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第2章 その瞳が見つめる未来は

6話 ローフィネムォン レゲンベル(四人の復讐者)

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* * * * * *

魔法使いが事件に関わっているかを判断するには

その場に残された魔力残渣ドライニムが大きな鍵となる。

それを調べるために使われるのが

魔力残渣ドライニムに反応して光を放つ発光結晶ルエグナと呼ばれる特殊な鉱石。

人は日々、微量の魔力残渣ドライニムを放出している。

肉体と魂をつなぐ糸を維持するために魔力を消費しているからである。

しかし、調査機関で使用している発光結晶ルエグナ

意図して魔力を使用したことにより発生する一定量以上の魔力残渣ドライニムがなければ反応せず、自然放出された程度の量では発光しない。

* * * * * *


 普段は静かな駅前の大通りに、警察車両の赤い光がまるでイルミネーションのように煌々と輝く。その光に誘われ、多くの人々がスマートフォン片手に群がり、少し離れた位置ではテレビ中継の準備が行われている。
 彼らを中に入れないため、警察官の手によって立ち入り禁止と書かれたテープが広い範囲にわたって設置され、駅前に人の渋滞が発生している。

 光秀と蛍司は、その立ち入り禁止エリアの中で救急車とある人たちを待ってた。道路側は警察車両が並び、駅と歩道側はブルーシートが広げられ彼らの姿は隠されている。

「……来たみたいだ」

 ポケットに入れていたスマートフォンが震え、蛍司は画面に表示された通知を確認する。

「そんじゃあ、迎えに行ってやらねぇと」
「一緒に行きますよ」

 光秀をその場に待機させ、蛍司と三科はブルーシートが張られている駅側ではなく、明希を乗せた台車が進んだ先、横断歩道を渡った向こう側へ進む。

 大通りの、少し幅の広い横断歩道は警察車両によって半分は通行止めにされている。警備のために立っている若い警察官が三科に気付きビシッと姿勢を正して敬礼する。

「お疲れ様です、警部」
「おう、ちょっと人を待たせてるんで通らせてもらうぜ」
「了解しました、どうぞ!」
 
 軽く手をあげて彼の横を通り抜けると、二人は誘導されている他の通行人たちに混ざって横断歩道を渡る。この時間にしては人通りが多いが、そのほとんどはマスコミ関係者である。現場の方へと向かう彼らを横目に逆方向へ歩いていくと、蛍司に向かって手を振る男性が見える。

「遅くなってすみませんでした」

 うっすらと茶色がかったサラサラな髪に銀色のフレームの眼鏡をかけた男。通報を受けて出動した法執行機関キュージストの捜査員、岩端 聖であった。細身の黒いスーツを纏った彼に、三科は爽やかな好青年という印象を受ける。

「誰が来るのかと思ったらお前かよ……」
「悪かったですね、俺で」

 手を振っていた聖の隣、不機嫌そうな顔で佇む男を見た三科は、苦虫を潰したような表情を見せる。そこにいたのは聖と同じく通報を受けて出動した調査員、紅野 幸路であった。細身の聖が横に立っているためか、幸路の体の線の太さがよくわかる。

「急ぎの案件だ。仕方ねぇ」

(どうせ如月に来て欲しかったんだろ、クソジジイが)

 あからさまな態度に、三科が如月が来ることを期待していたのはすぐにわかった。

「今日は二人なのか?」
「彼は違う部署の人ですよ。岩端さん、こちら協力者の方で県警の三科警部です」
「岩端 聖と言います。初めまして」
三科 尚頼ミシナ タカヨリです。よろしく頼みます」

 丁寧に頭を下げてくる聖に対し、三科は幸路への対応とは打って変わって姿勢を正し同じように頭を下げる。

「俺の時とは随分違う対応じゃないですか」
「お前と違って、礼儀というものをわかってる人のようだからな」

 幸路のようにビジネスのために習得した上面だけの礼儀ではない。三科が聖から感じるのは、おそらく武道を経験したことによるものか幼い頃からの親の躾によるもの。警察官として多くの人間に接してきた彼の勘がそう告げている。

