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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.
第102話 自分の事を棚に上げてるママのマジレス説教!
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私の軍による、モンスター軍団への反撃が始まった。
兵士たちの士気は高く、指揮官の私から見ても戦況は圧倒的優勢で進んでいると思えた。
ただし私の視線の先にいる龍を除いてだが。
「むかつく!なにこの触手!斬っても斬ってもすぐに生えてくるんだけど!だからモンスターは嫌い!」
ラファティはずっと龍の近くで触手相手に奮闘していた。
討ち漏らしなくほとんどすべてを切り裂いているのだが、切った傍から再生していっている。
たまにラファティの斬撃を逃れた触手が私の後ろのギムレーを狙って迫ってくる。
私はギムレーを守るため、それらの触手を銃で片っ端から撃ち落とす。
「…感謝はしないから。だってあんたはあたしのことを逃がしてくれないし」
背中の後ろからギムレーの機嫌の悪そうな声が聞こえてくる。
この女をこの場に引き留めたのは私だから、批判に耳は貸すけど、今は遠慮してほしいな。
「てかなんであたしが狙われてるの?あたしなんも悪いことしてないじゃん…。あんたの方がどう考えても悪人じゃん…不公平だし…」
ギムレー個人は確かに特に悪いことはしてない。
政治的に狙われる要素はゼロでは無いけど、ここまで大規模なテロを仕掛けるほど価値がある人間とは言い難い。
だけどディアスティマ・ギムレーが女神の転生体であることを知っている人間からすれば話は別だ。
狙う理由には事欠かない。
この騒ぎを仕掛けたのは間違いなく王妃。
実行したのはあの密偵だろう。
「それになんでモンスターがあたしを襲うの?あたし今までモンスターに襲われたこと一度もなかったし、どんな命令だって聞いてくれてたのに…」
さっきからぐちぐちうるせぇ。だけど疑問はもっともだ。
どうして女神の転生体であるギムレーをモンスターが襲っているのか。
モンスターそのものは魔法によりある程度操ることが出来る。
いわゆるテイム系のスキルだ。
だけどそれでもそれらのスキルでモンスターにギムレーを襲わせることはできないはずだ。
モンスターたちの命令系統の最上位は『女神』。
当然攻撃なんてできるはずがない。
なのに今こうしてあの龍はギムレーを狙ってる。
「もしかして魔法じゃない?ギムレーさん」
「なに?」
私の問いかけにギムレーのすごく不貞腐れたような声が返ってくる。
「もしもあのモンスターの神経系を人間が直接操っていたら、あなたの命令を拒絶できますか?」
「神経って脳みそとかのこと?それならそうかも。脳みそとかを誰かに直接操られていたら、あたしの命令は届かないかな?多分。でも魔法でモンスターの脳みそ操るのってほとんど無理だよ。遠隔だと絶対無理。術者が直接脳みそに触れ続けてないとダメだと思う」
ギムレーのモンスター操作講座の知識を参考に、改めて龍を観察してみる。
当然のことだが龍に触れている人間なんて見えない。
ならば体内に術者が潜んでいるとか?だけどモンスターの体内を走査するような魔法を戦闘中にかけるのは無理だ。
龍の魔法障壁に阻まれて不発に終わる。
なにかしらの細工はあるにせよ、破るのは現段階では難易度が高い。
援軍が来るまで粘るのがいいだろう。
そう結論付けたその時だ。
『…………く……ら……いよ…』
何か声のようなものが聞こえたような気がした。
それはか細く、寂し気で何かを恐れるような声。
「今何か声が聞こえませんでしたか?子供の声のような?」
「はい?そんなの全然聞こえないんだけど?そんなこといいからあたしを守るのに集中してくれない?」
ギムレーの挑発的な声に一瞬イラっとしかかるが、ぐっと堪えて耳を澄ます。
目を瞑り集中して声がどこから聞こえてきたのかを、辿っていく。
『……い………た…………いよ…』
その声は浜辺にいる龍から聞こえてきていた。
響いてくるのは首の付け根あたり。
その場所が分かった瞬間、あの龍に掛けられた術の正体がわかってしまった。
「うそ!そんな!なんてむごいこと!」
