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第2章 その瞳が見つめる未来は
11.5話 洞観家族
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* * * * * *
「おばあちゃん、見て見て!」
「おや、上手だねぇ」
「僕、大人になったらおばあちゃんみたいなすっごい魔法使いになるんだ!」
「あたしはすごくなんかないよ」
「そんなことないよ! おばあちゃんはすごいよ!」
「ありがとね……そうだ。すごい魔法使いになるなら、一つお願いしてもいいかしら?」
「なぁに?」
「困っている人がいたら、その魔法で助けてあげてほしいの。怒る人もいるだろうけど、その力でないと助けられないときもある。だからね」
「うん、わかった!」
「約束だよ、幸路」
* * * * * *
幸路が目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。自分の部屋の、茶色い天井。畳の上に無造作に敷いた布団に寝転び、スーツを脱がずに寝てしまっていたようだ。障子を通して柔らかくなった陽光が部屋を照らす。
「幸路、起きてるかい?」
部屋の外からしゃがれた女性の声が聞こえる。眩しさに目を細める幸路は、障子の端に小さな人影を見つける。
「ばあちゃん……」
「昨日もずいぶん遅かったじゃないか。朝ごはんを作ったから、着替えてこっちにいらっしゃい」
人影は舞台袖へ移動するかのように、障子の端へ消えていく。ボサボサになった頭をかきながら、幸路は祖母に言われた通りスーツから部屋着へと着替える。
「アイロンかけないとだな……」
刻まれたシワを見てため息を吐きながらスーツをハンガーにかけると、幸路は障子を開け眩しい光が照らす廊下を歩いて行く。庭では朝の挨拶を交わしているかのように、鳥たちの鳴き声が響いている。幸路よりも年上なこの家は、歩いていると少しだけ床板が軋む。決まった場所を踏むと聞こえるその音が好きで、ついつい音が鳴るところを踏んで歩いてしまうのは子供の頃からの癖である。
廊下を進んだ先にある居間に入ると、大きな机の上に二人分の食事が用意されていた。焼いたシャケの切り身にわかめの浮いた味噌汁。小さな冷奴には鰹節と共にくし切りにされたトマトが盛り付けられている。
「ご飯はいつも通りで良かったかい?」
「あっ……ありがとう、ばあちゃん」
湯気が立つ熱々の白いご飯が入った茶碗を渡す一人の女性。長い白髪を後ろで丸くまとめあげる色褪せた割烹着姿のその人は、幸路が茶碗を受け取ると彼の正面にゆっくり腰を下ろした。紅野 八重……幸路の祖母にして彼の魔法の師匠でもある。90歳を超えた今も腰は曲がっておらず家事をすべて一人でこなせるのは、日常的に活性を使っているからだという。法執行機関のような戦闘のためではなく、日常動作の補助として使うにはより繊細なコントロールが必要。それだけ八重が優れた魔法使いであることを意味している。
「何を迷ってるんだい?」
「え?」
食事を口に運びながらも、どこか上の空になっている幸路を八重は一瞥する。幸路が幼い頃から一緒に暮らし、彼のどんな小さな変化にも気をつけてきた八重に隠し事はできない。それは幸路にも分かっている。一瞬彼女と目を合わせたが、すぐに逸らした。
「仕事のことでちょっとね……」
そういって幸路は味噌汁を口に運ぶ。
(仕事のこと……だけではなさそうだね)
幸路が汁物や飲み物を口にして話を止めるときは、大抵知られたくない何かがある時だ。学校の子と喧嘩して負けてきた時やテストで悪い点を取った時など、数え切れないくらい同じ態度をとった彼の姿が八重の目に浮かぶ。しかし今回はいつもと違う。とても難しい悩みのようだと察した八重は、持っていた箸をテーブルに置いた。
「幸路」
「ん?」
「仕事のことに口出しするつもりはないけど、ちゃんと真実を見極めて決めるんだよ。幸路の仕事は、嘘を真実にできてしまうんだから」
「……分かってる」
背筋がピンと伸びた綺麗な姿勢で、八重は真っ直ぐ幸路を見つめる。年老いた今も変わらぬ、全てを見抜いているような力強い瞳に、幸路は大人になった今でも隠し事ができる気がしない。閉めていた扉をこじ開けるかのように、八重の言葉が幸路の心を揺さぶる。
「分かっているならそれでいい。ただ悩みすぎると、どうしても人は視野が狭くなってしまうからね。気をつけないといけないよ」
「……ばあちゃんでも、そういうことあんの?」
「長く生きていればね、誰だって一度は経験するもんさ」
味噌汁が入った木のお椀を手に取ると、八重はじっと水面に映る自分と目を合わせる。影のあるその表情は、一緒に暮らしている幸路でもあまり見たことがない。
彼女の過去を幸路は知らない。わかっているのは、優れた魔法使いでありながら魔法とは縁のない生活をしていることくらい。何度聞いても、理由は教えてもらえなかった。嫌なことを思い出させてしまったんじゃないかと、幸路は後ろめたさを感じる。
「ごめん、ばあちゃん。変なこと聞いて」
少し間を置いてから、八重は静かに味噌汁を啜る。
「いいんだよ。それより、今日はお仕事休みでしょう。出かけたりはしないのかい?」
「午後ちょっと陽英病院に行ってくる予定。仕事のことで先生に話を聞きに」
「仕事もいいけど、あたしは生きてるうちに曽孫の顔を拝みたいんだけどねぇ」
再び味噌汁を啜りながら、八重は片目でちらりと幸路を見る。
「なっ……いきなり何言い出すんだよ!?」
「見た目はいいのに、そっちの方は全然だからねぇ。若い頃の爺さんを見習って欲しいもんだよ」
「じいちゃんの昔のことなんて知らねぇし!」
