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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第70話 人形の涙

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 だがその間にイルマタルが立ちはだかった。腰に佩いた太刀の柄に手をかけている。

「ネモレンシス陛下。ここからお通しできません」

「邪魔だ!取り押さえろ!!」

 エヴェルトンは近くの兵士たちにイルマタルの捕縛を命じた。兵士たちは武器を抜いて、イルマタルに襲い掛かった。だが。

「光栄に思いなさい。これが斎后聖下からお褒めの言葉を賜った剣技の冴えだ。我が剣に倒れることを一生の誇りになさい!!」

 それは一瞬だった。襲い掛かった兵士たちはイルマタルの目にも止まらなぬ超高速の抜刀によって、一人残らず斬られて倒れた。加減はされており、全員軽傷で済んでいるが、戦闘不能状態だった。

「安心しなさい。私は強い。あなた方を一人残らず、殺さずに無力化してあげよう。どうぞ挑んでくるといい。いい経験になると保障しよう」

 にっこりと楽し気に笑うイルマタルに兵士たちは凍り付いたように動けない。

「っち。アエディリスは伊達ではないか…だが通させてもらう!!」

 エヴェルトンは剣を抜き、イルマタルに斬りかかる。

「…本当に愚かだ…。私に挑むような気概があるのに…なぜジョゼーファを閉じ込めるような事をするのだろう…ああ、残念だ」

「女のお前にはわからん!父親の気持ちなんてものはな!!」

 二人はホームの上で切り結ぶ。イルマタルの超絶の剣技に対して、エヴェルトンは見事に食らいついていた。

「だが私には娘の気持ちはわかる。父に裏切られた娘の気持ちがよくわかる!!お前はジョゼーファを売り払った!エゴの為に売り払ったんだ!」

「幸せを願っただけだ!!わたしは…俺はもう金枝に大切なものを奪われたくないんだ!!だからアルレネに託すと決めた!」

「ジョゼーファは自分の足で歩けるのにか!笑止!貴様のやり方にはジョゼーファへの蔑みが隠れてる!」

「あの子に何が出来るというのだ!!軍を率いても!自分で銃を撃てても!女に自分の身を守ることなんて出来やしない!出来やしやしないのに!」

「それはお前の目が曇っているからそう思うだけだ!」

「俺が一番ジョゼーファを知っている!だから閉じ込めるしかない!危なっかしいんだよ!あの子は優しすぎるんだ!だから無理だ!金枝の運命には絶対に耐えられない!」

「耐えるのではなく、あの子は金枝の運命を超えるんだ!なぜあの子を信じてやらない!」

「女は裏切るからだ!!自分の身を犠牲にして…みんなを守って…そして俺の前からいなくなる…嫌だ!ジョゼーファにはそんなことをさせない!絶対にさせない!ジョゼーファを金枝には絶対に捧げさせない!!俺の娘は誰一人として生贄にはさせない!!どけ!!」

「くっ!手加減できない!覚悟!はあああああああ!」

 イルマタルはエヴェルトンの剣を払い、体の正面に太刀を振り下ろす。

「ぐぅううううううう!」

 エヴェルトンは切り裂かれた胸を抑える。血が派手に噴き出していたが、それでも致命傷にはなっていなかった。剣を杖代わりにしてエヴェルトンはその場に立ち尽くす。

「頼む。ジョゼーファ。そいつらと一緒に行くな。何を吹き込まれたかは知らない。どうせ耳障りにいい言葉を聞かされたんだろう?お前が世界を救うんだなんて綺麗な言葉を。だめだ。そんな言葉に耳を貸すな!ウィルビウスはお前を生贄にする気だ!だから行くな!俺がお前を守るから!俺の力が足りないならばアルレネもいる。頼む。ジョゼーファ行かないでくれ!行くな!行かないでくれ!俺をもう置いていかないでくれ!!ジョゼーファ!!」

 エヴェルトンは涙を流しながら、ふらつく足でゆっくりと銀髪の少女の方へと歩いていく。そして銀髪の少女の頬に手を伸ばした。だがその手は頬に触れたと思ったら、そのまま顔を突き抜けてしまった。

「え…ARアバター…?ジョゼーファじゃない…ジェーン・ドゥなのか…?」

「ええそうですよ!!エヴェルトン!!」

 エヴェルトンの目の前の少女は、青いブレザー軍服を纏ったジェーン・ドゥにその姿を変えた。

「どんな気持ちですか!家出した娘に捨てないでと泣いて縋ったと思ったら別人だった気持ちってどんな気持ちですか!!!いえええええええええええええええいいいいいいほぉおおおおおおおおおおお!!ざまぁああああああああああああああああみろぉおおおおオおおおおエヴェルトン!おほほほほほほ!!!!」