私はその術のあまりの残酷さに背筋が凍る。
あまりの嫌悪感に両手で口を押えてしまった。
こうしないと吐いてしまいそうだった。
それくらいにショッキング。
「なに?どうしたの?気持ち悪くなったの?下がって避難する?それがいいんじゃない?」
ギムレーがここぞとばかりに避難したがってる。
だけど、絶対に退けない。
「そんなの無理です!だってあの龍の中に!あの中にいるのは子供です!龍の神経系に無理やり繋がれてます!子供を制御装置代わりにしてる!酷過ぎます!」
「え?うそ?なにそれ?…いやそれはないでしょ…まじ?あれ?まじっぽい?」
ギムレーが愕然としている。
最初は信じて無さげだったけど、彼女の命令を超えられるモンスター制御法があるとしたら、それしかないと理解できたようだ。
「ここまでするんですか…。何を考えているんですか、あなたたちは…」
私のつぶやきに答えてくれるものは誰もいなかった。
援軍を待っていられる状況ではなくなってしまった。
「あなたはすぐに堤防の上に上がりなさい!」
私は銃を両手に構えて龍に向かって走る。
「ちょっと!あんたどうする気?!子供が中にいても、援軍来るまで粘れば…」
「そんなことしてる間に死んでしまいます!」
「そこまでしなくたっていいじゃん!危ないよ!戻ってきなよ!」
ギムレーの引き留める声が後ろから響く。
だけど私は走り続けた。
ビーチ近くのあるホテルの屋上。
王妃の密偵は手すりにもたれかかりながら、ジョゼーファたちの戦いを見ている。
その隣には王妃の姿を映す通信ウィンドウが浮いてる。
そこに映る王妃は豪奢で品のいいドレスを着ていた。
執務室らしき部屋にいて、憮然とした表情を浮かべている。
机の上で足を組みながら椅子に深く腰掛けて座っている。
「機嫌直してくださいよ。王妃様。あなたは笑っている方が美しいのですからね。くくく」
女が機嫌を損ねると、男は大抵困った顔を浮かべる。
だが密偵の男は王妃の様子とは逆に楽しそうな様子だった。
『五月蠅いわね。だってせっかくのショーなのに、女神モドキのざまぁタイムはもう終わっちゃったのよ。もっとピーピー泣けばいいものを…』
「ジョゼーファさまの傍じゃそんなものでしょうね。有り合せの襲撃ならこんなものですよ。もっと念入りにやらないと」
『いいえ。念入りにやっても意味ないわ。ワタシも半信半疑だったけど、やっぱり信じるしかない。真っ当なやり方では女神は殺せない。あいつ、やっぱり無意識に事象を書き換えてる。各種周辺ナノマシンのセンサーが事象変奏の痕跡を感知した。因果律レベルであの女の身の安全は保障されてる』
「因果律レベルの書き換え?魔法ってそんなことできるんですか?」
『理論上は可能よ。この世界の事象のすべてを思うがままに書き換えるのが事象変奏技術の神髄。人間には演算能力と認識力の限界があるから何でもできるわけじゃないけどね。『女神』は本来人間の尺度からすれば全知全能。ご都合主義的手法で身を守ることはいくらでもできる。今回もそう。ジョゼーファがディアスティマ・ギムレーを守るという因果を無意識に実現した。はぁ。ふざけた能力ね。アドニスにだけ警戒していれば大丈夫だと思ってたけど、やっぱりそう甘くはないわね』
王妃は深く深くため息をつく。
密偵から見た王妃はいつも余裕な様子を優雅に漂わせる女だった。
だけど今は目の前の困難に頭を抱えて苦悩している。
「王妃様が困ってるの初めて見ました。大変失礼かつ無礼でその上不敬だと存じますが、あえて言わせてください。すごくかわいいですよ」
『…ありがとう。きっと人生で一番言われて嬉しくない『かわいい』だった思うわ。忘れられない思い出をどうもありがとう』
だが密偵のその一言がきっかけになったのか、さっきまでの曇った表情はもう消えていた。
そして偶然にもビーチでの状況にも変化が発生していた。
ジョゼーファが銃剣の切っ先を龍に向けて突撃を始めていた。
「おや?気がついたみたいですね。ジョゼーファ様はいい勘をお持ちのようだ」
王妃の密偵は、かき氷を食べながら楽し気に、通信先の王妃に話しかける。