「まさか、《鷹の目》とご一緒できるとは思っていませんでした」
「やめてください。どこで聞かれたか知りませんが、そいつは仲間が勝手に言い出したことです」
「お噂はかねがね伺っています。いや~、光栄です」

 三科は呆れた様子で手を横に振るが、聖の方は彼に会えたことが相当嬉しいのだろう。目を輝かせ、三科を困らせている。

「そんなことより紅野、あまり時間をやれねぇぞ。今回のは捜査本部が躍起になってるからな」
「わかってますよ。今日こそは何か出て欲しいですからね」
「それは俺たちも同じよ」

 このところ発生している行方不明事件と同一犯の仕業ではないかと警察は睨んでいる。今回は被害者が見つかり、逃げたとはいえ犯人の目撃情報もある。この現場でどうにかして証拠を見つけようと、かなりの人数の警察官が集まっていた。

 調査依頼を受けている幸路も、今日こそは何かしら証拠を手に入れたいと気合いが入っている。今回の事件は間違いなく魔法使いが絡んでいる。幸路の中でその考えは変わらない。明確な理由があるわけではなく、手に入った情報からの推測にすぎないが、幸路には不思議と自信があった。

 再び道路を渡ると、三科は先ほど挨拶した若い警察官に事情を説明し、幸路たちを明希が横になっているところへ案内する。

「どう説明したんです?」
「被害者の関係者って言っただけだよ」
「えっ!? 大丈夫ですか?」

 聖が驚くのは至極当然。通常であれば、事件現場に一般人を入れることはまずない。それが例え家族であっても、現場保存と証拠の確保が優先されるためである。警察に現場を封鎖され、魔法使用の証拠集めが難しいことはよくある。

「立哨してた奴は、この近くの交番勤務のやつでしてね。昔から色々面倒見てやってるんですよ」
「信頼されてるんですね」
「まあ、そんなとこです」

 三科たちが光秀のところに戻ってきたところで、遠くの方からピーポーという聞き覚えのある音が聞こえてくる。

「三科警部、ちょっとお願いが」

 そういって幸路は、横目で光秀の隣にいる正信を見ると三科に耳打ちする。彼の話を聞き三科は小さく頷く。

「あ~、国生は署で話を聞きたいからここでちょっと待っててくれ。稲葉さんは奥さんと病院へ。話はそこでにしましょう。上杉さん」
「はい?」
「あなたも稲葉さんと一緒に行ってもらおうと思いますが、ちょっと確認したいことがあるので、こっちに来てもらってもいいですか?」
「わかりました」

 正信は三科に案内されるまま、彼と一緒にブルーシートの外へと出ていく。ここにいる人間の中で彼だけが魔法の存在を知らない。これから幸路たちがする話を聞かれるわけにはいかなかった。

「では、お二人とも。時間がもったいないので手短に状況を教えてもらえますか?」
「はい」

 光秀はここに来るまでの経緯を、蛍司は明希を誘拐した可能性のある男とのやりとりを幸路たちに話しはじめる。

「僕の魔法で……奴が魔力を利用していたことはハッキリ見えました……多分……活性ヴァナティシオを使ったんだと思います」
「1回だけ何かやらかしそうな気配はありましたけど……突然やめて台車を蹴り飛ばして逃げていったんですよね~」
「そうですか……」

 話を聞きながら、幸路は手に持った発光結晶ルエグナを見つめる。結晶からは出たのは青色の強い光が一つと、それ以外に黄色と紫色の弱い光が二つ。3人分の魔力残渣ドライニムがこの場に残されていることを意味する。

「青いのはおそらく稲葉さんの魔法だろうけど……後の二つは魔法を使った直後にしては弱いな……」

 幸路はもう片方の手に持ったスマートフォンで反応する様子を撮影しながら、明希の顔や体に発光結晶ルエグナを近づける。彼女が魔法にかけられているのであれば、近づけた発光水晶ルエグナが反応するはずだが、これといった変化はない。

(会社を出るときに連絡していることを考えると、数時間前にはなんともなかったってことだろ……意識がないのは魔法のせいじゃないのか……)

 幸路が発光結晶ルエグナの様子を注意深く観察していると、ブルーシートをかき分け救急隊が現場へと入ってくる。幸路は発光結晶ルエグナを手で握りしめてポケットの中に隠すと、明希や稲葉から離れ救急隊に場所を譲った。

