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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第56話 彼女はまだ罪に気づかない

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逆にルイカは人生最大のピンチを迎えていた。女の子を助けに来たはずなのに、逆に自分が罠にかかっている。こんな間抜けな展開にルイカは屈辱を感じていた。

「ごめんあそばせ!突然ですが募金にご協力いただけませんかですの!募金していただいたお金は様々な福祉活動の資金となりますの!ジョゼーファ二重女王記念福祉財団への寄付をお願いいたしますの!」

 声のする方へ振り向くと、そこには灰色がかった銀髪の少女がいた。

「ジョゼーファさん…?にしては小さいね」

 ソファ席の目の前にジョゼーファそっくりの幼い少女がいた。よく見ると瞳の色は青い。

「ジョゼーファ姉さまはわたくしのお姉さまですの!わたくしはベアトリス・アイガイオンですの!お姉さまのお手伝いのために募金活動のお手伝いをしていますの!」

 まだまだつたないお嬢様言葉で、自己紹介するミニジョゼーファことベアトリスに可愛らしさを感じた。周りの席にもベアトリスと同じくらいの年頃の子供たちが募金をたかっているのが見えた。どうやらパーティーのチャリティーイベントの一環のようだ。

「へえ。可愛いね。偉いね。わかった。お兄さんが協力してあげるよ」

 ルイカはベアトリスの頭を撫でながら、財布を取り出し、中から帝国が発行する金貨を何枚かだして募金箱に突っ込んだ。

「帝国園の金貨ですか!?ありがとうございますですの!お礼にあなたには一番大きなピンバッチを差し上げますですの!」

 ベアトリスはカバンから大きなピンバッチを取り出した。そしてルイカの膝の上に腰掛ける。学生服の胸元にアイガイオン家の紋章がついたピンバッチをつけてやった。

「とてもお似合いですわ!」

「ありがとうベアトリスちゃん」

「お名前をお聞かせください!高額の募金をしてくださった方は叙勲の対象となりますのです!お父様陛下から勲章が貰えるのですの!慈悲深き騎士様!お名前を!」

「僕は名乗る程の者じゃないよ」

「そんな…。わたくしはあなたさまからお名前をお聞きすることもできないのですか…」

 ベアトリスは悲しそうに俯く。それを見てルイカは少し焦ってしまい。

「カンナギ・ルイカだ。よろしくねベアトリスちゃん」

「カンナギ・ルイカ様ですね!ありがとうございますですの!」

 ベアトリスはバックからノートを取り出して、『か ん な き る い か』とひらがなで名前を書きとった。点々を書き忘れているし、なんなら変に隙間が空いているのも可愛らしかった。

「カンナギ・ルイカ様。うふふ。これできっとお姉さまはわたくしを一番褒めてくれますの!」

「どういたしまして」

 ベアトリスは子供らしい無邪気な笑みを浮かべてルイカにじゃれている。だがそこへとても冷たい声が降ってくる。

「ベアトリス殿下。すぐに他の人の所へ行って金を回収してくるのがよろしいかと存じます。あなたの仕事はお金をより多く集めることです。王族のブランドと威光を効率よく使うのがあなたの仕事です。一所に留まるのは甚だ不効率と言わざるを得ません。すぐに新しい人の所へ行くべきです」

 ラフォルグ中尉がベアトリスのことを酷く冷たい目で見降ろしていた。ルイカのような歴戦の戦士であってさえ恐怖を覚えるような眼差し。よく耳を澄ますと、あの女狐姫はやっぱり色目を使ってくるのか、とぼそぼそと呟いているのが聞こえた。

「ふえ?お姉さまの方はわたくしに何か御用ですの?」

 ベアトリスがかけられた声の主であるラフォルグ中尉の方へ顔を向けようとする。

「おっと!ベアトリスちゃん!そろそろお兄ちゃんはこのお姉ちゃんとイチャイチャしたいんだ!ここから先は大人の時間だ!お子様は見ちゃダメー。あはは」

 ルイカはふざけるふりをしながら、ベアトリスの目を手で塞ぐ。

「あらやだ!まっくら!ねえ大人のイチャイチャってどんなことするんですの!?大人の時間で殿方とレディは何をしてるんですの!?教えてくださいまし!」

 ベアトリスは目を塞がれながらも、この悪ふざけを楽しんでいた。良かったとルイカはほっと息を吐く。もしも今目の前のラフォルグ中尉の目を見たら、子供にはトラウマになりかねないほどの恐怖を植え付けかねない。

「ラフォルグ中尉。募金イベントが始まったってことはそろそろパレードの時間です」

 このラフォルグ中尉の豹変を見逃せなかったのだろう、ファビオが助け舟を出す。その隙にルイカはベアトリスを離して、手を振ってさよならした。ベアトリスはニコニコ笑顔で手を振ってから別の席のお客さんの方へ行ってしまった。

「ファビオ。今や愛しい人に見詰められるという目的を達成したのだ。いまさらイベントに出る必要もあるまい?」

「中尉。むしろ逆ですよ。ここまでアプローチをかけられたのです。いいですか。今キスするよりも、あのバルコニーから下りてキスする方がずっとずっと素敵な気持ちになれますよ。ここでのキスは秘めた恋。ですがバルコニーを下りてきて、会場の皆さまの前ですれば、それは祝福された恋になります。どちらがより心を濡らしてくれるでしょうか?御一考ください」

 ファビオはラフォルグ中尉の耳もとに囁いた。それを中尉は頬を染めながら聞いていた。

「ファビオ。お前はいつも素晴らしい意見を具申してくれるな。私は良き友を持ったよ。これからも私のことを支え続けてくれ」

「いえいえ。それほどでもありません」

 ラフォルグ中尉はルイカの両手を握って言った。
 
「すまないなここで一旦お別れだ。私は仕事へ戻らなければならない。素敵な仕事なんだ。御願いだ。バルコニーの方を見ていてくれ。そしてそれが終わったら…あらためて私のことだけを見てくれ…ではまたな!ルイカ!」

 ソファから立ち上がり、ラフォルグ中尉はバルコニーの方へとヒールをコツコツと鳴らしながら歩いていく。

「…名前…覚えられちゃった…ふぅ…どうしよ…」

 ぼそりと呟いて、溜息を吐く。
 
「まあドンマイ、カンナギ・ルイカさん!しかしまさかこの人が姐さんの…。…世界は狭いなぁ…三角どころか四角?勘弁してくれよ…まあいい。今は忘れよう。もっと大切なことがあるんだからな」

 ファビオはルイカの顔を見ながら、なにかよくわからないことをぼやいてから、中尉を追いかける。これでやっと解放された。
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