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第3章 帰らぬ善者が残したものは

22話 動き始める世界

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『陛下、いつまでもこのままというわけには』
『わかっている……』

 傷だらけの逞しい腕を組み、風を通すために開けられた大窓から外を眺めている男。日の光を浴びてこなかったのかと感じるほど透き通った白い肌、明るい琥珀彩の短い髪、外の眩しさに細めている大きなめと太い眉。補修した後がいくつもある年季の入った橙色のズボンに、薄汚れた白いシャツ。初対面であれば、その姿を見て誰もこの国王だとは思わないだろう。
 彼こそは、東大陸でも最大の都市を有する 《オーツフ》 の国王、グルゥ・セイズ・ハクナーディルその人であった。

『ユタルバやキフカウシからは真実の公表をとの申し出が来ております』

 国王に意見しているのは、赤色の長い髪を後ろで束ねる細身の男。この国の宰相、オーチェ・エイヴォルフォ。体つきと端正な顔立ちによって他の国の人から女性と間違えられることも多いが、国王の右腕ともいわれ特に女性から熱い支持を受けている。

『エイツオは?』
『あっちにゃ、オレの方から声をかけたよ。状況は察してくれたみてぇだ』

 王たちの後方、運ばれてきた飲み物に金属製の入れ物から液体を数滴垂らしているのは、国王と同じ鍛え抜かれた白い肌の腕の男。頭にタオルが巻かれ、首には大きなレンズのゴーグル、服装は概ね国王と同じだが破けたズボンの隙間から太い脹脛が顔を覗かせている。三人がけのソファーを大きく足を開いて占拠していた彼は、飲み物から立ち上る香りに頬を緩める。

『手間をかけさせたな、ビヌ』
『そう思ってんなら、この状況をさっさと片付けてくれ』

 そういうと男は持ち手のあるカップを大きな手で掴むと、まだ湯気が立っている中身を一気に飲み干した。
 
『ビヌイゴ殿。王と親しい仲といえど、言葉遣いに気をつけてください。他の者たちに真似されても困ります』
『うちの野郎どもがオレの真似してんのを見つけたら、エイツオの雪山まで投げ飛ばしてやるよ。んで、どうするつもりなんですかい、ハクナディール陛下?』
『ここには我々しかおらんのだ。いつも通りにしてくれ。気持ちが悪くなる』
『陛下!』
『オーチェ……この男が仕事前の茶に酒を落とすのは、妻と喧嘩した時か重要な仕事を任されたときだけだ。この男なりに、ここに集まったことの意味を察しているんだよ』
 
 ビヌイゴ・タウタフ……国王とは共に研鑽を積んできた親しい仲であり、今3人がいるオーツフの首都 《グランセイズ》 地下に存在する特殊鉱石 《ネイストレン》 鉱脈の管理を任されている。
 この世界に存在する全ての魔道具は、この国の鉱脈から削り出されたネイストレンが使用されている。それ故に、ここの管理の重要性は他国からも宰相であるオーチェよりも上位と受け止められている。
 
『けっ……シラフじゃやってられねぇってだけよ。オレのことよりも外の連中を気にするべきじゃねえのかい、宰相殿?』
『オーチェ、調査の結果は?』
『捜索隊に追わせていますが、町を襲ったという人物らには未だ接触できてはいないようです』
『……そうか』
『最初の情報からもう3ヶ月。犯人が誰かもわからず、こっちは責められっぱなしときた。これ以上門を閉じとくのは無理だろ』
『ビヌイゴ殿に言われずともわかっている! しかし、この状況で門を解放すれば抗議に紛れて敵が入ってきてもおかしくはありません』
『だがよ、ネイストレンの輸送に制限なんかかけちまったせいで、余計にひどいことになってんじゃねえのかい?』
『制限をかけたのは商人たちの出入りする人数だけだ。待っていれば全員入ることが』
『そのせいで流通に遅れが出てるだろ。ったく、せっかくの管理体制が逆に怪しまれる理由になっちまうなんてよ!』

