神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第3章 帰らぬ善者が残したものは

16話 現れしもの ゼフィアス・ディルアーグナ

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「ここが?」
『ああ。この森の中心、主様の寝所だ』

 デル・ロフゥ朱狼の襲撃から3日。護たちはようやく目的の場所へと到達した。空が見えるよう木は間引きされ、桃色の小さな実が成る背の低い木の列をスポットライトのように陽の光が照らしている。その奥には木の枝を編んで作られた円形のベッドのようなもの。護の目にはそれが、鳥の巣にしか見えない。

「誰もいらっしゃらないようですが……」
『うむ……少し待つしかないな』

 ノガルダの背を降り、護は周囲の観察を始める。大きな巣と空が見えていることを除けば、森の中とそれほど違いはない。途中にあったフォウセらの休憩所のような建物もなく、人が住んでいる様子は微塵も感じられない。主様とは一体何者なのか……そんなことを考えている護を、ノガルダの背から荷物を下ろすアーネスの横目がじっと見つめている。3日前の戦いの後、彼が話してくれたことがアーネスの頭から離れない。


*******

「喜びも悲しみも苦しみも、大きな目的を達成するためには捨てなければならない。争いのない平和な世界を実現する、その時まで」

 無精髭を生やした茶髪の男が涙を浮かべながらそう演説する。外の光が入らぬ部屋、天井からぶら下がる小さな電球、砂と埃で空気は悪く、首に巻いたボロボロのストールで口元を覆う。部屋の中には護以外にもたくさんの子供達。大人は演説している男とその隣に並んでいる数人だけ。これは護の記憶。物心ついた時から何度も聞かされ、護自身の脳裏に深く刻み込まれた忌まわしき過去。

「それが私の育ての親の口癖でした。今でも鮮明に覚えています。確かに彼の言う通りでした。どんな状況でも冷静さを保つことが出来れば、作戦に失敗することはなかった。でも、私を止めたあの人は私とは違った。とても感情豊かな人でした」

 砂嵐が吹き荒れる中、額から血を流しながら護を拘束する1人の女性。肩で息をしながら、仕事をやり切った喜びを天に向かって叫んだ彼女の顔もまた、護の記憶に今も残っている。彼女の、茉陽の顔を思い出して護の頬が緩む。

「当時はそれが理解できませんでした。なんであんなにも感情的な、冷静さのカケラもない人に負けたのか。彼女はこう言ってました。《人が苦痛を感じるのは憂うためじゃなく目覚めるため、悔やむためでなく賢くなるため》、《深く愛されれば人は強くなり、深く愛せば人は勇敢になる》と。有名な人の言葉らしいですが、今はその意味がよくわかります。失敗は確かに悔しいです。だからといって悔やんでいたらそこから進めません。大事なのはですよ」


*******


 アーネスの胸の内で燻る悔しさは、そう簡単には消えてくれない。しかし、護の言葉に背中を押されるような気がした彼女は、自然と差し伸べられた彼の手を取り立ち上がった。

 護の強さの秘密は、もしかしたら彼の過去にあるのかもしれない。話を聞いたアーネスはそう考える中で、一つの疑問に立ち止まる。感情があるからこそ力を求める。それが魔法の目覚めにつながる。しかし、幼い頃から感情を捨ててきていたヒトが、魔法の力を身につけることは可能なのか。

『姉さん、どうしたの?』
『ん? なんでもない』
が好きだったんだ』
『はぁぁぁ!? どうしてそうなるのよ!』
『それは辛い道だぞ?』
『父さんまで!』
「何かありました?」
『なんでもないわよ!』

 不機嫌さを顔に出したまま、アーネスじゃ荷物下ろしを続ける。フェルディフはそんな姉の顔色を伺いながら、灯真と共にノガルダたちの口に切った果実を運んでいく。集落から運んできたもの以外に途中で解体したデル・ロフゥ朱狼の肉や毛皮も乗せているので、出発時よりも荷物は多い。身軽になっていくのを感じているのか、ノガルダの表情は幾分か穏やかになっていく。そんな彼らの顔を撫でながら、灯真は「ありがとう」と声をかける。

 護はといえば、アーネスが何に苛立っているのかわからぬまま。変なことをしただろうかと悩む彼の背中をポンポンとジノリトが叩く。

『難しい年頃なだけだ、気にするな』
「はぁ……娘がいたら少しはわかったんでしょうか……」
『そうとも限らんさ。私も未だにわかっていない』
「奥さんだけでも難しいのに」
『全くだ』

 子を持つ親同士の会話が弾んでいると、突然吹き荒れる風。しかも、横からではなく上から。ヘリコプターのダウンウォッシュを思い出した護の目が、地面に映る黒い影を捉える。

