🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

文字の大きさ
上 下
1 / 51
プロローグ~鈴の家で

嵐の夜に始まった運命

しおりを挟む

椿つばきは小さな手を窓枠にひっかけ背伸びをして外を見ている。

「つーちゃん怖いからカーテンを閉めてよ」

実央みひろが二段ベッドの下段から、パジャマ姿の椿に声をかけた。
しかし頭から布団を被り、元々声量のない実央の声は椿の耳まで届いていない。

硝子を叩く雨音が激しくなっている。

一瞬、白い閃光が四畳間を照らした。

が、またすぐ狭い部屋は闇にのまれる。

「うわぁ!!」

椿が窓の前で手を叩きながら飛び跳ねた。

「ねぇ!見た?!」

椿は寝ている実央の側まで駆け寄ると、彼のからだを揺すった。

「見てない!!」

実央が布団の中から答える。

「凄くっ!とっても綺麗だった!!」

椿の言葉尻にけたたましい轟音が重なった。『鈴の家』がギシギシと不穏な音をたて揺れた。

飛行機でも墜ちてきたのか、椿は再び窓まで戻りそこへピタリと張り付く。

「うわぁー!!」

布団が丸く盛り上がった。

「びっくりした、ヒロ君てば、そんなに大きな声が出せるんだ」

椿は実央の元へ戻りベッドの下段を覗きこむと丸くなった布団の端をめくった。

「ほら、お庭のすべり台のところ、そこに光が飛んできて、シュッて刺さったんだよ!」

両手で耳を塞ぎマットレスに顔を埋めている実央へ向かい、椿が捲し立てる。

「尖ったギザギザが地面へグサッと刺さってすぐに消えたの、そしたら青い煙がしゅうって、ねぇ、聞いてる?ヒロ君も一緒に見ようよ、すっごくおもしろいから!」

なんの予告もなく、四畳間がまた昼のように明るくなった。

「やめて!!」

実央が布団をひっぱり丸い団子になる。

ドーン、バリバリバリ

『鈴の家』が大きく揺れた。

築半世紀を越えた建物は限りなく頼りない。今にも崩壊寸前だ。

「もう、臆病なんだから」

椿は実央から離れ窓へ走った。

鼻歌混じりで硝子に当たる雨水の筋を指でなぞる。

空の点滅がいっそう速まり、チカチカと椿の顔を照らす。

頭上あたりで爆音が響き渡った。

「たん、たん、たん、たん、たん」

今度は暗天の空から落ちてくる稲妻を指で追い、リズムを奏でる。

椿の声に少し遅れて雷鳴が轟く。

「え?」

椿は硝子の向こう側へ目を凝らした。

すべり台の上に人が立っている。

こんな天気にあの人は何をしているんだろう?

黒いカッパのようなものを羽織った人影が滑り台の上で屈んだ。

「ねぇ、ヒロ君あそこに誰か」

人影が立ち上がり天を仰いだ。

バシャン。

「わっ」

突然、窓硝子に赤い雨粒が殴り降った。

椿は驚いて窓からやや遠ざかる。

それは雨と混ざり、鮮やかな朱色に変化し、筋状に流れ落ちていった。

次に地鳴りと共に突風が走り抜け、『鈴の家』の門に立っていたくぬぎの大木が根本から折れた。

椿はゆっくり倒れていく、くぬぎの木を眺め、それから再びすべり台の上を見た。

しかしそこに、さっきの人影はもう見えない。

ドンドンドンドンドン……


雨音とは明らかに違う、まるで屋根を叩き壊しているような、そんな異音が部屋の中で響いていた。

何かが走っている。

椿はそう思った。

それも一人や二人ではなく、大勢だ。

「つーちゃん、なんの音なの?!」

丸い布団の下から実央が叫んだ。

「わかんない……」

椿は天井を見上げる。

天井の照明が大きく左右に揺れている。

「電気つけて!!」

実央に言われ、照明のスイッチを入れようとドアの側まで走った。

その時、椿が今いたその場所の窓と壁と天井がぶち壊れた。

そこへ大量の瓦礫と共に黒い塊が落ちてきた。

屋根材や梁が音を立てて次々と崩れてくる。

椿はその崩壊に巻き込まれ瓦礫に埋もれた。

頬に冷たい雨が落ちてくる。

どうして外にいるんだろう。

椿は朦朧とする意識の中で思った。

からだの感覚はなく、自分自身の重ささえ感じられない、が、気分は悪くない。

フワフワとして、夢の中にいるようだ。

夢なのかな、椿は目を閉じた。

今度はどうしようもなく眠い。


「これはまたむごい」

遠くで声が聞こえた。

低く地を這うような太い声だ。

「捨てておきましょう。施せばかえって厄介な事態になります」

今度は少年のような高い声だった。

どちらも聞いたことのない声だな、と椿はぼんやり思っていた。

その声は『鈴の家』の誰の声でもなかった。

「そちらはもう手遅れでしょう」

少年の声が冷たく平淡に言うのを聞いた。

どういう意味なのか、まだ6歳の椿には理解出来ない。

椿の頬にすっと冷たいものが触れた。

目を開けると、その視線を遮るように白い手の平があった。

虎玉こそんを?」

少年の声は驚いているようだった。

「暫く」

掠れた太い声がぽそりと答えた。

「人のいっときなど……」

椿は眩しい光の中をふわりと飛んだ。

魂だけが抜け出して浮いているみたい、とっても軽い。

このまま空を飛び越えて、宇宙まで飛んで行けそう、そんな気分だった。

そうだ、月まで行ってみようか。

そう考えて月を探した。
けれど月はない。
見渡す限り白く眩しい空間が広がっているだけだ。

椿は何もない真っ白な世界を漂っている。夢とはこんなものだ、椿は妙に納得して白々と眩しい世界へ手足を投げた。

よく見れば、光の中に粒が舞っていた。

粒は時々お互いにぶつかり、さらに細かい光の粒になる。

その光の粒がとても美しく、椿はそれを掴もうと手を伸ばした。

「駄目ですよ、触っては!!もう、だめなのに……」

少年の声が遠くで聞こえた。

「もう、行きましょう」

一瞬、自分に言われたのか、と思った。

「すまない」

最後に太く掠れた声が聞こえたが、椿は目の前の光の粒を掴まえるのに忙しく、あまり深くは気にとめなかった。


☆☆☆



※続きが気になったら是非、お気に入り登録をお願い致します(ФωФ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

大神様のお気に入り

茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】  雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚

鬼と契りて 桃華は桜鬼に囚われる

しろ卯
キャラ文芸
幕府を倒した新政府のもとで鬼の討伐を任される家に生まれた桃矢は、お家断絶を避けるため男として育てられた。しかししばらくして弟が生まれ、桃矢は家から必要とされないばかりか、むしろ、邪魔な存在となってしまう。今更、女にも戻れず、父母に疎まれていることを知りながら必死に生きる桃矢の支えは、彼女の「使鬼」である咲良だけ。桃矢は咲良を少女だと思っているが、咲良は実は桃矢を密かに熱愛する男で――実父によって死地へ追いやられていく桃矢を、唯一護り助けるようになり!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...