神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第3章 帰らぬ善者が残したものは

11話 感じるもの 黒木 灯真

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『離しちゃダメだからね』
「はっ……はい」
『何をそんなに緊張してるのよ。変なの』

 アーネスに手を握られ、灯真は肩に力が入る。女性と手を繋ぐのは、母親を除けば保育園以来。そういうことを気にする年頃の男子に、緊張しないというのは無理な話であった。

「彼女の言う通りだよ、灯真君。別に難しいことでもないから、肩の力を抜いて」

 護が灯真の両肩にそっと手を置くが、力が抜ける様子はない。

(いきなりあんな話を聞かせたのは良くなかったかな……)

 緊張の原因が自分の発言にあったのではないかと感じた護は、灯真とは逆に肩を落とす。2人の真逆な動きに、アーネスは首を傾げる。


 ここ、フォウセの里で生活をし始めてから、護はこの世界の常識に大きな衝撃を受けた。
 地球では科学の力に頼っているところを、彼らは魔法の力に頼って生活していた。しかも、地球ではとても貴重な魔道具マイトが家電製品のごとく流通しており、専門に扱う店にいけば生活に必要なものはある程度入手できるのだという。水道や灯り、調理のための火も基本的に魔道具マイト頼り。魔力の扱い方を知らなければこの世界での生活が困難であることを意味した。

 護はまだいい。魔法使いとして生き、魔力の扱い方も知っている。しかし灯真は別だ。彼は魔法のことも、魔力というものが存在することも知らない。そこで護は、灯真に魔法と魔力について教えることにした。元の世界に戻れるのがいつになるかわからない以上、知っておかなければならないとこの里に住む人々にも言われた。

「——と、いうわけなんだ」

 まずは護が魔法使いであること、そして魔法や魔力というものが空想ではなく実際に存在することを伝えた。すぐには受け入れてもらえないかもしれないと心配していたが、灯真は護の想像よりも早くその事実を受け入れた。

「僕でも、使えるようになるんですか?」

 そう聞いてきた灯真の嬉しそうな表情を見て、護は違和感を覚えた。護はこれまでの経験や調査機関ヴェストガインで培ってきた知識と技術によって相手の隠し事には過敏な方である。悪意のようなものとは違うが、彼の喜びの裏に自分が思っているものとは異なる感情がある気がしてならなかった。

「使えるようになるかは、君次第かな」
「僕……次第……?」
「魔法は誰でも使えるようになる。だけど、誰でも使えるようになるわけじゃない」
「え?」
 
 肯定しながら否定もした護の言い方に、灯真は困惑する。

「魔法は理想の顕現とも言われているけど、それを否定する心が少しでもあったら手に入れることはできないんだ」
「理想……」
『ラウテではそんな考えなのかぁ』

 護たちの話に割って入ってきたのは、灯真が心配だといって一緒にいるフェルディフだ。アーネスからは「仕事をサボりたいからでは?」と言われていたが、何か耳打ちをして了承してもらっていた。アーネスの頬が緩むのを護は見逃さなかったが、見なかったフリをした。彼が灯真と仲良くしているのを見ていたので、一緒にいた方が緊張も和らぐと考えていた。

「こちらでは違うのかい?」
『いや、違うわけじゃないんだけどさ。俺達は魔法がないと生活できないから。欲しい力を否定するってのがよくわかんないよ』
「それは……そうですね、どう説明すればいいか……」

 実のところ、護もフェルディフと同じ意見だった。それを話したとき茉陽に長時間のお勉強を強いられたことを思い出す。 

「妻の受け売りですが、進める道が多いから1つに絞ることを躊躇う……というのが一番の理由かもしれません」
『欲張りってことか?』
「ですかね。正直、私もイマイチ分かってはいないんですが」
『2人とも、話の途中で悪いんだけど先進めていい?」
「あっ、はい。よろしくお願いします」

 嘆息するアーネスの前で、灯真は耳まで赤くして何かに耐えている。それが羞恥心のによるものだと気づいているのは、同世代のフェルディフだけ。心の中で彼は灯真に向けて「男なら耐えるんだ」と届くはずのない念を静かに送っている。

「そういえば、ヴィルデムに住んでる人はみんな魔法を使えるのかい?」
『まぁね。でも魔道具マイトがあるから、今の生活で苦労してない奴なんかは使えない……というか、覚えようとしなかったりする』
「魔法の力がなくとも不自由がないから……?」
「そんなとこ。魔道具マイトがありゃ生活できるなんて羨ましいぜ、全く」

 族長であるジノリトによれば、フォウセの一族はこの森以外に生息域が存在しない。かつて種の存続すら危ぶまれた彼らは、この森の主に「森を守る」という盟約を交わしここに住むことを許されたのだという。森の主とやらが何者なのかは教えてもらえなかったが、資源が豊富にあるこの森を狙う輩は今も多く、彼らはここを守るために毎日動いている。魔道具マイトだけでは生活できないというのは、そういうことである。

『それじゃ、やってみるね』
「おっ……お願いします」

 静かに息を吐き、アーネスは握った灯真の手を見つめる。そして、体の内側から絞り出すように魔力を右腕に向かって流し、腕全体をそれで満たし留める。「活性」……護たちの世界では細胞を活性化させ肉体を強化する技として伝えられているものである。しかし今の目的は身体強化ではない。