 隊長と思わしき人物が彼女をストレッチャーに乗せることを光秀に説明すると、彼は名残惜しそうに手を離した。救急隊と一緒に戻ってきた正信が彼の背中を支えて立たせると、作業の邪魔にならないよう少し離れた位置に移動させる。

「ユタさんにはさっき俺から連絡を入れておいたから」
「……悪いな」
「今は奥さんのことだけ考えとけ」

 明希を感じていた右手に左手を添えて佇む光秀の肩を、正信が優しく叩く。着々と搬送の準備が進められても、彼女の目は閉じたまま。救急隊に持ち上げられ、だらんと落ちる彼女の手に正信も深い憂色を浮かべる。

「ではご家族の方、救急車まで一緒に——」
「あ、すみません」

 光秀たちに声をかけた救急隊員の男性を聖が呼び止める。

「彼女を陽英病院に運んでもらえませんか? すでに向こうには連絡をしてあるので」

 陽英病院の名を聞いて、救急隊員が眉を上げる。話が聞こえた他の隊員も一瞬作業の手が止まる。

「約束はできませんが……連絡は取ってみます」
「よろしくお願いします」

 マスクのせいで表情は読みづらく平静を装っているように見えるが、救急隊員たちは明らかに驚いた様子である。その理由を聖はわかっている。

 陽英病院は地域の二次救急病院であり、優秀な医師や看護師が揃っていると市内でも評判である。しかしそれとは別に、搬送される患者が特殊な事件の被害者であることが多いという噂が、救急隊や医療関係者の中で広まっている。彼らもその話を耳にしていた。

「どう考えます?」

 明希を乗せたストレッチャーが救急車へと運ばれていく。その後を追うように光秀と正信も続き、ブルーシートの外へ出ていく。三科の指示によって警察官たちがブルーシートを持ち、明希や光秀たちをマスコミから隠すように一緒に移動すると、現場の様子を捉えんと狙っていたカメラが一斉に彼らに集中していく。

「被害者の女性が今、救急隊によって運ばれていきます——」
「犯人は現在も逃走中で——」
「これまでに発生している事件との関連性を——」

 放送中の夜の報道番組が一斉に臨時の生中継を開始した。事件の情報がテレビやインターネットニュースなどで速報として流れる。それに合わせるように、野次馬たちの撮影していた動画の拡散が加速。光秀や蛍司の様子が大衆の目に晒されていった。

「まだ何とも……」

 運ばれていく光秀たちを見つめながら、聖からの問いに幸路は曖昧な返答をする。欲しい情報が出てこないことに思い悩んでいた。そんな彼のところに光秀たちを見送った三科が戻ってくる。

「警部、ちょっとだけ女性が入っていたっていうダンボールを見たいんですが……」
「マスコミもだいぶ集まってる。3分もやれねぇぞ」
「わかってますよ」

 三科が顎で指した先で、鑑識班が台車とダンボールを調べている。聖と蛍司をその場に残し、幸路は三科と共にダンボールへと近づいていく。三科の行動に鑑識や情報の整理を行っていたスーツ姿の刑事たちがざわつく。

「警部、どうしました?」
「悪い。ちょっとだけ調べたいことがあってな」

 三科が右手の人差し指をクイッと動かして後ろに立っていた幸路に合図を送ると、彼はポケットから取り出した発光結晶ルエグナをダンボールに近づけ、その様子をスマートフォンに収めていく。鑑識班が幸路を止めようとするが、三科が彼らの前に手を出して静止させた。

「警部!?」
「いいんだ。何かあったら俺が責任をとる」

 幸路の行動を不審に思う刑事たちを三科が止めている間に、ダンボールの外と中に何度も発光結晶ルエグナを近づけるが、反応する様子は見られない。

「どうだ?」
「俺らの案件っぽい感じはあるんですけどね……」

 そういって幸路はスマートフォンをしまうと、今度は胸ポケットから細いチェーンに繋がれたガラス玉のようなものを取り出す。透明な球体の中には黄色いインクのようなものが揺らいでいる。

