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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第3話 ラスボスってのはたいてい仮面をつけてるもんだ

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 王太子が見えなくなってすぐに私はメネラウスとラファティを手招きして近くに呼び寄せる。
 2人は心配そうな顔で近づいてきた。ラファティは私の二の腕を優しく撫でながら問いかける。

「大丈夫ですか?辛くないですか?」

「ごめんなさい。大丈夫ではないです」

 2人の私を気遣う視線に居た堪れなさを感じて、思わず顔を伏せてしまう。
 そしてそのまま私は言う。

「メネラウス、ラファティ。まずは砂浜の清掃。安全確認ができ次第、観光客にビーチをすぐに開放すること。モンスターの発表は適当にでっちあげておいてください。それと共にすぐに伝令を父上に出してください。たった今起きたことをありのままに伝えて下さい。そして明日朝一でわたくしはカドメイア州に帰ります。今ここにいるカドメイア州軍の5分の1だけでいいので、帰り支度をさせてください。残りは引き続きエレイン州の慰撫に勤めるように命令を。あとヴァンデルレイさんにさっきはありがとうと伝えておいて」

 はっきりいってすぐにここから逃げ出したい。何処かで一人になりたい。だけど間違いなく情勢が動く。王太子は何かを始める気だ。一度カドメイア州に戻らなければならない。
 本当はすぐにでもかえるべきなのだろうけど、流石に今は無理だ。体は動かせても心がついてこないよ。

「お嬢様…。命令はわかりました。でも…辛いんじゃないですか?わたしは…」

「ラファティ。わたくしはホテルの部屋に戻ります」

「一人で大丈夫ですか?泣きそうなのに?」

 だめだ。泣いてはいけない。

「ううん。今は一人がいいです」

 私がそう言うとラファティは私から手をそっと離した。

「ラファティ。あなたの王子様は今傍にいます。その人との時間を大切にして」

「そんな…。わたしはあなたが心配なのに…」

 凹んでる女の傍で時間を無駄にするくらいなら、恋する相手と素敵な時間を過ごすべきだ。
 私はラファティに幸せになって欲しい。そしてそれを邪魔したくない。

「ディナーの時間になったら、迎えに来て。その時はあなたの好きな人の話を聞かせてね…」

 ホテルに向かって砂浜の上を歩く。

「お嬢様…!待って!」

 ラファティが追いかけてくるのを感じた。私は振り向かずに後ろに手を向けて、彼女を止める。

「あなたはわたくしみたいになっちゃダメ。チャンスは大事にして。お願いだから…」

「…っゥ…。わかりました…。またあとで…」

 悲しそうな声が背中の方から聞こえた。申し訳ないと思う。だけど今は返事をする気力さえなかった。
 私は負け犬らしくとぼとぼと肩を落としながらホテルへ向かった。


 作業している兵士たちの横を通るたびに敬礼されたが、返礼はできなかった。
 本来ならするべきなのに、ちっともできない。それくらい体が重く感じる。
 私ってこんなに打たれ弱かったのか。 
 そしてホテル前のプライベートビーチに辿り着く。
 私たちの使っていたパラソルとチェアが見えた。
 そしてそのチェアに見知らぬ女が寝っ転がっていることに気がついた。

「先ほどの戦い見事だったよ。とくに最後の足掻きがいい。アドニスの見せ場を見事に奪った。かっこいいよ、お嬢様」

 女は私の方に振り向きそう言った。
 だが顔は見えなかった。オカメの仮面を被っている。
 女はチェアから下りて私の前に立つ。
 おかしな恰好をしていた。 
 チェックのプリーツスカートに白のシャツ。
 首にはリボンタイ、足はローファーに紺のソックス。
 まごうことなきJKスタイル。

「む?お前思ったよりも背が高いな」

 女と私は頭一つ分くらい身長差があった。
 だからなのか、女はチェアの上に乗って再び私の方へ体の正面を向ける。
 
「これで対等かな?」

 一応目線は同じくらいにはなった。だけどなんかこんなことに意味があるのだろうか?
 変な女だ。だけど、こいつ…。顔はわからないけど、間違いなく原作キャラクターだ。
 甘ったるくも、何処か威厳を感じさせる声。よく聞いたことがある気がする。
 あのキャラクター?私一押しの?

