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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第6話 新たなる戦の予感

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 婚約破棄された翌日。
 帰り支度を整えた軍を州都エレインの郊外に集結させた。
 整列した兵士たちは私の言葉を待っている。
 私は彼らの前に歩み出て。

「諸君。兵士諸君。既に君たちも知っている通り、大変遺憾だがわたくしは王太子にフラれた!惨めな女だと笑ってくれていいぞ!」

 一応一晩明けて自虐ネタを振るくらいの元気は戻って来た。とは言えこの発言を前に笑う兵士は一人もいない。
 だが誰かが声を上げた。

「御名代さまー!なら俺とつきあってくださーい!絶対幸せにしてやるー!」

 その声に続き他からも声が響いてくる。

「なら俺もだ!結婚してくれー!」「王子にフラれても俺がいるぞー!」「御名代さまに恋していいですかー!」

 あちらこちらからノリのいい叫びが聞こえてくる。人生最大のモテ期かも知れない。不思議だなぁ、すごく心地がいい。
 もう少し聞いていたいが、私は手を上げて彼らの声を鎮める。 

「ありがとうみんな。だが皆も知っているとおり凹んでいる女は落ちやすい。わたくしはみんなの気持ちには誠実に向き合いたいので、今日の所はお断りさせてもらう。…本当にありがとう」
 
 兵士たちは私の言葉を静かに聞いてくれた。でもそれは白けているとかではなく、どこか暖かな雰囲気に満たされている。

「さて。これで失恋にはケリがついた。だがこれは残念ながら新たなる戦いの始まりに過ぎない。諸君らもすでに感じているだろう?このきな臭い流れを!」

 ある程度感がいい奴なら何かが起きると思う。うちの兵士たちは争乱のベテランだ。戦の予兆を嗅ぎ分ける。

「王太子はわたくしをフるくらいだから女を見る目はない。だが遺憾なことに馬鹿ではないのだ。わたくしは昨日、婚約破棄する彼の目に野心の炎を見た。若い男が一度は見る英雄願望。彼は己が野望故にこの国に火を放たんとしている」

 彼の目に何が宿っていたのか、今となってはわからない。ならいっそそれは野心であって欲しい。荒々しい男のエゴ。女の張り込む余地のない夢。そうであってほしい。それならば私がいらない理由であっても仕方がないと思えるから。

「かつて彼はわたくしに探りを入れてきたことがある。ある土地の話だ。彼はわたくしと結婚すれば、その土地が手に入ると思っていた。そう、君たちも知っている。ムルキベルだ」

 ムルキベルの名が出た瞬間、兵士たちがざわざわと騒ぎ始める。彼らも合点がいったのだろう。
 この国で野望を持つならば、ムルキベルを手中に入れようと欲するだろう。

「わたくしはその探りを躱した。わたくしがいる限りあなたにはあげませんと遠回しに伝えた。なるほど。ならば納得がいく。この婚約破棄はムルキベルを手に入れるための陰謀の口実になる。王太子はなるほど賢い男だ、あの土地を手に入れられば彼はこの周辺一帯の覇者になれる。遺憾だよ。女神の垂らした甘い蜜と比べられたなら、流石のわたくしも男を引き留めてはおけない。それは女神への不敬になってしまうのだから、人の身であってはどうしようもない。なるほど彼は懸命だ、愛よりも権力を選べる賢さがあった。ただ女を選ぶほどの情熱はないようだから、もはやこの婚約に未練はない。蜜月は終わりだ。わたくしは彼の甘い婚約者ではなく、苦い強敵となろう。わたくしは必ず彼の陰謀を砕き、カドメイアと君たちの富を守り切るとここに誓う!」
 
 嘘なんだ。こんな会話はない。でっち上げだ。
 彼は私の前で生臭い政治の話をしなかった。
 子供みたいな英雄譚や偉大な君主の伝承なんかを好んで話した。
 とくにメドラウト帝の話を好んで語っていた。今なら原作知識もある。
 メドラウトの話できっと楽しく盛り上がれる。
 …なぜ楽しかった思い出ばかりが浮かぶのだろう。
 あんな屈辱を与えられたなら嫌な思い出ばかり思い出せればいいのに。

「これはフられて家に帰る少女の護衛ではない!新たなる闘争の門出だ!叫べ!我らの新たなる敵の名を!」

『『『王国、許すまじ!』』』

「我らは父祖より与えられた栄誉と富を守る先兵なり!さあ行くぞ諸君!我らが故郷カドメイアを救いにな!」

『『『『カドメイア万歳!御名代様万歳!』』』』

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』』』』

 私たちは叫ぶ。ありったけの声で叫ぶ!戦いへの期待と高揚、そして未来の不安を消すために。
 声が枯れるまで叫び続けた。


 演説を終えて、車に乗り込もうとした時、声を掛けられた。

「よう、お嬢さん」

 振り向くとそこにはヴァンデルレイとカンナギ、それとギムレーがいた。
 男2人は微かに笑みを浮かべていたが、ギムレーは私にすごく嫌そうな視線を向けていた。
 
「カドメイアに帰るって聞いて見送りに来た。あんなことになって本当に残念だ。また戦いになるんだろうけど、個人としてはあんたを応援してる」

 ヴァンデルレイが私に手を差し出してきた。だからその手を握り返す。

「いいえ、こちらこそ。あなたの仕事は本当にいいものでした。それと昨日庇ってくれて嬉しかったです。ありがとうございました」

「そう言ってくれるのか。また何かあれば俺に仕事をくれ。いつでも待ってるよ」

 ヴァンデルレイはそう言って手を離して、下がった。

「ジョゼーファさん、昨日の手紙の件なんだけど」

 今度はカンナギが私の方へ寄って来た。
 すごいよ、こんなに近くにいるのに髪の毛が長すぎて目が合わないんだよ。

「はあ、あの手紙のことですか。それで?」

 読んでないよ。とはちょっと言いづらかった。
 だから曖昧にぼかすことにした。
 あの手紙は絶対読まない。
 だけど読まないことを伝えることに、抵抗感は覚えた。
 なんだかんだと私も女だから、どうしても男と話すときは遠慮がちになってしまう。