「え……?」

 困惑する灯真を他所に、アーネスは右腕に溜まった魔力を今度は外に放出していく。灯真の目線が、彼女の手からその外側へと移動していく。しかし、そこには何もない。彼の目は、アーネスの腕と宙を行ったり来たりするが、何も見つけられない。

『トーマ、何か感じたものはない?』
「何か……アーネスさんの腕に流れて……外に出ていってます。でも、何も見えない」
『それが魔力なの。普段は気づかないくらい僅かな量しか流れてないけど、あなたの体の中にもこれを生み出すものがある。あなたが意識すれば、好きな量を作っていろんなことに使える。もちろんトイレの水を流すのとかにもね』

 この集落で生活するにあたって、一番灯真が困っていたのは水回りである。手を洗ったり、湯浴みをしたり、トイレを流すのも全て魔道具マイトを利用している。そのため、何かをする度にフェルディフや護がフォローに入っていた。灯真の左手に自然と力が入る。そこに込められているのは、あんな恥ずかしいのはもう嫌だという強い思い。

『何回かやってみるわね』
「はい!」

 りんごのように赤かった灯真の顔は、いつの間にか元の色を取り戻していた。


******


『どう?』
「なんとなく……ですけど」

 同時刻、灯真達のいるセルキール大陸の森から1万キロ弱。海を超えた先にある北オスゲア大陸シルオウ。大陸北側の山岳地帯を領土とするこの国の最南端、聖山ギルサードジィに最も近い位置にある町レキブで、指を絡ませるようにして光秀と両手を繋ぎながら、モーテは彼の方を丸い大きな目でじっと見つめていた。

『すぐに理解できたら苦労しないさ。アタシらだって結構大変だったんだ』
「そうなんですか?」
『大丈夫だって。私でも出来たんだから』
『アンタを比較に出したらその子がかわいそうだよ』

 目が見えなくなった光秀に対してモーテが提案したのは、魔法や魔術などによって視力を補えばいいというものであった。
 魔法は本人が求める力に目覚めるので、目が見えなくなった光秀がそういった力を使えるようになる可能性は高い。例え違う効果の魔法に目覚めてしまったとしても、魔力の扱いを覚えれば目に関する魔術や魔道具マイトで擬似的に視力を補うことは可能である。というのが、モーテの考えであった。

『もう少し自分の実力を理解しな』
『みんなが私のことを褒め過ぎなだけだって』
『はいはい』

 ネーシャがモーテとこのやりとりをするのは、一緒に働き出してからもう何回目になるかわからない。これ以上何を言っても無駄だとわかっているのか、椅子に座っていたネーシャはやれやれと首を横に振り、組んでいた足を組み直す。

「イエリリーアさんは皆さんとは違うんですか?」
『そんなことないよ。ヒュートもネーシャもすごい——』
『そうさ。じゃなきゃ、団長になんか選ばれないよ。”傲りなき天才”、”浄めしもの”、”悪を貫く気高き美女”、そんな風に呼ばれてんだから』
『やめてよ! 特に最後のやつ!』

 目の見えない光秀にはモーテがどんな顔をしているのかはわからないが、話す言葉には恥じらいのようなものが感じられ、繋いでいる手が温かくなっている。

『みんな言ってるし、全部ホントのことでしょ』
『私は普通だよ! ネーシャの方こそ治療してもらった人たちが、あんな綺麗な人に診てもらえて幸せだ~って言って帰ってくの知ってるんだからね!』
『ナナナナナナッナニ言ってんだよ!』

 互いを褒め合う2人の奇妙な言い合いに、光秀は思わず頬を緩ませる。

「2人とも、そんな風に言われるってことはすごい美人なんですね」

 光秀の何気ない言葉に、言い合っていたモーテとネーシャは同時に彼の方を振り向く。

「どうか……しましたか?」

 2人の声がなくなり、部屋が急に静まり返る。何が起きたのかわかっていない光秀が首を傾げると、突然モーテが彼と手を繋いだまま腕を激しく振っていく。

『ベっ別に、わわっ私は、ふふふふふっ普通だよ』
『アッ、アタシだって、タタタタ大したことないし』

 明かにそれまでとは違う彼女らの言動の意味を、この時の光秀は全くわかっていなかった。相手の良いと思ったことは素直に口にする。彼は父親からそう教わってきた。しかし、モーテ達《リウクオウ》と呼ばれる種族では違う。

 彼らが面と向かって異性の容姿などを褒めるのは、相手を異性として意識している時、つまり求愛行動の一種なのである。嫌いな相手であれば突っぱねて終わりだが、まだ会って間もない光秀からの言葉は2人を動揺させるのに十分な威力を持っていた。

『そそそっ、そんなことより続きをやろう。覚えるまできっと時間もかかるし』
『そっそうだ。時間がある時は、アアアアッアタシも手伝ってやるよ』
「はい。よろしくお願いします」

 何かを誤魔化そうとしているようにも感じたが、魔法とやらが使えるようになればまた目が見えるようになるかもしれない。そう思って光秀は訓練に集中する。モーテとネーシャが頬を赤く染めていることに気づかぬまま。
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