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第3幕 巫女は秘密を抱いたままで
温もりに身を任せて
しおりを挟む「海を見たことはあるか?」
ダリアンはその声の響きをユージンの胸から聞いた。
その響きは低くゆっくりとダリアンの心に沁みていく。
「海?」
ダリアンはユージンに身を預けたまま、小さく呟いた。
「見に来ないか?」
「海を?」
「落ち着いたら」
「海……」
「ラシュトはいい街だ、気候もいいし、人もいい、活気があるからきっと元気が出る」
「ラシュト……」
「きっと気に入ると思う」
「……そうね、行ってみたい」
ダリアンは遠い異国の街並みを思い浮かべた。
爽やかな海風、どこまでも続く砂浜、青い空とそれを映す広い海。
誰も私の罪を知らない場所。
「食べ物も旨いし」
誰も私を知らない街で生きていくのは一体どんな感じだろうか?
見知らぬ土地で見知らぬ人達と言葉を交わし、季節の風を感じながらゆっくりと歩く。
自分なりのペースで自由に……
「ユージン」
ダリアンは顔をあげユージンの顔を見上げた。
彼の瞳の中に、その景色が見えるようだった。
そこに生きる賑やかで自由に生きる人々。
彼の瞳は、空と海とが混じりあったように明るく輝いていた。
ダリアンが、彼の名をちゃんと呼んだのは初めてのことだった。
「どんな気持ちだった?
国から捨てられるというのは……」
突然の問いかけに、ユージンはダリアンを無言で見つめた。
「あっ、その、ごめんなさい」
ダリアンは自分の口から出た問いかけが、さすがに辛辣すぎるものだったと気づいた。
「捨ててやった、そう思えばたいして辛くはなかった」
ユージンは、ダリアンの乱れた前髪を優しく直すと、頬にひかる涙をぬぐった。
ダリアンは自分の頬に触れたユージンの手を握り返す。
「こんなにあたたかい人なのに」
ダリアンはもう一方の手を伸ばすと、ユージンの痛々しく爛れた目の傷に指先を当て、その傷の跡を追った。
「このときそばにいて
あなたを抱き締めてあげたかった」
どんなに痛かっただろうか、辛かっただろうか、その絶望と悔しさを、どう乗り越えてきたのだろうか。
ユージンは目を細めダリアンを見つめた。
そして顔を傾け徐々に近づけていく。
ダリアンはユージンの温かな唇を受け入れ、瞳を閉じた。
作業用BGM FEARLESS ― LE SSERFIM
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