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再会と初雪

夜勤

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 着替えを終え身支度を整えた店長が、セカンドバッグを片手に店内へ戻ってきた。

 そして、コーヒーマシーンの清掃をしている実央のすぐ後ろに立った。

「ねえ、鈴木くん」

「うわっ?! びっくりした!!」

 振り返り真後ろに立つ店長とその距離の近かさに驚き目を見開く。

「あのさ、僕のビニール傘知らない? 事務所の傘立てにおいといたやつ」

 実央は苦笑しつつ店長から少しずつ離れた。

「さぁ? 店長、また忘れちゃったんじゃないですか? どこかに」

 実央はにこりと笑い首を傾けた。

「そっか、そうだっけかぁ? まだ、降ってるよね? 雨は」

 店長は自動扉の外へ出て手を水平に振る。

「もうすぐやみますよ、ていうか五軒先の店じゃないですか、近いんだから傘なんかいらなくないですか?」

「まぁ、そうだけど……じゃあ僕行きます、あと頼みますわ」

「はい、お疲れ様でした」

 実央はペコッと頭を下げ、店長の丸い背中を見送り仕事に戻る。

 深夜0時1分前に岩梵はやって来た。

 自動扉が開き入店を知らせるチャイムが鳴った。

 とくにするこもなく床の掃除をしていた実央が、モップを片手に顔をあげる。

 モコモコの白いダウンジャケットに黒いファーで縁取られたフードをかぶっている、なので顔の半分以上が見えない。歩きスマホで入店し指先は液晶の上を滑っている。

「いらっしゃいませ」

 岩梵はゲームをしたまま黙って実央の前を通過し事務所に入っていった。

 あれが店長の言っていた岩梵さんか。

 確かに、小柄な外見から年齢よりずっと若く見られるのがわかる。

 変わり者には違いないな。

 深夜のコンビニで仕事をする人間は、昼夜逆転している生活を余儀なくされる。
 昼間に活動が多い環境下にいる者には不向きで、あえて選ぶなら、そういう人種は大抵、何らかの事情があったりするだろう。
 または、時給がよく人とのかかわりもそんなに必要じゃない、そんな理由で好んで選択している場合もあって。

 まぁ……漏れなく自分も含まれるわけだが。

 多少構えるが、仲良くする必要もないのでさほど気にしない。

「おはようございます」

 着替えてレジに入ってきた岩梵が、実央を見上げてニコリと笑った。

 小さな顔に丸い黒縁の眼鏡をかけている。
 眼鏡のフレームにかかるほどの前髪は直線的に揃っていて、その長さに合わせて後の髪も揃えてあるので、まるでお椀をかぶせたような、きのこのようなフォルムだ。

 岩梵はそこへふわっとキャップをのせた。

「どうもはじめまして、鈴木で……す」

 挨拶の途中で実央は彼の顔を見てギョっとする。

 彼の頬から白く長いヒゲがツンツンと猫のように生えて顔の輪郭から飛び出している。

「がんぼんです、モップ」

 ヒゲ、ヒゲが生えている。
 実央はそのピンと突き出しているヒゲから目が離せない。

「僕がやりましょうか?」

「あ、あ、いや、ええと……もうやりました」

 絶対に人じゃない!!

「そうですか」

 人に化けているのか?!

 それとも人容なのか? どちらにしても実央が初めて出会う、異形の者だった。

「あ、あの」

 うわずった声が出て実央は内心焦った。

「はい」

 岩梵が眼鏡の奥の小さな眼を細めて笑う。

 笑った、笑ってるぞ。
 不気味だ。
 まさか、バレてるとはバレていないよな?!
 もし、バレてると知られたらどうなる?

 まさか、喰われるのか?!

「俺、休憩行っていいですか? 1時間くらい」

「どうぞ」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですけど?」

「あ、あはは。そうですよね、大丈夫ですよねぇ、ハハ」

「はい」

「な、なにかあったら、事務所にいるんで呼んで下さい」

「はい」

 実央は曖昧な笑みを浮かべながらレジを出ると急いで歩く。
 事務所の扉へ手をかけややほっとしたところで声がかかる。

「ねえ、」

「へっ!?」

 振り返ると、岩梵がいつのまにか背後どころか背中に付くくらいの距離にいた。
 実央は店長の時よりもずっと驚き、ドアノブをつかんだまま肩から扉へぶつかる。

 気配がまったくしなかった。
 足音もなく息遣いさえ聞こえない。

「な、な、なん、です、か?」

「これ、すずきくんの?」

 岩梵が三色ボールペンを差し出した。

「う、うん、おきっぱなしだった、ですか。あ、ありがとうございます」

 ボールペンを受け取り胸ポケットにさす……、さそうとするが動揺してなかなか出来ない。

「すずきくん」

「は、はい」

「よくモノなくすでしょう」

 ニコニコ……眼鏡の奥の目がなくなる。

「あ、ハハハ。かも、しれないです……ね」

「ごゆっくりー」

 ニコニコ……パチ!!
 と岩梵の目が丸く開き突然真顔になった。

 ゾワッ、と実央の全身に鳥肌がたつ。

 実央の手からぼろりとボールペンが落ちた。
 それを岩梵が素早く受け止める、それはペンが床へ落ちる前であり、なかなかの反射神経だ。

「はい、どうぞ」

「あ、ど、どうも!!」

 実央はドアノブをガチャガチャと回し扉を押したり引いたりする。

 岩梵はその様子をじっと眺めている。

「あ、あれ、押すんだった、ハハハ」

 やっと開いたその安全地帯へ身を入れると、素早く扉を閉じ、そしてすぐ監視カメラのモニターの前に座った。

 岩梵はレジの中で真っ直ぐ姿勢良く立っている。

「なんなんだ、あいつは」


 ☆☆☆

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