「さあ、どんなこと考えていたんだね」

 球体を握りしめ魔力を注ぐ。指の隙間から微かに光が溢れると、周囲に存在するものから色が洗い流されていくように消え、幸路の視界がモノクロの世界へと変わる。

(今日は少し早く帰れたから……一緒にご飯……食べれるかな)

 ダンボールの中には、おそらく中に入れられていたであろう女性の姿が存在する。しかし、こんなところに入っていた人物とは思えない言葉が聞こえてくる。

「そんなことあるか……?」

 それ以外にも人の形に見える何かは周辺の路上に溢れているが、「仕事疲れた」「何を食べようか」「課題が終わらない」など他愛もない言葉をいうのみ。台車には持ち手を握る姿が一人分、はっきりと確認できる。通報者である蛍司だ。

(危なかった……)

 さきほど、車道に出そうになった台車を彼が止めた確認している。聞こえた声からして、おそらくその時のものだろう。しかし彼以外にこれを運んでいた人物は見えず声も聞こえない。明希を中に入れた人物が見えると思っていたダンボールも同様の結果に終わった。

「おい、そろそろだ」

 三科の声が耳に入ると、幸路の周囲の景色が巻き戻されるように着色されていく。その場に立ったまま幸路は、顎に手を当てて今見えたものの意味を考え始める。

 彼が使った魔道具マイトで見聞きしているのは、その場にいた人や物に触れた人の心の声と姿。強く考えていたことがあるほどその姿はハッキリして声もしっかり聞こえる。逆に薄い感情しか持っていなければ、路上に複数見えていたような人だろうという形しか見えず声も大して聞こえない。
 姿も見えず声も聞こえないことはありうるが、それは時間が経ち過ぎている場合だ。人を誘拐したような人物の心の声も姿も全く見えないというのは異例中の異例といえる。通常であれば、次にすべき行動を考えていたり、見つからないかどうかという不安を抱いていたりするものである。

「なんかわかったのか?」
「……もう少し調べてから連絡します」
「わかった」

 三科はそれ以上聞かず、幸路をその場から遠ざけ鑑識班に作業を再開させる。聖たちの方へ戻りながらも、幸路は三科が見たことがない複雑な表情をしている。

 性格の好き嫌いはあれど、三科は幸路の実力を疑ってはいない。いつも灯真に依頼するのは人間的に彼の方が好きなだけだ。調査という点においては十二分に信用できる彼がそんな顔をするということは、予想外の情報を得て迷っているのだろうということは容易に想像がついた。

「どうでしたか?」

 幸路が帰ってくるのを待ちながら、蛍司と聖はスマートフォンで地図を表示しながら犯人が逃げた方角の確認をとっていた。
 聖に声をかけられていることには気づいているものの、幸路は何も答えず悩んでいる。今まで教わってきたこと、経験から学んだこと、記憶の中にある知識を掘り返して先ほど見えた現象の意味を考える。

「ローフィネムォン レゲンベル……」

 頭の中に浮かんだその名を、幸路は小さな声で呟いた。

「紅野さん?」
「……事務所に戻って色々調べないと何とも……もう少しこの辺りを調べてみようと思います」
「わかりました。じゃあ自分は男の行方を追ってみます。今ならまだ、かろうじて見えているので」

 聖の目には、レンズ越しに男が逃げた方角に向かって2本の薄く光る線が映っている。よく見ればその線は、細かな粒子が集まって出来たもの。他にも4本の薄い線が見えており、それらは全て蛍司の手足につながっている。

「どこまで追えるかはわかりませんが、明日また情報共有しますので」
「わかりました。気をつけてくださいよ」
「危ないことには足を突っ込まない主義なので。国生さん、今度ドルアークロに伺わせてもらいますよ」
「いつでもどうぞ」

 ニッとさわやかな笑顔を見せた聖は、手を使わずに歩道の柵を軽々飛び越えると、道路の反対側へ渡り犯人の逃走した方向に向かって走り去っていった。

「どの口で言ってんですか……」

 調査機関ヴェストがインとは違い、聖たち法執行機関キュージストは魔法使い同士の戦闘もこなさなければいけない、魔法使いたちの中で最も危険なことをしている集団といえる。法執行機関キュージストで働くことを目指すものたちは、危険な仕事であると理解してそれでもそこで働くことを夢見ている。言い方を変えれば、自ら危険な現場に向かっているともいえる。
 