「いいえ、対等ではありません。チェアの高さを入れても、あなたの方が低いままです。なぜそのような意味のない行動を取るのですか?理解に苦しみます」

 突然すぐ横から声が聞こえた。そちらに目を向けると、そこには白い髪に青い瞳に国連軍の制服を身にまとった女がいた。
 二つに分けたお下げの三つ編みに野暮ったい黒縁眼鏡で外見には芋臭さしかない。なのにそれらにはまったく似つかわしくない目つきの冷たい鋭さ。
 すぐにわかった。原作キャラクターである、一年後の大戦期に暗躍する旧人類の創った軍用AIであるジャンヌ・ドゥ。
 なんでここに?凹んでいるところにさらに混乱の追い打ちが掛かって、とっさに言葉がでてこない。

「お前は本当に冷たい女だな、ジャンヌ・ドゥ。事実をありのままに指摘することが優しさになるとは限らない。対等っぽく思えればそれでよかったのだ。だが見下ろされるのは嫌いだ」

 そう言って女はチェアの上で背伸びを始める。それでやっと少し彼女の頭が私を上回ったように見える。まじで変な女だ。だけどふざけてるってことは、今のところ敵意はないということだ。
 正直助かる。今またバトルになったりしたら、かなりきつい。というかすぐにでも部屋に行きたい。ほんとに。

「…。ナンセンス…。まあいいです。さてID123456789012345678901234567890。個体愛称ジョゼーファ。あなたに警告をしに来ました」

 ジャンヌ・ドゥはオカメの女から目を逸らして私に向けてくる。

「警告ですか?」

「ええ、アルレネ・ケルムト大佐はあなたに個人的な感情移入をしていますが、私は違います」

 アルレネ・ケルムト大佐?王妃のことだろうけど、なぜジャンヌ・ドゥが彼女を大佐と呼ぶ?だが言えることは王妃はジャンヌ・ドゥと手を組んだということ。原作からの逸脱が激しすぎる。いったい何が起きているんだ?
 
「あなたは『金枝』に近づくための道具ごときに過ぎません。あまり今回の騒ぎのような出しゃばりは慎むようにしてもらいたい。不確定要素があると作戦に支障をきたしますからね。そうすれば誰にとっても不幸な結末を迎えます。笑うのは女神ばかり。そんなのはごめんです」

 金枝…?さっき王太子がそんなことを言っていた。
 なんでみんなそんな原作に出ていない言葉を気にする?私はそんなもの知らない。
 でもわたくしは知ってますけど? 
 よく見てごらんなさい。見えてるでしょう?アドニスの導きが!

「おっと!それ以上はやめろ。operation:ADONISのアイコンが見えるまで考えるな。システムに飲み込まれるぞ」

 オカメの女は私の目の上に手を被せてきた。視界が遮られて、それと同時に視界の端に映っていたアイコンが消える。

「お前は他の奴と違ってステータスシステムの呪いを直に受けやすい。だからあまり他人の言葉を真に受けて考え込むな。それはお前を底のない沼に引きづりこむぞ」

 女は私の視界を塞いでいた手をどける。不思議だった。この女の言葉は私の心にすっと染み込み響いてくる。カリスマのような何かを感じる。

「ジャンヌ。もう警告は終わりだろ?この子と私を二人にしてくれないか?」

「わかりました。では失礼します。ジョゼーファ。くれぐれも今の警告を忘れないように」

 そう言って彼女の姿は消えた。彼女の姿は立体映像の類だが、そうとは思えないほど本物みたいだった。
 そして改めて私とオカメの女は向かい合う。彼女は私に手を差し出してくる。