『いいえ。あれは勘なんかではないわ。あれこそが金枝を臨む者が持つ聖なる力。人類を嚮導する資格。人々を繋ぎ、束ね、纏めあげる王の力そのもの。もともとその片鱗は見え隠れしていた。やっとここまで表に出てくるようになった。やっぱり今回の軍事行動はいい切欠になったわ。漸くこれでスタートラインに立てた。2000年にも及ぶ呪いからやっとワタシたち新人類を解放することができるわ』
「2000年?なかなか壮大ですね。ジョゼーファ様にはそれほどの価値があるわけですか」
通信先の王妃はどこか恍惚とした表情を浮かべてジョゼーファの姿を見つめている。
『そうよ。ジョゼーファにはワタシたちが積み上げた新たなる2000年、その文明の重さそのものに等しい価値がある。彼女こそがワタシたちを新たなるステージに導く。かつてこの星に君臨した旧人類が至ることの出来なかった世界にワタシたちを導くの』
「なるほど。それはそれは…。面白そ…」
「お前たちはたった一人の少女に文明そのものの重さを押し付けるのか?それは面白くないな!」
その声が密偵の頭の上から降って来た。
とっさに密偵は体を横に倒す。
だが、間に合わなかった。
血しぶきが屋上に飛び散る。
かき氷のカップを持っていた左手が宙を飛ぶ。
密偵は誰かの奇襲を喰らった。
「ぐぅぅぅぅううううう!いやぁひどくないですか?楽しい観戦の邪魔はしないでいただきたいのですがね!」
密偵の男は切り落とされた肩を抑える。
苦悶に眉を歪めるが、笑みは消えていない。
そして真っすぐに目の前にいる、自分の腕を切り落とした襲撃者に顔を向けた。
『フェンサリル?!あなたなんでこんなところにいるの?!』
ウィンドウに映る王妃は酷く驚いていた。
襲撃者は息子である王太子その人であったからだ。
王太子はウィンドウの王妃を酷く冷たい目で睨んでいる。
「こんな騒ぎが偶然なはずがない。だから犯人はあなたしかいない。母上ならばどこかでこの騒ぎを見物しているはずだと思った。そして遺憾ながら本当にいたわけだ。あなたの陰謀はここまでにさせてもらう。恥ずかしいよ、あなたのような人が母だなんて」
王太子は剣筋についた血糊を紙で拭き取った後、その切っ先を密偵に向ける。
『はぁ?舐めた口を利かないで欲しいわね。だいたい男らしくないわ!なんでこんなところにいるのよ?!』
「だから母上を止めに来たと…」
『そうじゃない!なんでジョゼーファを助けにいかないの!せっかくのポイント稼ぎのチャンスでしょ?!龍に襲われている女の子を助けるのは神話の時代から続くお約束でしょ!ふざけないでよ!そんなんだからジョゼーファにフラれそうになってるのよ!いい!?女の子ってのはね!浮気されるよりことよりも、男が弱かったり情けなかったりする方がずっとずっと傷つくのよ!今すぐにジョゼーファを助けに行って男を見せなさい!情けない息子を産んでしまったと母に思わせるのはやめてちょうだい!そんな子に育てた覚えはないの!早く男を見せてよ!いますぐに!』
王妃の口から出てきた、あまりにも斜め上の言葉に王太子は表情を凍らせてしまったのだった。
兵士たちの士気は高く、指揮官の私から見ても戦況は圧倒的優勢で進んでいると思えた。
ただし私の視線の先にいる龍を除いてだが。
「むかつく!なにこの触手!斬っても斬ってもすぐに生えてくるんだけど!だからモンスターは嫌い!」
ラファティはずっと龍の近くで触手相手に奮闘していた。
討ち漏らしなくほとんどすべてを切り裂いているのだが、切った傍から再生していっている。
たまにラファティの斬撃を逃れた触手が私の後ろのギムレーを狙って迫ってくる。
私はギムレーを守るため、それらの触手を銃で片っ端から撃ち落とす。
「…感謝はしないから。だってあんたはあたしのことを逃がしてくれないし」
背中の後ろからギムレーの機嫌の悪そうな声が聞こえてくる。
この女をこの場に引き留めたのは私だから、批判に耳は貸すけど、今は遠慮してほしいな。
「てかなんであたしが狙われてるの?あたしなんも悪いことしてないじゃん…。あんたの方がどう考えても悪人じゃん…不公平だし…」
ギムレー個人は確かに特に悪いことはしてない。
政治的に狙われる要素はゼロでは無いけど、ここまで大規模なテロを仕掛けるほど価値がある人間とは言い難い。
だけどディアスティマ・ギムレーが女神の転生体であることを知っている人間からすれば話は別だ。
狙う理由には事欠かない。
この騒ぎを仕掛けたのは間違いなく王妃。
実行したのはあの密偵だろう。