『おかえりになったようだ』

 ジノリトはそういうと、片膝をついて頭を下げる。アーネスやフェルディフが同じように片膝をついたのを見て、護と灯真も慌てて彼らを真似る。

『トーマ、向きが逆だ。こっちだよ』

 フェルディフに促され、灯真は急いで向きを変える。彼らはみんな、円形の巣に向かって頭を下げていた。

 地面に映る黒い影が大きくなるたびに、上から吹く風が強くなる。永続的ではなく、断続的に。そして聞こえてくる、何かが風を切る音。

(なんだ? 上から扇がれてるみたいな)

 護の疑問が解決しないまま、風は止み彼らの前方にある木の枝で作られた塊を何かが踏む。

『ご無沙汰しております、主様』

 ジノリトの挨拶が聞こえて、灯真は少しだけ頭をあげ上目遣いに前方を覗く。そこにいたのは、艶のある翠玉の翼と逆立つ銀色の冠羽を持った鳥。胴体の大きさは護と大差なく、嘴は鷲のように鋭い。力強い目はじっと灯真と護を見ている。

『フォウセの長が直接ここを訪れるとは、祭りには早いのではないかえ?』
『祭りの報告であればよかったのですが』
『その2人と、ロドの件かえ』

(鳥が……喋った……!?)

 灯真の開いた口が塞がらない。護も目を大きく開いたままキョトンとしている。無理もない。ただでさえ見たことのない大きさの鳥が、インコのような片言ではなく流暢なヴィルデム語で会話をしているのだから。若い女の子のような透き通った声だが、口調は大人の女性を思わせる艶を感じる。

『こちらのもんではないんね。ロドを通って来たんかえ』
『はい。ノガルダたちの反応からも、我々に敵対心はないと判断しております』
『そのようやんね。よう懐いとる……いんや、違うんね』

 主と呼ばれた大鳥は、軽い足取りでフワッと飛び上がると翼を広げながらゆっくりと灯真の前に降りていく。光を浴びて輝きを放つ翼を良く見れば、先端の羽は宝石のような透明度だとわかる。

『ノダちゃんらはこの子んことを心配しとるんね』
「えっ……?」
『主様?』
 
 広げられた大きな翼で主は灯真を優しく包み込む。抱き寄せられ、フワフワした主の胸に灯真の顔が埋まる。わずかに白みがかった胸部の羽は感じたことのない柔らかさで、微かに香る花のような匂いが心地よく、灯真は抵抗することなく身を委ねる。

『今はまだそれでいいんえ。ちょっとずつ出れるようになるんね』
「出れる?」
『わかる時がいずれ来るんね』

「ギャウギャウ!」
「ギャーウ!」
「ギャギャ、ギャギャ!」

 大人しくしていた3匹のノガルダが急に叫び出し、一斉に主の下へと歩み寄る。

『どうやら客はおんしらだけじゃないんね』
「敵の気配はしないのに……」

 護が急いで魔力の膜を広げる。そしてわかったのは、こちらに向かって急速に接近してくる人物らがいること。明らかに走っている速度ではない。

『父さん、デル・ロフゥ朱狼の毛皮に!』

 フェルディフが気付いたのは、接近してくる人物らと解体して運んだデル・ロフゥ朱狼の毛皮とそれにつながる白銀の鎖。毛皮の中にある何かに鎖が吸い込まれていくのを、護の膜もぼんやりと捉えている。

『これは、プレウ・イナウク救いの鎖!』

 鎖に引っ張られるように森の中から飛び出てくる3人の男達。護たちが追い詰め、逃げていったあの3人である。

『てっきり、フォウセの里に着くかと思ったが』
『やったっすね、アニキ』
『否、良い状況とはいえぬ』

 護達の姿を見て、3人は険しい表情を見せる。それは、アーネスやフェルディフも同じだった。すぐに近くに置いていた槍を手に取り、刃を男達に向ける。

『お前達、探求者レクイースか』

 探求者レクイース……天然魔道具ラルタンマイトの採取や研究を生業としているもの達を指す。フォウセと交流を持ち、彼らが作る作物や守護者の森で手に入った植物の売りに行くのも探求者レクイースの住む町である。

『わかるやつにぁわかっちまうか』
プレウ・イナウク救いの鎖は君らの先祖が残した門外不出の魔道具マイト。他の者の手に渡ったという話は聞かん。だが、なぜこの森に入った? 我々との盟約を忘れたか!?』

 3人の顔に一瞬動揺が見えるも、リーダーと思われる男が一歩前に出る。

『それに関しては申し訳ねぇと思ってる。だが、オレらにぁどうしても必要なんだ。邪魔しないでくれや』

 アーネスを煽ってきたときとはまるで違う目。感じられる強い殺気。ノガルダ達は怯えながらも、何故か心配そうな眼差しを彼らに向ける。

『話し合いではすまないんね』
『……そうっす』
『我らには……進まなければならぬ道がある』

 男達が、護が、ジノリトが、互いの一挙手一投足に目を配り、ピリピリした空気を肌で感じていた。
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