🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

文字の大きさ
上 下
9 / 51
再会と初雪

初雪

しおりを挟む

「誰か待ってるの?」

 いきなり背後から声をかけられた。

「?」

 振り返ると男が立っていた。

「さっきからずっといるけど」

 会ったことのない見知らぬ男だった。

 黒っぽいスーツを着て髪はワックスで固まっている。

「雨、大丈夫? 送って行こうか?」

 男は側の車に目をやる。
 大きな黒いワンボックスカーが停まっていた。

 何故、見ず知らずの自分に声をかけるのだろうか。

 タバコの匂いと男のまとう空気に嫌なものを感じる。

「いえ、大丈夫です」

 椿がそう答えたことで何を思ったか男はニヤリと笑い椿との距離を詰めてきた。

「ほんと? 近頃物騒だよ? いいよいいよ、どこら辺なの家は。そのコート、制服は白百合女学園だよね。僕の姪っ子も通ってる!君何年生? 知らないかな、一年生で山本っていう子……」

「知りませんし、大丈夫ですから」

 まったく途切れそうもない男の言葉を椿は遮った。

「お腹空いてない? 焼き肉とか、お寿司とかどう? 姪っ子も呼ぶからさ、何か食べたいものある? それともカラオケとか?」

「ほんとに、いいです」

 椿が右へ行くと男もそちらへ、左へ行けばやっぱり同じように動いた。

「綺麗な髪の毛だね」

 唐突に男が椿の長い黒髪に手を触れた。

「!」

 椿は突然のことに驚いて固まる。
 それから背後へ逃げる。
 しかし背後は壁で、男との距離はあまり開けない。

「いいじゃん、美味しいもの食べに行こうよ、お小遣い欲しくない?」

 背中を壁面に当てたまま胸に抱えたバッグをぎゅっと抱く。

「ごめんごめん、あんまり綺麗だから、つい触りたくなっちゃって」

 男が椿との距離をさらに詰めてくる。

「もう、しないから」

 男は両手をズボンのポケットに突っ込み椿の顔を覗きこんだ。

「ほら、ね?」

 椿は頭を振って拒絶するのが精一杯だった。とにかく二度と触られたくはなかったが、逃げられず声も出せず、どうしたらいいのかわからない。

 この気持ち悪い男はどうしたら諦めてどこかへ行ってくれるのだろう。

「おい、変態」

「はぁ?!」

 男と椿が同時に声の方へ顔を向けた。

 実央がビニール傘を片手に持って立っていた。

「なんだよお前」

「見ての通り、店の者ですけど」

「は? 客を馬鹿にしてんのか?」

 男が実央に詰め寄ると、彼は持っていたビニール傘の先端を男へ向けた。

「おっさん、彼女に何しました?」

「は? なんもしてねぇよ、ちょっと話してただけだろうがっ、どかせこらっ」

 男が傘を掴もうと手を伸ばすと、実央は半身を素早くずらし傘を引っ込めた。

 男は傘を捕まえ損ね、自分の勢いでよろめいてしまう。

「あんだコラっ、やんのかっ?!」

 男は体勢を建て直し実央に近づくが、長身の彼とは15cm以上の差があり見下ろさせれ直ちに怯む。

 早々に勝ち目がないと踏んだのか、初めから虚勢だけだったか、振り上げた拳を徐々に下ろす。

「警察呼びますよ、俺のこと殴るつもりなら」

 実央が店舗の上部に設置してあるカメラを傘の先で指して見せた。

「車のナンバーも映ってると思うな」

「だ、だから、なんもしてねぇよ、ったくふざけやがって」

 男はブツブツと捨て台詞を吐きながら車に乗り込んだ。

 黒いワンボックスカーは急発進し、車体を揺らしながら車道へ出ると、瞬く間に走り去っていった。

「大丈夫?」

 椿は緊張した顔で実央の顔を見上げた。

「……はい」

「これ、持っていって」

 実央はビニール傘を椿に差し出した。

「え?」

「ここにいてもやまないと思うから」

 実央は空を仰いだ。

 店の外灯に照らされた雨が白金のような輝きで振り落ちてくる。

 椿は雨の中に立つ実央の白い横顔を見つめた。

 綺麗な二重の蒼みがかった褐色球と椿の黒く艶めく瞳が出会った。

 椿は慌てて目を伏せるが、高鳴る心音はますます大きくなる。

「ゆき」

 実央がぽつりと呟いた。

 アスファルトの上に綿のような白い雪が落ちてとける。

 灰銀色の雪が、ふわふわと風に舞って落ちてくる空を二人は一緒に見上げた。

 雪の中で小さなチョウがたくさん舞っている。彼らが羽ばたくと宝石が煌めくようでとても綺麗。


「初雪だっけ?」

「は、はい。たぶん」

 この雪舞蝶スノーバタフライ、やっぱりこの人には見えていないのかな……?



 都心に雪が降るのはめずらしい。

 それも12月の初旬に。

「あ、あのそれ借りていいですか?」

 椿が実央の持っている傘を指差す。

「か、傘をいったんお借りします。必ず返しにくるので」

「いらない」

「え?」

「返さなくていいから、どうせ何本もあるし」

 椿へ傘を渡すと実央は寒そうに肩を竦めて自動扉の前に立った。
 自動扉が開き、店の中の賑やかな音楽が流れ出る。

「あ、待って!」

 椿が呼び止めると、店の中へ一歩入った実央が振りかえって椿を見た。

「……」

 声をかけたものの、次の言葉が続けられず黙ってしまう。

「気を付けて帰りな」

 繋ごうと探していた椿の次の言葉は、実央によってあっさりと絶たれてしまった。


☆☆☆
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

大神様のお気に入り

茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】  雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...