「それになんでモンスターがあたしを襲うの?あたし今までモンスターに襲われたこと一度もなかったし、どんな命令だって聞いてくれてたのに…」
さっきからぐちぐちうるせぇ。だけど疑問はもっともだ。
どうして女神の転生体であるギムレーをモンスターが襲っているのか。
モンスターそのものは魔法によりある程度操ることが出来る。
いわゆるテイム系のスキルだ。
だけどそれでもそれらのスキルでモンスターにギムレーを襲わせることはできないはずだ。
モンスターたちの命令系統の最上位は『女神』。
当然攻撃なんてできるはずがない。
なのに今こうしてあの龍はギムレーを狙ってる。
「もしかして魔法じゃない?ギムレーさん」
「なに?」
私の問いかけにギムレーのすごく不貞腐れたような声が返ってくる。
「もしもあのモンスターの神経系を人間が直接操っていたら、あなたの命令を拒絶できますか?」
「神経って脳みそとかのこと?それならそうかも。脳みそとかを誰かに直接操られていたら、あたしの命令は届かないかな?多分。でも魔法でモンスターの脳みそ操るのってほとんど無理だよ。遠隔だと絶対無理。術者が直接脳みそに触れ続けてないとダメだと思う」
ギムレーのモンスター操作講座の知識を参考に、改めて龍を観察してみる。
当然のことだが龍に触れている人間なんて見えない。
ならば体内に術者が潜んでいるとか?だけどモンスターの体内を走査するような魔法を戦闘中にかけるのは無理だ。
龍の魔法障壁に阻まれて不発に終わる。
なにかしらの細工はあるにせよ、破るのは現段階では難易度が高い。
援軍が来るまで粘るのがいいだろう。
そう結論付けたその時だ。
『…………く……ら……いよ…』
何か声のようなものが聞こえたような気がした。
それはか細く、寂し気で何かを恐れるような声。
「今何か声が聞こえませんでしたか?子供の声のような?」
「はい?そんなの全然聞こえないんだけど?そんなこといいからあたしを守るのに集中してくれない?」
ギムレーの挑発的な声に一瞬イラっとしかかるが、ぐっと堪えて耳を澄ます。
目を瞑り集中して声がどこから聞こえてきたのかを、辿っていく。
『……い………た…………いよ…』
その声は浜辺にいる龍から聞こえてきていた。
響いてくるのは首の付け根あたり。
その場所が分かった瞬間、あの龍に掛けられた術の正体がわかってしまった。
「うそ!そんな!なんてむごいこと!」
私はその術のあまりの残酷さに背筋が凍る。
あまりの嫌悪感に両手で口を押えてしまった。
こうしないと吐いてしまいそうだった。
それくらいにショッキング。
「なに?どうしたの?気持ち悪くなったの?下がって避難する?それがいいんじゃない?」
ギムレーがここぞとばかりに避難したがってる。
だけど、絶対に退けない。
「そんなの無理です!だってあの龍の中に!あの中にいるのは子供です!龍の神経系に無理やり繋がれてます!子供を制御装置代わりにしてる!酷過ぎます!」
「え?うそ?なにそれ?…いやそれはないでしょ…まじ?あれ?まじっぽい?」
ギムレーが愕然としている。
最初は信じて無さげだったけど、彼女の命令を超えられるモンスター制御法があるとしたら、それしかないと理解できたようだ。
「ここまでするんですか…。何を考えているんですか、あなたたちは…」
私のつぶやきに答えてくれるものは誰もいなかった。
援軍を待っていられる状況ではなくなってしまった。
「あなたはすぐに堤防の上に上がりなさい!」
私は銃を両手に構えて龍に向かって走る。
「ちょっと!あんたどうする気?!子供が中にいても、援軍来るまで粘れば…」
「そんなことしてる間に死んでしまいます!」
「そこまでしなくたっていいじゃん!危ないよ!戻ってきなよ!」
ギムレーの引き留める声が後ろから響く。
だけど私は走り続けた。
ビーチ近くのあるホテルの屋上。
王妃の密偵は手すりにもたれかかりながら、ジョゼーファたちの戦いを見ている。
その隣には王妃の姿を映す通信ウィンドウが浮いてる。
そこに映る王妃は豪奢で品のいいドレスを着ていた。
執務室らしき部屋にいて、憮然とした表情を浮かべている。
机の上で足を組みながら椅子に深く腰掛けて座っている。
「機嫌直してくださいよ。王妃様。あなたは笑っている方が美しいのですからね。くくく」
