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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第8話 誤解に飲まれること

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「カルメンタ!大丈夫か!?」

 さっきまで私のスカートの後ろに隠れていたメネラウスが、カルメンタに駆け寄りその体を抱きしめる。

「え?キモいからやめてくれない?放して」

 だがカルメンタは恥ずかしがっているのではなく、本当に嫌そうな冷たい声でメネラウスを拒絶した。
 両手でメネラウスを押しのけたのだ。

「カルメンタ!お前の気持ちはわかる!家のためにお館様に従わなければならないその辛さはよくわかる!だがもう大丈夫だ!お嬢様が権力を得た日にはお前はお館様の呪縛から解放されるんだ!もうすぐの辛抱だ!待っていてくれ!必ず助け出す!」

「あんたはマジで私をあの人から引き離すためにこんなバカ騒ぎに加担したの…?信じられないバカなのね…気持ち悪い…あり得ないわ…エヴェルトン様になんて言ったらいいの?」

 …あれぇ?これの反応はいったい?カルメンタは私の父に見初められて強引に側室にさせられた。そうメネラウスは言ってるし、世間も噂してる。原作でもメネラウスはたびたび主人公にそう言っている。
 だけどカルメンタの様子を見るにどうにも引っかかる。

「あの…すみません。カルメンタ様。ちょっといいですか?」

 私の横で静かに事の成り行きを見守っていたラファティがカルメンタに話しかけた。

「何かしら?」

「カルメンタ様は辺境伯閣下に強引に迫られてしまって断れなかったって噂ですけど、本当ですか?」

 その質問を聞いて、カルメンタは少し頬を染めて、自分の体を抱きしめながら答える。

「ええ、そうなの。何にも知らなかった私に彼はゴウインに迫ったのよ…。あれはカドメイア州の社交パーティの夜だったわ。いつも通り鬱陶しい兄を振り払って私はバルコニーで涼もうと思ったの。そうしたら彼がそこにいたわ。ヘリに腰掛けて一人その風景を見ていた。いつもは力強く凛々しい王様の顔をしているのに、あの時だけは何処か寂し気で儚いものだったの。私はそんな悲しい顔をこれ以上見たくなくて、つい話しかけてしまったわ。そうしたら彼はふっと優し気に微笑んでくれた」

「ああ…ちょっとわかるー。辺境伯閣下ってなんか影があるんですよね。母性を擽られるって言うか。ぎゅっとしてあげたくなる感じ」

 なんかラファティはうんうんと頷いていた。

「え?ラファティは影がある男が好きなんですか?ないわー」

 父になにか影があるのは知ってる、でもどうせ絶対ロクでもない影に決まってる。女にフラれてとかね!ちなみにその影で出来た地雷を踏んで泣かされるのはいつも私だ。だから影がある男が好きとか私には無理だ。実際カンナギとかも二万年分の影があるね。なるほど影がある男の匂いに釣られているのか…。

「はは、駄目男好きよりましですよねー。すみません、カルメンタ様。続きをどうぞ」
 
「そしてあのバルコニーで私たちは色々なことを話したわ。彼は私を子ども扱いしなかった。だけど私の話にまるで子供みたいに一喜一憂してくれて。とても素敵だったわ」

「わかるー!めっちゃわかるー!ころころと表情変わるの見るの楽しいのめっちゃわかるー!」

 なんかラファティは体をクネクネと揺らしてる。自分の恋愛のことを思い出してるみたい。でもさ、口には出さないけどカンナギって前髪めっちゃ長いじゃん?顔の半分隠れてるじゃん?表情変わってもわからない気がするんですけど…。

「でも素敵な時間は長くは続かないものね。すぐにメネラウスのアホバカシスコンくそ兄貴が来て連れ戻されたわ。…でもね。その時私、指輪を落としちゃったの」

 カルメンタが指輪を落としたと言ったとき、口元がまるで獲物を仕留めたハンターの様に歪んだ。

「その日。私が泊っていたホテルの部屋。その窓を叩く音が聞こえた。彼はわざわざ壁をよじ登って私の部屋まで来たの。『落とし物を届けに来たよ。入れてくれるかな』ってね」

「いやーん!素敵!なにそれ!」

「そして私は何も知らないお嬢さんだったから彼を部屋に入れてしまったわ…。私初めてだったのに…強引に…奪われてしまったの…」

「きゃー!きゃー!きゃーーー!わたしもそういうのがいいです!」

 強引の定義って何だろう?哲学的な問いだろう。なるほどこれは恋の駆け引きだ。お互いに言葉はない。だけどサインを出し合いながら、心を触れ合わせて、結ばれる。
 ラファティは楽し気にぴょんぴょん跳ねながら聞いているが、私は若干気分が悪い。父親の生々しい恋愛事情なんて聞きたくなかった。親のセックスを目撃してトラウマになるという子供の気持ちがすごくよくわかる。
 ポジティブに考えよう。父親は権力を笠に着て女を手籠めにするような卑劣な人ではなかった。それが確認できただけでよかった。うん…。

「ちょっと待て!今の話にはどう考えても2人の間には明白な同意があったとは言えない!つまり逆説的に考えてお館様はカルメンタに無理やり関係を迫ったと言える!つまり有罪だ!ギルティ!」

 メネラウスがすごく鬼気迫る顔で出鱈目すぎるロジックを主張した。悲しいよ、いつもの明晰なお前はどこへ行ってしまったんだ?そして女性陣二人はまるで生ごみを見るような目でメネラウスを睨んでる。