 持っていたコップを勢いよくテーブルに置くと、オーチェはその大きな音にたじろぐ。ビヌイゴの顔は険しく、それを横目に見ていたグルゥは開いていた窓を閉め、ビヌイゴの向かいにあるソファーに腰を下ろす。

『彼の様子はどうだ?』
『ガートラムに任せてるが、鉱夫としちゃ筋がいい。教えたことをすぐに覚えやがる』
『何を考えているんですか、貴方は! その少年は、ロドを通ってきたんですよ!?』
『この間の陥落事故まで魔法が使えなかったガキに何ができるってんだ』
『ビヌは、ネイストレン鉱脈ネイストレニードル管理者ロラスティンダミットとして、その少年をどう見る?』

 グルゥの言葉で、部屋の中は一気に張り詰めた雰囲気に変わる。目の前にいるのが、友人グルゥではなくこの国の王であるとビヌイゴに思い知らせる。

『誰かが開けたロドに巻き込まれただけ。オレはそう考えている』
『何を根拠にそんな』
『黙れ、オーチェ』

 決して声を荒げてはいない。しかし、その言葉に含まれた力はオーチェを後退させ、ビヌイゴの両手に握り拳を作らせた。

『監視を解くつもりはねぇよ。この世界の住人じゃねぇってことははっきりしてる。いろいろ教えちゃいるが、鉱脈には近づけさせてねぇ。場合によっちゃ使えるかもしれねぇからな』
『ビヌイゴ殿、それはどういう――』
『ロドを通ってきた奴らが関与しているっていう宰相殿の考えは否定しねぇよ。実際、あれが開いたのはここだけじゃねぇし、色々起こったのもあれが開いた後からだしよ。だが、そいつらを捕まえてケージに見せたら何か分かるかもしれねぇ。魔道具マイトで言葉は通じても、向こうの世界の事情ってやつまでは分からねぇからな』
『なるほど……うまく味方につけておけば情報を得られるかもしれないと……』
『子供を道具のように扱うのは心苦しいが、仕方あるまい』
『開かれたロドの周辺も、別の隊が調査を続けております。彼のような者を見つけ次第、こちらへ連行するようにいたしましょう』
『うむ。くれぐれも慎重にな』
『承知致しました』

 軽く頭を下げると、オーチェは部屋を後にした。彼の足音が遠ざかっていったのを確認するや、ビヌイゴは深い溜息を吐く。

『頭がいいのは認めるが、どうもやりづれぇな』
『わかってやれ、ビヌ。オーチェも頑張っておるのだ』
『わーってんよ。アイツの考え自体は嫌いじゃねぇんだ』
『しかし……困ったものだ……』

 グルゥは立ち上がり再び窓の方へと足を進める。窓の外に見えるのは自慢の街並みと首都を囲む防壁。しかし、その向こうでは大勢の人々がこの街に入らんとして守衛と揉み合いを繰り広げていた。

『お前さんが心配してることも一理ある。だけどよ、ここいらで一遍話し合うべきなんじゃねえか?』
『……そうだな』

 その日、セルキール大陸四大国家の一つ【東のオーツフ】より、王の勅命を受けた4つの小隊がグランセイズを出発した。向かったのは【北のエイツオ】、【西のユタルバ】、【南のキフカウシ】、そしてオーツフにありながら他の3つの国とも隣接する不可侵領域【守護者ティルアーグナの森テスロフ】。持されたのは、国王グルゥ・セイズ・ハクナーディルが書いた今回の騒動に関する謝罪の手紙。そして、グランセイズで行われる会議への案内状であった。


*******


『本当なのか!?』

 同じ頃、オスゲア大陸平和維持特務部隊『ジェイニリーア スキゥア虹槍騎士団ンド』の基地に副長ヘイオル ヒュートの声が響き渡った。普段は冷静な彼のそん聞いたことのない声量に、隊員たちは何が起きたのかと次々に会議室へ集まってくる。