 ジェーンはたった一人、楽し気に笑い続ける。そして心底ウザそうな笑みを浮かべ、エヴェルトンに顔を近づけた。

「ジョゼーファなら今の騒ぎの隙をついて、汽車に乗ってこの街をもう離れましたよ。これは全部作戦だったんです。あなたの目を騙すためのね。ううん!うまく作戦に嵌ってくれてジェーン・ドゥはすごく気持ちいいですよ!これが人にざまァする快感なんですね!最高ですね!あなたみたいな騎士気取りのエゴイスティックなパターナリストがみっともなく女に縋るのを見るのはたまりませんねぇ!!ざまぁ見ろエヴェルトン!!お前が負けたのは、女を甘く見たからだ!!女には何もできないと高を括ったからだ!だからお前は娘に逃げられたんだよ!ばーか!!」

「ジェーン・ドゥ!この世界の管理者気取りで、また俺から大切なものを奪うのか!!」

 エヴェルトンは痛みを堪えながら、必死でジェーンを睨んでいる。2人は睨み合い互いに怒鳴り合う。

「奪ったのはあなたの方だ!!ジョゼーファから誇りを奪った!あの子は自分で力を蓄えて運命に挑んだのに!その気概を奪ったんだ!」

「奪ってなどいない!俺は何もかもを与えた!王様になんてならなくていいようにすべて与えたじゃないか!お姫様にしてあげた!そして未来の女王様だ!それの何が不満なんだ!女ならみんな欲しがるものだろうが!なんで満足できないんだ!」

「彼女は自分の手で玉座に手を伸ばせる!!与えて縛るなんて必要ない!」

「縛らなければあの子は何処までも昇っていく!天に至れば地上に帰ってこれないのに!なのにあの子は玉座に手を伸ばした!なら縛るしかないだろうが!!」

「それがエゴなんだ!!信じてあげてよ!!どうして女の子を信じてあげないの!!一方的に守るなんてありえないよ!あの子は自分の力で出来ることがいっぱいあるのに、どうしてその可能性を信じてあげなかったの!エヴェルトン!お父さんなんだよ!娘の事を信じてあげてよ…」

「そうしてどうなるというんだ…ジェーン…。お前だって何度も裏切られてきただろう?みんなそうだったはずだ。女の子は危なっかしいよ。いつも一人で抱え込んで、そのまますべてを手遅れにしてしまうんだから」

「そうはなりません。私はジョゼーファの覚醒のタイミングに希望を見出しました。本来ならばジョゼーファはアドニスを地上に繫ぎ止めるための鎖になるはずだった。女神という天上の恋人である甘い夢。それに溺れさせないように金枝が用意したのが、ジョゼーファという地上の花嫁。ですがその予定調和は崩れ去った。彼女は英雄の妻にいたるヴァージンロードから足を踏み外したんですよ!自分の意志でね!そうです!彼女は憎んだ!足元にあるヴァージンロードを!定められた運命から逃れようと足掻き始めた!きっと多くの女が口では嫌がりながらも、地上最大の英雄の妻になる道を喜んで選ぶでしょう。だけどあの子は英雄の妻になることを望まなかった!そうですよ!王子様に選ばれることを喜んではいけない!自分が王子を選ぶ側なんだって女の子は思い上がってもいいんですよ!彼女は呪いを超えたんです!金枝の定めた呪いを超えて自由意志の旅に出た!これは希望の旅路です!ジョゼーファこそが金枝の呪いを踏破する初めての女になる!いいや違う!金枝を征服する王様にジョゼーファならば、きっとなってくれる!私はそう確信した!エヴェルトン!あなたの娘が運命を超えるんですよ!だからその邪魔をしないでください!」

「そうはいかないな…。俺はお前の様に能天気には構えられない」

 エヴェルトンはジェーンから体を離す。そしてホームから去っていこうとする。

「私が能天気に見えますか?違いますよ。私は命令を守り続けてるだけです。旧人類からお前はいつでも笑ってろと命じられたから笑い続けてるだけです。あなたがジョゼーファにそう命じたようにね。女、舐めんじゃねえぞ。エヴェルトン。ジョゼーファはお前には絶対に渡さない」

「吠えてろ人形風情が。俺は男としての義務を果たすだけだ。男として女を守る。娘を守るんだ…」

 兵士たちに介抱されながら、エヴェルトンはシャルレスたちの前から去って言った。

「ねぇシャル?…シャルは私のことを信じてくれますか?」

 ジェーンは悲し気な声でそう呟いた。

「信じて無きゃ、今頃君の事を止めてるよ」

「ふふ。そうですよね。…悲しいなぁ。どうしてみんな互いの事を考えてるのに、どうしてこうもすれ違ってしまうんですか?私はスーパー凄いAIのはずなのに、かつての仲間のエヴェルトンもアルレネも説得できなかったんです。言葉が届かなかった…」

「そりゃ君が人間だからだよ。ジェーン。君が人間だから言葉が届かなかったんだ」

「…ははは。一万年近く生きてきて初めてそんなこと言われましたよ。アハハ…ううっ…ぐすっ…あれぇおかしいなぁ…アバターがちゃんと制御できないよ…どうしてなの…」

 シャルレスが涙を流すジェーンの肩に腕を回す。ARだから互いに触れ合っているわけではない。だけどジェーンにはそれが温かく感じられた。
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