫌な顔をする。

「おはようお疲れ様でした、ありがとう!」

「これ、俺のですから」

 実央はそう言って店長から傘を奪い取った。

「え、でもさ、ほら持ち手にテープ巻いてあるじゃない、これ私が巻いたの、私のだよって印なわけ」

「これは、俺が巻いたんです」

「あー、そうなの……似てるけど」

「酔っぱらいの目は信用出来ませんて」

「ん、こんなに早く登校か、部活?大変だねぇ、鈴木くん危ないから学校まで送ってあげなさーい。今も最近この辺治安悪くなってるよね、って、パトロールでもしようかって、話が出てたんだぁよぉ~」

「あの、大丈夫です」

「しっ!! 子供は黙ってなさい!子供は大人の言うことを黙って聞けばいいんですぅ!!」


☆☆☆

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...