『も~、大きな声出すからみんな来ちゃったじゃない!』
『黙っていられるわけがないだろう! どれだけ時間をかけてあの男の行方を追っていると思ってるんだ!?』
『おい……一体どうしたってのさ?』
『アウスドネスの情報が手に入ったの』

 モーテの口から出た名を耳にして、ネーシャの顔に怒りの色を浮かび上がる。彼女から出る殺気に、近くにいた隊員たちは怖気づいている。

『一体どこにいるんだい! すぐにとっ捕まえて一発』
『ネーシャも落ち着いて、ちゃんと話すから。ちょうど全員集まってるみたいだし』

 モーテが咳払いをして部屋にあった椅子の上に立つと、隊員たちの視線は一斉に彼女へと集まった。

『聞こえたも人もいると思うけど、私たちが追っている最重要指名手配犯アウスドネスの居場所に関しての情報が手に入りました』
『奴は今どこに?』

 興奮気味に問いかけるヒュート。しかし、モーテは先ほどのように彼を落ち着かせようとはしない。

『セルキール大陸、オーツフ』
『オーツフ……海の向こうじゃないか!?』
『そう。魔道具の取引に行っていた商人から情報が入ったの。向こうで起きている争いに、たくさんの黒い槍が使われていると』
『それだけで奴がいると断定するのは気が早いんじゃない?』
『ネーシャの言う通り。けど、オーツフ国内で起きているその争いを、国王が指示したと疑いがかけられているそうなの。そう聞いたら、ヒュートも同じことを考えるんじゃない?』
『裏で奴が動いている……スクテキアの時と同じだ……』
『そう。私も確信があるわけじゃないけど、上から騎士団私たちに指令が下されました。二日後、私とヒュートでオーツフへ向かいます』
『奴がいるなら、少なくとも二小隊は動かすべきだ!』
『こっちの国ならそうするけど、今回は勝手に部隊を引き連れて動くわけにはいかないわ。まずは、私と貴方でオーツフ国王に挨拶に行って、奴の調査を許可してもらわないと。あっ、ヒデちゃんも連れてくわ』
「僕も……ですか?」

 少し離れた位置から声が聞こえると、両目を包帯で覆われた少年が騎士団員たちに誘導されモーテの前までやってくる。

『オーツフにもヒデちゃんと同じように、ロドの開放に巻き込まれた子供がいるそうなの。それで同じようにロドを通ってきた人たちの保護活動を行っているんですって』
『信用して良いのか?』
『そのために、ヒュートにも来てもらうんじゃない』
『……その理由は今聞いた』
『なら、アタシも行くよ』
『でも、ネーシャには他にやることが』
『二人組で行くのが騎士団の決まりだろ。ヒュートがミツヒデのペアってことなら、アンタはアタシと』
『ン~……まあ、その方がヒデちゃんに何かあったとき安心か……わかったわ。ヌーイ?』

 モーテがその名を呼ぶと、光秀は後ろに誰かがやってくる気配を感じる。そこにいたのは、屈強な肉体に似つかわしくない白いエプロンを身につけた男。口を真一文字に閉じたまま、男はじっとモーテのことを見つめている。

『私たちが留守の間、こちらでの活動の指揮は任せます』
『……問題ない』

 ヌーイと呼ばれた男はそれ以上何も口にはしなかった。その様子を見て、光秀の手を引いていた青年が眉間に皺を寄せる。

『おいおい~、団長からの直々の命令なんだからよ~。もうちょっと何か言ったらどうなんだよ』
「ダール……アンタこそ、副団長に対してその言い方はどうなんだい?』
『……問題ない』
『だー!! だから、なんでそれしか言わねぇのよ!?』
「大丈夫ってことだから……間違ってないんじゃ……」
『おいいいいい! 味方してくれよミッツぅぅぅ!』

 緊張感が漂っていた会議室内を隊員たちの笑い声が満たし、重たかった空気は次第にその姿を消していった。
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