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第3章 帰らぬ善者が残したものは

27話 巻き込まれたものたち

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「ここらしいけど……」

 国王グルゥやジノリト、そして虹槍騎士団ジェイニリーア スキゥアンドの面々が話し合いをしている中、護と灯真は自分らと同じくロドを通ってやってきたという子供たちに会うため、彼らが集められた部屋にやってきた。

「何しやがんだ、テメェ!」
「力しかない馬鹿に、わからせてやっただけだろうが」
「やめてよ、兄さん!」
『落ち着け!』 

 中から聞こえるのは4人の声。そのうち3人の男の声からは幼さを感じられる。そしてもう一人、ネイティブな英語を発した男の声に護はハッとする。

「まさか!?」

 勢いよく扉を開けると、今にも殴り合いを初めそうな青年二人が背中から腕を回されて押さえ込まれている。片方は兄弟だろうか、顔がよく似ている。そしてもう一方、糸目の青年を押さえているのは顔や頭に火傷の跡が見えるスキンヘッドの黒人男性。護は彼のことを知っていた。

「サム!?」
『マ……マモル!?』

 サムと呼ばれた男性は、護の姿を目にして驚きを隠せずにいる。

 サム・スティーブンス……法執行機関キュージスト北米支部捜査員。護とは以前カナダで起こった事件の際に協力しあった仲である。

『どうしてサムがここに?』

 ロドを開いた犯人が島津であったことから、護は法執行機関キュージストに所属するサムがこの地にいることに、疑念を抱かずにはいられない。だが同時に、魔法使いたちの法が何のために存在するのかを深く理解し、後輩たちに言い聞かせていた彼が、そのようなことをするのかという疑問も生まれていた。

『仕事中に光の柱が空に伸びるのが見えてな。何かと思って駆けつけたら——』
「離せや、おっさん。このゲンコツバカに1発くれてやらんと」

 糸目の青年は激しくもがいてサムの拘束から逃れようとする。その視線の先にいるのは、もう一人の押さえられている青年だ。後ろに向かってツンツン尖った黒い髪と、獣のような鋭いつり目。護は既視感を覚える。

「君たち、そんなに喧嘩がしたいなら私が相手になってあげるよ」
「「は?」」

 二人の間に割って入ると、護はそれぞれに向かって手招きをしだす。

「事情はわからないけど、大人の注意を聞き入れない子供には、わからせてあげないといけないからね」
「そいつと一緒にするんじゃねぇ!」
「子供だよ、どっちも。力でしか解決しないのは、みんなね」

 糸目の青年は護の言葉を聞いて、徐々に力が抜けていく。何か思い出しているのか、その目は先ほどまで睨んでいた青年でも護でもない虚空を見つめている。

「何だと!?」
「兄さん、ダメだよ!」

 対して、つり目の青年は自身を押さえていた腕を強引に解き、護の前まで向かっていく。彼から立ち上る怒気は、周囲にいた子供たちを一層怯えさせた。

「弟君の方がずっと大人みたいだね」
「後悔させてやるよ……俺をガキ扱いしたことをな!」

 護の言葉によって、青年に残っていた理性の糸は切り落とされた。青年はわずかに足を開き、構えを取る。それを見て、護は既視感の正体に気付いた。法執行機関キュージストでも採用されている日之宮ひのみや流の構え。冷静さを失っていながらも、綺麗な構えを取る青年に護は感心する。どうしたものかと悩んでいるサムも、青年の構えと怒りで歪む顔を見て記憶の端にあった彼のことを思い出す。

『サム。申し訳ないんだけど、君が押さえているその子と一緒に灯真君を、私が連れてきた子を頼めるかな。人見知りなんだ』
『あっ……ああ、わかった』
「どっ、どこ連れてくんや!」
『大人しくするんだ!』
「日本語喋られへんのか!? 英語はわからんて!」

 サムに無理やり後退させられ、青年は再び抵抗を始める。しかし、灯真の隣に来たところで拘束を解かれると、ようやく自分を下がらせたかっただけなのだと理解した。

「良い動きだ。悪くない」
「おらっ!」

 護に向かって伸びる青年の拳が、蹴りが、何度も空を切る。手首や足首を的確に押され軌道をずらされていた。

「悪くはないけど、この程度では後悔しないね」
「ふざけるな!」

 青年はさらに興奮し攻撃の手を増やしていく。だが、肌どころか着ている服にも掠らない。ソファーやテーブルの影に隠れていた子供たちは、徐々に顔を出して護の様子を伺い始める。

「ふざけてなんかないさ。真剣に相手をしているよ? だから、当たってないじゃないか」

 灯真のような素人でも感じられる、大人の余裕。動き回る青年に対し、護はほぼ同じ位置のまま動いていない。それまで部屋を満たしていた恐怖は、護の存在によって徐々に緩和されていく。かっこいい大人が来たと、魅了されている子供も少なくなかった。