ご飯やおかずを口いっぱいに放り込み、幸路は話を終わらそうとする。そんな彼を見て、八重は小さくため息を溢した。
「おばあちゃん、見て見て!」
「おや、上手だねぇ」
「僕、大人になったらおばあちゃんみたいなすっごい魔法使いになるんだ!」
「あたしはすごくなんかないよ」
「そんなことないよ! おばあちゃんはすごいよ!」
「ありがとね……そうだ。すごい魔法使いになるなら、一つお願いしてもいいかしら?」
「なぁに?」
「困っている人がいたら、その魔法で助けてあげてほしいの。怒る人もいるだろうけど、その力でないと助けられないときもある。だからね」
「うん、わかった!」
「約束だよ、幸路」
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幸路が目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。自分の部屋の、茶色い天井。畳の上に無造作に敷いた布団に寝転び、スーツを脱がずに寝てしまっていたようだ。障子を通して柔らかくなった陽光が部屋を照らす。
「幸路、起きてるかい?」
部屋の外からしゃがれた女性の声が聞こえる。眩しさに目を細める幸路は、障子の端に小さな人影を見つける。
「ばあちゃん……」
「昨日もずいぶん遅かったじゃないか。朝ごはんを作ったから、着替えてこっちにいらっしゃい」
人影は舞台袖へ移動するかのように、障子の端へ消えていく。ボサボサになった頭をかきながら、幸路は祖母に言われた通りスーツから部屋着へと着替える。
「アイロンかけないとだな……」
刻まれたシワを見てため息を吐きながらスーツをハンガーにかけると、幸路は障子を開け眩しい光が照らす廊下を歩いて行く。庭では朝の挨拶を交わしているかのように、鳥たちの鳴き声が響いている。幸路よりも年上なこの家は、歩いていると少しだけ床板が軋む。決まった場所を踏むと聞こえるその音が好きで、ついつい音が鳴るところを踏んで歩いてしまうのは子供の頃からの癖である。
廊下を進んだ先にある居間に入ると、大きな机の上に二人分の食事が用意されていた。焼いたシャケの切り身にわかめの浮いた味噌汁。小さな冷奴には鰹節と共にくし切りにされたトマトが盛り付けられている。
「ご飯はいつも通りで良かったかい?」
「あっ……ありがとう、ばあちゃん」
湯気が立つ熱々の白いご飯が入った茶碗を渡す一人の女性。長い白髪を後ろで丸くまとめあげる色褪せた割烹着姿のその人は、幸路が茶碗を受け取ると彼の正面にゆっくり腰を下ろした。紅野 八重……幸路の祖母にして彼の魔法の師匠でもある。90歳を超えた今も腰は曲がっておらず家事をすべて一人でこなせるのは、日常的に活性を使っているからだという。法執行機関のような戦闘のためではなく、日常動作の補助として使うにはより繊細なコントロールが必要。それだけ八重が優れた魔法使いであることを意味している。
「何を迷ってるんだい?」
「え?」
食事を口に運びながらも、どこか上の空になっている幸路を八重は一瞥する。幸路が幼い頃から一緒に暮らし、彼のどんな小さな変化にも気をつけてきた八重に隠し事はできない。それは幸路にも分かっている。一瞬彼女と目を合わせたが、すぐに逸らした。
「仕事のことでちょっとね……」
そういって幸路は味噌汁を口に運ぶ。
(仕事のこと……だけではなさそうだね)
幸路が汁物や飲み物を口にして話を止めるときは、大抵知られたくない何かがある時だ。学校の子と喧嘩して負けてきた時やテストで悪い点を取った時など、数え切れないくらい同じ態度をとった彼の姿が八重の目に浮かぶ。しかし今回はいつもと違う。とても難しい悩みのようだと察した八重は、持っていた箸をテーブルに置いた。
「幸路」
「ん?」
「仕事のことに口出しするつもりはないけど、ちゃんと真実を見極めて決めるんだよ。幸路の仕事は、嘘を真実にできてしまうんだから」
「……分かってる」
背筋がピンと伸びた綺麗な姿勢で、八重は真っ直ぐ幸路を見つめる。年老いた今も変わらぬ、全てを見抜いているような力強い瞳に、幸路は大人になった今でも隠し事ができる気がしない。閉めていた扉をこじ開けるかのように、八重の言葉が幸路の心を揺さぶる。
「分かっているならそれでいい。ただ悩みすぎると、どうしても人は視野が狭くなってしまうからね。気をつけないといけないよ」
「……ばあちゃんでも、そういうことあんの?」
「長く生きていればね、誰だって一度は経験するもんさ」
味噌汁が入った木のお椀を手に取ると、八重はじっと水面に映る自分と目を合わせる。影のあるその表情は、一緒に暮らしている幸路でもあまり見たことがない。
彼女の過去を幸路は知らない。わかっているのは、優れた魔法使いでありながら魔法とは縁のない生活をしていることくらい。何度聞いても、理由は教えてもらえなかった。嫌なことを思い出させてしまったんじゃないかと、幸路は後ろめたさを感じる。
「ごめん、ばあちゃん。変なこと聞いて」
少し間を置いてから、八重は静かに味噌汁を啜る。
「いいんだよ。それより、今日はお仕事休みでしょう。出かけたりはしないのかい?」
「午後ちょっと陽英病院に行ってくる予定。仕事のことで先生に話を聞きに」
「仕事もいいけど、あたしは生きてるうちに曽孫の顔を拝みたいんだけどねぇ」
再び味噌汁を啜りながら、八重は片目でちらりと幸路を見る。
「なっ……いきなり何言い出すんだよ!?」
「見た目はいいのに、そっちの方は全然だからねぇ。若い頃の爺さんを見習って欲しいもんだよ」
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