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再会と初雪
丑三
しおりを挟む「なんなんだ、あいつ」
彼は絶対に人ではない。
どこからどう見ても人なのだが実央にはわかる。
ふと岩梵がこちらを見た。
モニター越しに実央と目が合う、それが分かっていてわざと見ている、そんな動作だ。
背筋がゾクッと寒くなる。
実央はモニターから離れソファへ座る。
黙って気付かないフリでいこう、そうしよう。
心のなかでひとり頷く。
そんなに怖い感じはしなかった。
変に意識すると不審に思われてあいつの態度が変わるかもしれない。
そうなれば何をされるか予想もつかない。
コンコンコン
乾いた軽い音がする、なんの音だっただろう。
頭の中でその音がぐるぐるまわる。
「すずきさーん」
ふいに名前を呼ばれて飛び起きた。
実央は目の前に立つ岩梵をしばらく見つめる。
「あー、お休みのところすみません。ちょっといいですか? コピー機が」
寝ていたのか……実央がソファから身を起こすと、白いダウンジャケットが床に落ちた。
それには見覚えがあった、岩梵が着ていた上着である。岩梵はそれを拾い上げるとさっさっと自分のロッカーにしまった。
「それ……」
「なんかうなされてましてね。それで寒いからかな、と思って」
それはきっとおまえのせいだから、という突っ込みと、自分が無防備に寝ていたことに対する恐れと、ジャケットかけてくれたのか、案外優しいやつなのかも?という思考がいっぺんにやってきて頭がゴチャゴチャっとなる。
スマホを見ると午前2時半を過ぎたところだった。
「すごい寝ちゃってたみたいで、すみません」
「いいんです、どうせヒマですから」
「コピー機が?」
「ああ、そうなんです。紙詰まりみたいなんですけど、よくわからなくて」
岩梵はそこまで言うとペコっと頭を下げた。
「はい、わかりました応対します」
実央が店内へ戻ると、上下スウェット姿の男がコピー機の前でスマホをいじりながら待っていた。
「すみません、お待たせしました」
実央はコピー機の画面を確かめてから、該当する場所のカバーを開けた。
白いコピー用紙が蛇腹状になって詰まっているのが見える。
紙を引っ張り出そうと伸ばした実央はその指先をそれの寸前で止めた。
蛇腹になった紙と機械の間で黒い何かが動いている。
平たく丸い碁石状の体の真ん中からマッチ棒のような赤い目玉が二つ突き出していて、その目玉以外に手足のようなものはない。
それは様子を伺うようにじっとうごかず実央を見ていた。
実央は内心ぎょっとしたが、後ろには岩梵と客がいて一緒に作業の行方を見守っている。
この変なものが見えている、それを岩梵に気付かれてはいけない。
実央は一呼吸置いてから、思いきって紙を引っ張った。
するとその変なやつまで紙にくっついて飛び出してきたので、実央は声にならない悲鳴とともに紙を放り投げてしまった。
パサッと落ちた紙から、変なやつが離れトコトコと歩いていく。
マッチ棒のような目玉を前後左右に動かしながら、コピー機の下へ隠れるつもりなのかそこを目指して滑るように移動していく。
コピー機の下へ逃げ込む手前で岩梵がそれを踏みつけた。
そしてスニーカーの下で潰れているそれをつまみ上げると、ニヤリと笑いおもむろに自分の口の中へ放り込みうまそうに飲み込んだ。
客はスマホを見ていて何も気付いていない。
実央はその一部始終を見ていたが、何事もなかったかのようにカバーの蓋を閉じ蛇腹になった紙を拾った。
「これで大丈夫だと思います」
「あ、どうも」
男はコピー機の操作画面をタッチしてコピーを続けた。
この人には何も見えていない。
あれが見えていたのは自分とそして岩梵。
しかも、彼はあれを口の中に入れた、つまり食べた、食した!
その衝撃と恐怖が実央の背筋を凍らせた。
あいつは人も食べるだろうか?
まさか食べないよな?
岩梵は何食わぬ顔でレジに立っている。
実央はレジへは戻らず適当な棚の商品を陳列し直したり、弁当の消費期限を見たりする。
彼の側には極力近寄りたくない。
自動扉が開き、コピーをしていた客が出ていった。
「ありがとうございました」
店内にはいよいよ実央と岩梵だけになる。
「も、もう3時になりますね……すみませんすっかり寝ちゃったみたいで」
沈黙に堪えきれず実央が口を開いた。
おにぎりのラベルに集中し、なるべく岩梵の顔を見ないように言う。
「いいえ、店長から聞いてますから」
「どうぞ、休憩入って下さい」
「どうも」
岩梵はレジから出てくると実央の背後に立った。
実央はその気配に身が縮む。
トントンと肩を叩かれ、思わず声が出そうになるのを必死に堪えた。
「それ、僕がもう見ました」
「あ、ああ、そうですか」
「はい」
「ありがとうございます」
「じゃあ、30分入ります」
「どうぞ、ごゆっくり……」
岩梵が事務所に入るなり、実央は棚をつかんだまましゃがみこんでしまう。
バイトが終わる5時までまだあと3時間ある。
「長すぎる……」
実央はひとり呻いた。
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