「すげぇ……1発も当たらん……」
『さすがだな』
「いや、だから英語はわからんて!」
「あの……」

 歩み寄ってきたのは、先ほどまで護の相手を押さえていた青年だった。似たような目をしているが、猫のような丸みがあり優しい印象を受ける。

「すみませんでした。兄さんのせいで」
「喧嘩売って来たんはゲンコツバカ兄貴の方で、弟君は何も悪くはないで」
「いえ、そういうわけには」
「それに見てみぃ。あれ」

 糸目の青年が親指を向けた先には、思い通りにならないことへの苛立ちと焦りが顔に浮かぶ兄の姿。弟はその様子に愕然とする。

「あの悔しそうな顔。あれが見れてスッキリしたわ」
「すごい……兄さんを相手にあんな……」
「なあ、あのおっさん何者なんや?」

 しばしの沈黙。しかし、青年らの視線は全て灯真に向かっている。

「おーい、君に聞いとんねんぞ?」
「え?」

 糸目の青年が自身の視界に突然現れたことで、ようやく灯真は彼が自分に声をかけたのだと気付く。

「一緒に来たんやから、あのおっさんの知り合いなんやろ?」
「うん……」
「変な奴やな」

 上手く答えられず俯く灯真に、糸目の青年は何かを察したように彼の肩に右手を置く。

「まっ、名前も知らん奴に急に質問されたら困るわな。俺は蛍司けいじ国生こくしょう 蛍司けいじや。よろしゅう。そういや、弟君らも名前も聞いとらんかったな」
日之宮ひのみや 誠一せいいちと言います。兄は心一しんいち。よろしくお願いします」
「んで、君は?」
「僕は……如月きさらぎ……灯真……です」

 ”如月”は亡くなった母の姓。灯真が咄嗟に、黒木ではなくそちらを名乗ったのは無意識だった。本人も内心驚いている。

「灯真か。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「よっ……よろしく……」
「えーっと……ナイストゥーミーチュー?」

 片言の英語が聞こえると、サムは笑顔で手を差し伸べた。

『ああ、初めまして。オレはサム・スティーブンスだ』

 改めてサムが英語圏に住う外国人なのだと感じながら、蛍司は恐る恐るその手を握り返す。

『よろしくお願いします』

 先ほどまで同じ言葉を話していたはずの誠一が、日本人らしからぬ流暢な英語を披露するのを見て蛍司の細い目がガッと大きく開く。そばにいた灯真は誠一のことよりも、蛍司の反応に驚いている。

「弟君、英語わかるんか!?」
「日常会話程度なら」
「すごいな……その頭の良さ、兄貴に少し分けてやったほうがええんちゃうか?」
「兄さんもこのくらいは喋れますよ」
「ホンマか!?」

 父親の仕事の関係で海外の人とも交流がある。誠一はそう説明した。特に疑うことなく話を聞いている蛍司と灯真に対し、サムは誠一を見ながら何か考え込む様子を見せる。

『騒ぎが起きたと聞いてきたんだが?』

 扉が開き、現れたのは鉛色の鎧に身を纏った兵士。この城の警備隊であった。左手は腰に携えた鞘を掴み、すぐにでも剣を抜けるようにしている。
 護も兵士がやって来たことに気付いているが、心一の猛攻が止まらない。すぐに終わらせることも出来たが、護は心一の相手を続けた。そうすべきだと、判断した。

「……弟君……なんて言っとるかわかるか?」
「さすがにこっちの言葉はちょっと……」
『大丈夫です……えっと、騒いでた子、あの人が相手してます』

 再び蛍司の目が大きく開かれる。その先にいるのは、兵士に対してこの世界の言葉で語りかける灯真である。
 兵士は護と心一のやりとりを見て、状況を理解したのだろう。左手が鞘から離れた。

『あの感じでは、問題なさそうだ。もし手に負えないことが起きたら、すぐに私と同じ鎧を着た大人に伝えてくれるかい?』
『わかりました』

 兵士が部屋の外へと出て行き、緊張していた灯真の口から深いため息が出る。言葉を知ってるとはいえ、アーネスたち以外と話すのは初めて。通じて良かったという安心感よりも、疲労感の方が強かった。

「君、こっちの言葉わかるんか!?」
「すごいです!」

 二人の目から感じられる好奇心。灯真は反応に困る。
 この世界に来てから、灯真はずっと二人と同じ。知らないことだらけで、驚いてばかりだった。こういった褒め方をされるのは灯真の記憶にある限りでは、母親が生きていた時以来であった。

「えっと……覚えておかないと困るって……怖い先生がいて……」

 何か言わないと。そう考えて思い浮かんだのは、厳しい指導者だったアーネスの姿。蛍司も誠一も、灯真の顔が急に老け込んだように感じる。彼女の指導のおかげでこちらの世界の言葉をここまで理解できたと感謝の気持ちはあれど、2度と経験はしたくないという感情がそこに現れていた。

(灯真君。女性はね、強いんだよ)

 一緒に指導を受けていた護は、そう言いながら何故か上機嫌だった。どうしてなのかは、灯真の中でも未だ謎のままである。
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