🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

文字の大きさ
上 下
14 / 51
再会と初雪

丑三

しおりを挟む

「なんなんだ、あいつ」

 彼は絶対に人ではない。
 どこからどう見ても人なのだが実央にはわかる。

 ふと岩梵がこちらを見た。

 モニター越しに実央と目が合う、それが分かっていてわざと見ている、そんな動作だ。

 背筋がゾクッと寒くなる。

 実央はモニターから離れソファへ座る。
 黙って気付かないフリでいこう、そうしよう。
 心のなかでひとり頷く。

 そんなに怖い感じはしなかった。
 変に意識すると不審に思われてあいつの態度が変わるかもしれない。
 そうなれば何をされるか予想もつかない。


 コンコンコン

 乾いた軽い音がする、なんの音だっただろう。
 頭の中でその音がぐるぐるまわる。

「すずきさーん」

 ふいに名前を呼ばれて飛び起きた。

 実央は目の前に立つ岩梵をしばらく見つめる。

「あー、お休みのところすみません。ちょっといいですか? コピー機が」

 寝ていたのか……実央がソファから身を起こすと、白いダウンジャケットが床に落ちた。
 それには見覚えがあった、岩梵が着ていた上着である。岩梵はそれを拾い上げるとさっさっと自分のロッカーにしまった。

「それ……」

「なんかうなされてましてね。それで寒いからかな、と思って」

 それはきっとおまえのせいだから、という突っ込みと、自分が無防備に寝ていたことに対する恐れと、ジャケットかけてくれたのか、案外優しいやつなのかも?という思考がいっぺんにやってきて頭がゴチャゴチャっとなる。

 スマホを見ると午前2時半を過ぎたところだった。

「すごい寝ちゃってたみたいで、すみません」

「いいんです、どうせヒマですから」

「コピー機が?」

「ああ、そうなんです。紙詰まりみたいなんですけど、よくわからなくて」

 岩梵はそこまで言うとペコっと頭を下げた。

「はい、わかりました応対します」

 実央が店内へ戻ると、上下スウェット姿の男がコピー機の前でスマホをいじりながら待っていた。

「すみません、お待たせしました」

 実央はコピー機の画面を確かめてから、該当する場所のカバーを開けた。
 白いコピー用紙が蛇腹状になって詰まっているのが見える。
 紙を引っ張り出そうと伸ばした実央はその指先をそれの寸前で止めた。
 蛇腹になった紙と機械の間で黒い何かが動いている。

 平たく丸い碁石状の体の真ん中からマッチ棒のような赤い目玉が二つ突き出していて、その目玉以外に手足のようなものはない。

 それは様子を伺うようにじっとうごかず実央を見ていた。

 実央は内心ぎょっとしたが、後ろには岩梵と客がいて一緒に作業の行方を見守っている。

 この変なものが見えている、それを岩梵に気付かれてはいけない。

 実央は一呼吸置いてから、思いきって紙を引っ張った。
 するとその変なやつまで紙にくっついて飛び出してきたので、実央は声にならない悲鳴とともに紙を放り投げてしまった。

 パサッと落ちた紙から、変なやつが離れトコトコと歩いていく。

 マッチ棒のような目玉を前後左右に動かしながら、コピー機の下へ隠れるつもりなのかそこを目指して滑るように移動していく。

 コピー機の下へ逃げ込む手前で岩梵がそれを踏みつけた。

 そしてスニーカーの下で潰れているそれをつまみ上げると、ニヤリと笑いおもむろに自分の口の中へ放り込みうまそうに飲み込んだ。

 客はスマホを見ていて何も気付いていない。

 実央はその一部始終を見ていたが、何事もなかったかのようにカバーの蓋を閉じ蛇腹になった紙を拾った。

「これで大丈夫だと思います」

「あ、どうも」

 男はコピー機の操作画面をタッチしてコピーを続けた。

 この人には何も見えていない。

 あれが見えていたのは自分とそして岩梵。
 しかも、彼はあれを口の中に入れた、つまり食べた、食した!

 その衝撃と恐怖が実央の背筋を凍らせた。

 あいつは人も食べるだろうか?
 まさか食べないよな?

 岩梵は何食わぬ顔でレジに立っている。

 実央はレジへは戻らず適当な棚の商品を陳列し直したり、弁当の消費期限を見たりする。

 彼の側には極力近寄りたくない。

 自動扉が開き、コピーをしていた客が出ていった。

「ありがとうございました」

 店内にはいよいよ実央と岩梵だけになる。

「も、もう3時になりますね……すみませんすっかり寝ちゃったみたいで」

 沈黙に堪えきれず実央が口を開いた。

 おにぎりのラベルに集中し、なるべく岩梵の顔を見ないように言う。

「いいえ、店長から聞いてますから」

「どうぞ、休憩入って下さい」

「どうも」

 岩梵はレジから出てくると実央の背後に立った。
 実央はその気配に身が縮む。

 トントンと肩を叩かれ、思わず声が出そうになるのを必死に堪えた。

「それ、僕がもう見ました」

「あ、ああ、そうですか」

「はい」

「ありがとうございます」

「じゃあ、30分入ります」

「どうぞ、ごゆっくり……」

 岩梵が事務所に入るなり、実央は棚をつかんだまましゃがみこんでしまう。

 バイトが終わる5時までまだあと3時間ある。

「長すぎる……」

 実央はひとり呻いた。


☆☆☆

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あやかし猫の花嫁様

湊祥@書籍13冊発売中
キャラ文芸
アクセサリー作りが趣味の女子大生の茜(あかね)は、二十歳の誕生日にいきなり見知らぬ神秘的なイケメンに求婚される。 常盤(ときわ)と名乗る彼は、実は化け猫の総大将で、過去に婚約した茜が大人になったので迎えに来たのだという。 ――え⁉ 婚約って全く身に覚えがないんだけど! 無理! 全力で拒否する茜だったが、全く耳を貸さずに茜を愛でようとする常盤。 そして総大将の元へと頼りに来る化け猫たちの心の問題に、次々と巻き込まれていくことに。 あやかし×アクセサリー×猫 笑いあり涙あり恋愛ありの、ほっこりモフモフストーリー 第3回キャラ文芸大賞にエントリー中です!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

大神様のお気に入り

茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】  雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...