「さて、ジョゼーファ。自己紹介しようか。初めまして。私はキノシタ・ユミカ。以後よろしく」

 状況を鑑みて、私は確信した。
 こいつ帝国現王朝の創始者のメドラウトだ。
 原作第二部最強のラスボスであり、スピンオフ「Princess Warlord of WITCH」の主人公。私の推しキャラ。
 本名はアリソン。
 キノシタ・ユミカという偽名がなんなのかはよくわからないが、メドラウトという本名を名乗れるわけもないし、別に不自然ではない。
 まずジャンヌ・ドゥと一緒にいること。彼女がメドラウトを死に際に回収し、将来の手駒にするためにコールドスリープさせていたという設定だったはず。
 シナリオの進行とフラグ次第でメドラウトは世界大戦のラスボスとして主人公の前に立ちはだかる。
 だいたいわざとらしく仮面を被って登場するあたり、ラスボス臭が半端なくすごい。
 しかしまさかJKコスチュームで出てくるとは思わなかった。
 この服装はメドラウトの公式の服装の一つだ。
 ファンディスクでメドラウトは本名のアリソンで、転校生という設定で学校へ来るのだ。
 その時彼女は他の学生キャラがセーラー着ているのに、一人だけこの服を着てる。
 なおメドラウトはファンディスクでも本編でも主人公相手に脱がない。
 エロゲー女子にあるまじき貞操の硬さ。すばらしいです。私もかくありたいと思う。
 
「そうですかキノシタさん。わたくしも以後よろしくお願いします」

 私とキノシタは握手を交わす。ちょっと嬉しい。だって私はメドラウトことアリソンが大好きだったからだ。
 スピンオフの方の乙女ゲーの方は最後のグランドルートでボロボロ泣いた。私はアリソンにドはまりした。

「ユミカでいい。お前には苗字がないのに、私が苗字で呼ばれるのは対等じゃない」

 キャラグッズは全部買ったし、舞台とかも見に行った。
 コスプレしてSNSにアップして、さらに有明でもコスってしまった。
 レイヤーを撮るカメラ小僧って超嫌いだったけど、あの日だけは許してしまった。
 綺麗に映った写真を貰えるなら、キモい口説きメールを目に入れてしまうことなど苦ではなかった。
 ただ後に私のコスプレがあまりにもクオリティ高すぎたせいで、自衛隊の広報部にバレてしまい、「いっそ公式でコラボります?隊員募集ポスター作りません?」とか打診が来たのは若干黒歴史だ。
 やばいね。滅茶苦茶好きだよアリソン。こんな状況じゃなければ、楽しくはしゃげるのに。キャーキャー言ってサイン貰いたいくらいなのになぁ。 

「そうですか。わかりましたユミカさん」

「ああ、これからよろしく」

 そして突然ユミカはわたしを引っ張る。仮面越しに彼女のおでこと私のおでこがくっつく。

「よく頑張ったなジョゼーファ。皆お前を気遣ってちっとも褒めやしない。突然婚約破棄なんて辛い仕打ちを受けたのに、お前はよく耐えた。よく人前で泣かなかった。偉いよ。褒めてやる」

 彼女の手が私の後ろ頭を撫でる。優しい手つき。まるで母親のような慈愛。

「お前は立派だ。女の子なら、あそこで泣いても皆許してくれる。それを当然だと受け止めてくれる。優しくしてくれる。でもお前は泣かなかった。それは君主の美徳だよ。お前は本当に偉い子だ」

 この人は私のことをわかってくれてる。そうだった。私は泣くわけにはいかなかった。我慢してた。

「女が男の前で泣けば、正義は自然に転がり込んでくる。だけどお前はそうはしなかった。お前はちゃんと知っている。それが堕落したやり方だとわかってる。そしてそれは君主が取ってはいけない道だとわかってた。そうだよ。お前はもう人前で泣くことを許されない。泣けば臣下は動揺する。大義は揺らぐ。戦略は狂う。勝ちは遠のく。お前は正しいことをしてる」

 もう私は王様になった。だから泣いちゃいけないってわかってた。でも泣きそうだった。

「私は今回の騒ぎをずっと見ていた。私はお前のファンだよ、ジョゼーファ。お前は正しいことをした。褒めてあげる」

 そう言って、ユミカは私をぎゅっと抱きしめる。私の顔は彼女の豊かな胸に沈む。

「だからジョゼーファ。今は泣け。私はお前と同じ軍閥だ。同じ君主同士。胸を貸してやる。泣け。いくらでも泣いていいよ。許してあげるから」

 そこで私の緊張は切れた。それと共に涙がボロボロと零れていく。そのしずくはすべてユミカのシャツに吸われていく。

「…わたくしは…!ああっ!あああ!うぅぅううぅううああああああっあ!」

 本当に可愛くない鳴き声しか出ない。不細工な涙ばかりだ。でもユミカは何も言わずにぎゅっとしてくれた。
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