 聖の言葉は、実際に働いている捜査員のものとしてはまるで説得力がない。そんなことを思いながら幸路が肩を竦めていると、救急車がサイレンを鳴らしながら病院に向けて発進し、その後ろから赤色灯をつけた警察の車が1台追走していく。
 
「国生、そろそろいいか?」
「あ、はいはい」

 光秀たちが病院へ向かったのを確認した三科が、再びブルーシートで囲まれた現場へと戻ってくる。蛍司はさきほど署で話を聞くと言われたことを思い出す。

「国生さん、近日中に事務所の方に来ていただけますか?」
調査機関ヴェストガインの事務所に?」
「ええ。こちらで作成した報告書に間違いがないか確認していただきたいので。こちらから改めて連絡をさせていただきますので、それ以降で都合の良い日を」
「そういうことなら、ドルアークロの方に連絡をいただければいつでも」

 そういって蛍司は、三科に案内され路上に止められた警察車両の後部座席に乗り込む。三科は残った他の刑事に指示を出すと、蛍司の乗った車の助手席に乗り込み警察署に向けて車を走らせた。

 残された幸路は、現場を調べている警察官たちの邪魔にならぬよう静かに立ち入り禁止エリアから出て行くと、犯人が歩いてきたという道の方へと足を運ぶ。

(あの声の感じからして、家に帰る途中だったのは間違いない)

 目指すは明希が駅から向かっていた稲葉家。住所はネフロラジャパンの社員情報からすでに確認している。駅前を通り過ぎ、スマートフォンで光秀の家までのルートを調べる。

「まさか……な」

 先ほど浮かんだ名前が再び頭をよぎり、幸路の足が止まる。ローフィネムォン レゲンベル……その意味は、《4人の復讐者》。ある魔法犯罪者が名乗っていた名前である。
 
 5年以上前に海外で起きた事件で、幸路は動機や逮捕された後の発言に興味を持ち犯人のことを調べたことがある。その情報の中で、犯人の魔法が明希と非常によく似た状態を作り出せることを彼は思い出した。しかし、その事件の犯人はすでに逮捕されているし、仮に釈放されていたとしても日本では彼が行動する理由がないことも幸路は知っている。なにより、魔法であれば発光結晶ルエグナが反応するはずである。

「今日は徹夜か」

 頭に浮かんだ過去の事件との関連性はわからないが、魔力残渣ドライニムが消えないうちに手がかりを掴まなければ話は進まない。肩を落としながら幸路は再び足を動かす。しかし、前に進むにつれて彼は笑みを浮かべギラギラと目を輝かせる。

(この事件、絶対に解決してやる。相手が誰だろうと)

 今回の事件は、世界的に見てもここ数年で一番大きなものに違いない。解決することができれば、魔法使いの世界で名前が知れ渡る。そんな思いが、幸路の心を奮い立たせていた。


* * * * * *

「ずいぶん大きな騒ぎになってるようだが、どうする気だ?」 

 大通りを挟んで駅の反対側から警察の様子を伺っている男が一人。灰色のマスクをつけたまま、どこかと連絡を取り合っていた。少し離れた位置にはテレビ局のカメラが撮影しやすい位置を陣取り、現場の状況を捉えようとしている。

『逃げ切れませんかね……』
「難しいだろうな、相手はあの岩端の長男だ」
『そうですか……まあ、アレが捕まらなければどうにでもなるでしょう。お願いできますか?』
「最初からそのつもりなんだろう」
『もちろん。あなたのことは信用していますので』
「なら、こっちのやり方でやらせてもらう。文句は言うなよ」
『わかっていますよ。よろしくお願いしますね』

 男は手に持っていたスマートフォンをタップして通話を切ると、フンと鼻で笑いながら着ているジャケットの胸ポケットに入れて足早にその場を後にする。事件現場を遠目から撮影しているテレビスタッフたちを避けながら彼が向かう先は、犯人を追いかけていった聖と同じ方向であった。 

* * * * * *
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