「うん。レポートの15ページに書いた君のお父さんについてなんだけど、例の懸念については君には実行が難しいだろうから僕がやっておく。大丈夫。僕も王宮には伝がある。必ずやり遂げて見せるから安心して」

 なんかよくわからないけど、自信満々にニチャアって笑ってる。
 そのキモさが私のメンタルにすごくダメージ入れてくる。
 だけど車の中のラファティと近くにいるギムレーは頬を赤く染めて悶えている。
 …だからさ!この!エロゲ仕草まじでやめろ!
 私にハーレムヒロインの素質はない!
 ニコポナデポはお断りさせていただきます!
 さてそれより重要な発言。王宮への伝。
 それはフェンサリルの妹のヴィルヘルミナのことだろう。
 彼女はフェンサリルとは折り合いがとても悪く、学園でも彼と同じクラスを避けてH組に入っている。
 夜な夜な王宮を抜け出しては、カンナギ邸に入り浸っている。
 よくよく考えるとすごいスキャンダルだな。
 でも放っておかれているってことが、王族特有の家族の闇を感じさせる。
 原作では優秀な兄と比べられること、さらには跡取りの兄と家をつぐことさえない、政略結婚の駒に過ぎない自分との待遇さ。
 そういったことで、かなり拗らせている。
 兄の婚約者である私へもかなりツンケンした態度だ。
 この状況でカンナギが何かを彼女にお願いしたら、まあホストに入れあげてる田舎娘並みに色々やっちゃうだろう。
 つまりこの状況でカンナギは何かをしでかすようだ。ただ私に不利になるような感じではないようだ。
 不確定要素強すぎて、正直な話やめて欲しいんだけど。
 そもそも女の話をまともに聞けるような奴はエロゲの主人公にはならないんだよね。

「そうですか。頑張ってくださいね」

 適当に流しておこう。
 何かあっても秘書が勝手にやりましたっていうノリで躱そう。
 現在の私の主要仮想敵はあくまで王太子のみ。
 私は一途な女だから他の男の動向に気をはらうことないんだ。
 正直手も回らないしね。

「ああ、まかせてくれ!これで借りは返したからね」

 そんなの気にしてたの?
 返してくれなくてもいいよ、一生悩み続けてくれてもいいくらいだ。
 
「そうですか。あなたに仇を売っておいてよかったですね。こんなところで恩になって返ってくるんですもの。ふふふ」

「そうだね。その通りだ。ふふふ」

 私とカンナギは二人で笑った。お互いやることがどう考えてもすれ違ってる。滑稽で少し笑える。

「売るのって恩じゃないの?ことわざ間違ってない?国語を勉強し直した方がいいんじゃないかな?ふふふ」

 なんかすごくアホっぽい突っ込みが入って来た。
 その出どころはギムレーだった。
 なんかドヤ顔してる。
 そうかそうかーでぃあすてぃまちゃんはかしこいんでちゅねーはなまるあげりゅー。
 
「ディアちゃん。今のは『恩を売る』と『恩を仇で返す』を掛けたジョークだ」

 ヴァンデルレイが今の私の発言について解説しはじめる。

「???ジョークなの?それって面白いの?」

 ギムレーは顎に人差し指をあてて首を傾げてる。 
 
「ディアちゃんには伝わらなかった。ルイカにはそこそこ伝わってた。人を選ぶってことでいいんじゃないかな?」

 やめて!ジョークっていうのは瞬発力なの!
 説明するって工程いれるだけでも冷めるし滑っちゃうんだって!
 このダダ滑り空間はきゃんせるさせてもらおう!私はギムレーに話を振る。

「ギムレーさん。あなたもわたくしに何か御用が?」

「え?別にないよ。ルイがいるから来ただけ」

 そっかー。そうだよなー。別に友達ではないしね。
 だけどそうはっきり言われると割と傷つく。

「あっでもね。男は星の数ほどいるから!一人にフラれたくらいで気にしちゃダメ!きっと今度はいい出会いあるよ!ドンマイ!」

「そ、そうですか。ありがとうございます…」

 ギムレーはなんかいいこと言った風なこと言ってるけどね。なんだろう。逆にきつい。
 だってこの女は二万年前からたった一人の男のみに恋し続けている恋愛ガチ勢だ。
 それこそ男は星の数ほどいるのに、カンナギ・ルイカただ一人の身を愛し続けてる。
 言ってることを本人が絶対に実践できないって時点で、アドバイスとしては駄目駄目だと思うの。
 もういいや。これ以上カンナギ閥の愉快な仲間たちといると頭が悪くなりそうだ。

「では皆さん。いずれまた会いましょう。それまでごきげんよう」

 私は彼らに向かってカーテシーして車に乗り込む。

「ルイ君ー!またねー!今度は2人っきりでね!」

 ラファティは車から顔を出してカンナギに可愛らしく投げキスした。
 そして車は出発した。
 私たちはエレインを後にし、新たなる戦場へ向かう。
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