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第3章 帰らぬ善者が残したものは

プロローグ① 探すもの ルイス・ブランド

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「どういうことだ!?」
「いいえ、我々はまだ何も……」

 長く続いた残暑を終え、ニュースで山間部の葉が赤く染まり始めたことが流れていたその日、京都の山の中から前触れなく出現した光の柱。空へと伸びた白いそれは他の国でも観測されていた。半年前にも起きたこの事象は、あらゆる環境条件を踏まえても科学的な証明が困難であり、世界中の研究者たちの頭を悩ませた。再び起きる可能性を信じて張り込んでいたカメラマンは大勢いたが、2ヶ月でそのほとんどが消えた。諦めなかったわずか数名は、土地の持ち主に立ち入りを禁じられながらも大型の望遠レンズで光の柱を捉え息を吸うことも忘れるほどの集中力でシャッターを切る。しかし、彼らはその発生源である場所に待機する人々の存在には気づいていない。

「各地の監視班から報告が届いています。各国で1カ所ずつ……日本はここだけのようで……隊長?」

 PDAに届いたメールを確認していた部下の言葉が耳に入らず、ルイス・ブランドは口を開けたまま静止していた。大きく開かれた青い瞳は、光の柱があった場所を向いている。彼だけではない。メールを確認するため画面を見ていた者以外全員が、同じ方向を向いて固まっている。

 木々に囲まれ枯れた葉が舞うそこは、地元民でも知る人が少ない不思議な場所だった。少しだけ開けたところにあるのは、子供でも入るのが難しい小さな社。鳥居などはなく、ぽつんとそれだけが佇む。何かを祀ったものと考えられているが、土地の持ち主もその正体を知らないといい建造した記録や伝承も残されていない。
 それもそのはず。この社の中に収めてあるものは『ロド』と呼ばれる魔法使いたちの古代遺産の一つ。彼らの中でも一部の者しかその存在を知らされていない伝説の魔道具マイトである。無論、一般人には一切の情報が公表されていない。他の魔道具マイトと違い誰にも扱うことができず、この土地の持ち主でもある魔法使いの一族には決して使ってはならないと言い伝えが残るのみで、半年前に起きた現象も未だ原因不明のまま。魔法使いたちは半年間、世界各地にあるロドの調査を続けていた。ルイスたちがここを訪れていたのもそのためである。

 社を中心に発生していた光の柱が10秒も経たずにその姿を消すと、はそこに立っていた。光の柱が発生する前、ルイスたちがここに来た時には誰もいなかったはずだった。

(子供……?)

 ルイスの目に映っているのは、少年5人と少女1人。一番背が高いであろう子でも中学生か、よくて高校生といったところだろうか。皆、社を囲うように立っており表情はまだ見えない。

「ここ……僕が迷ったとこか?」

 目の前にある社を確認し、そこが見知った土地であると思い喜ぶ少年。しかし、後ろを振り向いた途端に青い目の大人が目に入り、困惑の表情へと変わる。

「えっと……あ~……ハロー?」

 ルイスの容姿を見てそこが日本ではないと勘違いした少年は、知っている英単語を頭の中から必死に絞り出す。

(服装は変わっているが……行方不明になっていた子たちか?)

 半年前に起きた1回目を境に、日本では8の子供が行方不明になっている。魔法使いたちはロドに起きた異常現象を調査するとともに、その行方不明となった子供たちが巻き込まれた可能性も考えていた。ルイスの前にいる子供たちは、着ている服も髪型も違うが、情報にあったその子たちによく似ている。ただ、半年も行方不明だったという割には髪は綺麗に整えられているように見えた。

「心一坊ちゃん!?」
「山岡……?」

 ルイスの後ろに待機していた中年の男が、その目に涙を浮かべながら駆け寄る。心一と呼ばれた少年は、自分とよく似た男の子を背負っていた。眠っているのか、動く様子はない。

「よくぞ……よくぞご無事で……」

 山岡の言葉に、心一は首を横に振ると肩に乗った男の子の顔に目を向ける。

「誠一……坊ちゃん……?」
「セイは……」

 誠一の頬に山岡が恐る恐る手で触れる。温かい。そのまま指を首筋に運ぶと、頸動脈の決して弱くない拍動を感じ取れる。山岡はホッとしたが、心一は悲痛な面持ちでそれ以上何も言おうとはしない。

「国生蛍司君だね?」
「日本語? よかったぁ……」

 ルイスが日本語で語りかけてきたのを聞いて話が通じることに安心したのか、蛍司はその場に尻餅をついた。その音を聞いて、彼の隣にいた少年が慌てた様子で膝をつく。

「ごめん……ケイ君……俺……気づかなくて」
「大丈夫よ、とっちん。ちょっと力が抜けただけだから」
「ごめん……ごめん……」

 繰り返し謝る少年の行動に疑問を頂きながらも、ルイスは蛍司に手を差し伸べる。

「立てるかい?」
「うん、ありがとう」

「いや、触らないで!」

 ルイスの仲間の1人が、社の影に隠れて小さくなっていた少女に毛布を差し出すと、突然大声を出して怯え始めた。蛍司が「あっ」と声を上げる。

「その子、男はダメなんだ。女の人じゃないと」
「あたしが見るから、他の子をお願い」

 黒い髪をお団子状に後ろでまとめた女性が仲間から毛布を奪い取ると、体を震わせる少女を優しく抱きしめた。ルイスやその場にいる他の大人たちよりもずっと若く見える彼女に、蛍司は目を奪われる。

「大丈夫。大丈夫だからね」

 最初は女性から離れようと踠いていた少女だったが、次第に落ち着きを取り戻し彼女の胸でシクシクと泣き始めた。そんな少女の頭を女性は優しく撫でる。

「君らだけか? 大人は一緒ではなかったかい?」

 ルイスが現れた少年たちを見回す。6人の他には誰もいない。

「1人いたよ……いたんだけど……」

 蛍司が喉を詰まらせる。眠っている誠一以外は皆、彼が何を言わんとしているのかわかっているようで、揃って暗い表情を見せた。

「……死んじゃったんだ」
「その人は……毛先が変に丸まった茶色い髪の……銀色のフレームの眼鏡をかけた……いつでも笑顔で話しかけて来る男ではなかったか?」
「護さんのお知り合いですか?」

 布を巻いて目を隠している少年にそう問われ、ルイスは左腕につけた時計に触れる。

「……ああ……友人なんだ……」

 目を覆われた少年にルイスの悲しそうな笑顔を見ることはできない。しかし、声から感じ取れる空気がルイスの心境を少年に伝える。少年はそれ以上何も聞くことはできなかった。



* * * * * *



「……………夢か」

 ルイスが目を開けると、積み重なった書類や本の山や、自分で書き殴ったメモが目の前に現れる。そこはルイスの自室。座ったまま眠っていた彼は、背筋を伸ばし固まった上半身を解していく。

「マモル……」

 椅子の背もたれに体を預けたルイスは、散らかった机の上で唯一まともに立っている写真立てを見つめる。そこに写っているのは若かりし頃のルイスとアーサー、そして1人の日本人。

 彼の名は、朝比奈  護あさひな まもる。元調査機関ヴェストガイン日本支部長。

 そして、

 『ロド開放事件』最重要指名手配犯。
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