「「キモ…」」

「ぐはっ…!カルメンタ!やめてくれ!私はお前のことが心配なんだ!」

 うん。メネラウス。残念ながら私もキモいって思うよ。もう勝ち目ないよこれ。エロゲー乙女ゲー。すなわちヴィジュアルノベルという分野ではときに落とし穴がある。キャラクターたちの主観の語りには嘘や願望が混ざるのだ。あるいは誤認。メネラウスは自分に言い聞かせていた。カルメンタは奪われたのだと。実際そういう噂は私も聞いていたしね。カルメンタも控えめというか、ある意味マウント取りみたいに、強引に迫れられて…とか言ったんだろう。同じ女ならそれを聞いても、モテ自慢かよ、くらいでスルーされて終わり。メネラウスはそれを聞いて、自分に都合のいい方へ思い込むようにした。妹が自分の意志で男を選んだという事実にシスコンは耐えられなかった。…なんだこの真相。くだらねー。

「メネラウス…。あなたにとっては酷なことですが、2人にはちゃんと愛があるようです」

「認められません!私はずっとカルメンタを守って来たんです!下種な親戚からも他の豪族共からも!なのに私に何も言わずにお館様のところへ行った!何も言わずに!」

 メネラウスの人生はけっこう悲惨だ。原作でも語られていたし、私自身も父から色々聞いている。ボルネーユ家は彼が幼いころに内紛を起してる。妹のカルメンタは昔からその美しさで有名だったのでその身柄をよく狙われたらしい。宗家の嫡子に生まれたメネラウスは気弱で役立たずの両親に代わって、幼い身で領地と家族を親戚や周辺豪族から守り切った。父はこの利発な幼い少年を見込んで支援したそうだ。

「メネラウス。あなたの頑張りは聞いています。幼いながらもあなたは御家と家族を守り切った。だからこそ父はあなたのことを実の息子の様に思っています。ですが男女が惹かれ合うことは普通のことです。メネラウス。今すぐに2人を祝福しろとはいいません。ですが事実は捻じ曲げずに認めなさい」

「ですが!」

 彼は悲しそうに眉を歪めて食い下がる。聡明な彼はわかってる。自分の方が悪いって。でも感情はついてこない。それは私にはよくわかる。ついこの間のことだ。それをよく思い知った。

「メネラウス。わたくしも異性に傷つけられました。だからあなたの気持ちはよくわかる。お願い。わたくしがあなたをわかってあげるから、今は事実を認めなさい。つらいなら頭くらいは撫でてあげるから。だから今は耐えなさい」

 私はメネラウスの震える手を握り、背伸びして頭を撫でる。甘いかなって思う。これはメネラウスのわがままだ。だけどそれを抱えたままは可哀そうだ。

「私は…。ゥう…」

 メネラウスは泣きはしなかった。だけどしばらくの間体を震わせた。




 メネラウスは少しして落ち着いた。ほんの1,2分くらいで回復してくれた。

「では兵士の皆さん。ビルを包囲してください!決して誰も中から出さないように!出てきたものは捕らえるのです!いいですね!」

「「「了解!」」」

 兵士たちは私の命令に従ってビルの周囲を取り囲む。この光景を見てカルメンタはぎょっとした顔で私に駆け寄ってくる。

「お嬢様!?何をする気ですか?」

「何って、これから父とお話をします。もし決裂した場合、わたくしは父を拘束します。あなたもそれなり以上の家の娘ならわかりますよね?婚約破棄をされた娘の末路」

 婚約破棄を男から言い出す。前世の現代社会ですらそうだが、そういう場合非難の目は女に向きやすい。破棄されるなんてよほど性格が悪かったんだ。なんてことを現代人さえのたまう。別に婚約に限らない。男から女をフるっていうのは、女によほどの問題があると同じ女でさえ思うものだ。その個々の事情を人は鑑みない。男が女をフるっていうのはそれくらい重い出来事で、攻撃になりうることなのだ。

「それはわかりますが…。お館様はお嬢様を責めることはないはずです。お優しい方ですから」

「抱ける女には優しいでしょうね?ですがわたくしは彼の娘です。つねに優しいとは限らない」

「それは…いくらなんでも…あんまりではないかと」

「それにエレイン州のこともあります。親子ですが、すでにわたくしと父は別の勢力です。決裂は十分あり得るでしょう?」

 この混乱はピンチだが、同時にチャンスでもある。私はエレインで学んだ。行動にしか結果はついてこない。そして案外なんとかなってしまうものだということも。このどさくさなら父を幽閉に追い込んでも誰もその咎を責められない。あとは王太子が仕掛けてくるだろうトラップさえ超えれば、カドメイア州の支配権は私のものになる。だからそのための準備に手を抜くことはない。

「止めないでください、カルメンタ。では皆さん!これより父と交渉に入ります!メネラウス、ラファティはわたくしについてきなさい!他の者はこのビルに誰も近づけさせるな!」

 私は大声で指示を出し、エントランスをくぐろうとした。その時だ。

「あの、お嬢様。お館様はビルの中にはいません…」

 肩透かしな言葉が投げかけられた。

「はい?いない?ならどこに?」

「お館様は州軍をつれて、ニュルソス川に向かいました」

「ニュルソス川?!馬鹿な!あそこは王家直轄地とカドメイア州の境ですよね?!なんでそんなところに!?いつ出たんですか?!」

「昨日でました。お嬢様からの伝令が来てすぐに出陣なされました。目的はわかりませんが、アイガイオン家の名誉を守る為でしょう」

「昨日?!鉄道を使えばもう着いてる?!なんでそんなことを?!何を考えてるんですか父上!?」

 私はあまりの事態の展開に叫ばざるを得なかった。父はもっと冷静な人間だと思ってた。なのに軍を連れて飛び出してしまった。私はあまりの軽率な行動に頭を抱えてしまった。
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