女が機嫌を損ねると、男は大抵困った顔を浮かべる。
だが密偵の男は王妃の様子とは逆に楽しそうな様子だった。
『五月蠅いわね。だってせっかくのショーなのに、女神モドキのざまぁタイムはもう終わっちゃったのよ。もっとピーピー泣けばいいものを…』
「ジョゼーファさまの傍じゃそんなものでしょうね。有り合せの襲撃ならこんなものですよ。もっと念入りにやらないと」
『いいえ。念入りにやっても意味ないわ。ワタシも半信半疑だったけど、やっぱり信じるしかない。真っ当なやり方では女神は殺せない。あいつ、やっぱり無意識に事象を書き換えてる。各種周辺ナノマシンのセンサーが事象変奏の痕跡を感知した。因果律レベルであの女の身の安全は保障されてる』
「因果律レベルの書き換え?魔法ってそんなことできるんですか?」
『理論上は可能よ。この世界の事象のすべてを思うがままに書き換えるのが事象変奏技術の神髄。人間には演算能力と認識力の限界があるから何でもできるわけじゃないけどね。『女神』は本来人間の尺度からすれば全知全能。ご都合主義的手法で身を守ることはいくらでもできる。今回もそう。ジョゼーファがディアスティマ・ギムレーを守るという因果を無意識に実現した。はぁ。ふざけた能力ね。アドニスにだけ警戒していれば大丈夫だと思ってたけど、やっぱりそう甘くはないわね』
王妃は深く深くため息をつく。
密偵から見た王妃はいつも余裕な様子を優雅に漂わせる女だった。
だけど今は目の前の困難に頭を抱えて苦悩している。
「王妃様が困ってるの初めて見ました。大変失礼かつ無礼でその上不敬だと存じますが、あえて言わせてください。すごくかわいいですよ」
『…ありがとう。きっと人生で一番言われて嬉しくない『かわいい』だった思うわ。忘れられない思い出をどうもありがとう』
だが密偵のその一言がきっかけになったのか、さっきまでの曇った表情はもう消えていた。
そして偶然にもビーチでの状況にも変化が発生していた。
ジョゼーファが銃剣の切っ先を龍に向けて突撃を始めていた。
「おや?気がついたみたいですね。ジョゼーファ様はいい勘をお持ちのようだ」
王妃の密偵は、かき氷を食べながら楽し気に、通信先の王妃に話しかける。
『いいえ。あれは勘なんかではないわ。あれこそが金枝を臨む者が持つ聖なる力。人類を嚮導する資格。人々を繋ぎ、束ね、纏めあげる王の力そのもの。もともとその片鱗は見え隠れしていた。やっとここまで表に出てくるようになった。やっぱり今回の軍事行動はいい切欠になったわ。漸くこれでスタートラインに立てた。2000年にも及ぶ呪いからやっとワタシたち新人類を解放することができるわ』
「2000年?なかなか壮大ですね。ジョゼーファ様にはそれほどの価値があるわけですか」
通信先の王妃はどこか恍惚とした表情を浮かべてジョゼーファの姿を見つめている。
『そうよ。ジョゼーファにはワタシたちが積み上げた新たなる2000年、その文明の重さそのものに等しい価値がある。彼女こそがワタシたちを新たなるステージに導く。かつてこの星に君臨した旧人類が至ることの出来なかった世界にワタシたちを導くの』
「なるほど。それはそれは…。面白そ…」
「お前たちはたった一人の少女に文明そのものの重さを押し付けるのか?それは面白くないな!」
その声が密偵の頭の上から降って来た。
とっさに密偵は体を横に倒す。
だが、間に合わなかった。
血しぶきが屋上に飛び散る。
かき氷のカップを持っていた左手が宙を飛ぶ。
密偵は誰かの奇襲を喰らった。
「ぐぅぅぅぅううううう!いやぁひどくないですか?楽しい観戦の邪魔はしないでいただきたいのですがね!」
密偵の男は切り落とされた肩を抑える。
苦悶に眉を歪めるが、笑みは消えていない。
そして真っすぐに目の前にいる、自分の腕を切り落とした襲撃者に顔を向けた。
『フェンサリル?!あなたなんでこんなところにいるの?!』
ウィンドウに映る王妃は酷く驚いていた。
襲撃者は息子である王太子その人であったからだ。
王太子はウィンドウの王妃を酷く冷たい目で睨んでいる。
「こんな騒ぎが偶然なはずがない。だから犯人はあなたしかいない。母上ならばどこかでこの騒ぎを見物しているはずだと思った。そして遺憾ながら本当にいたわけだ。あなたの陰謀はここまでにさせてもらう。恥ずかしいよ、あなたのような人が母だなんて」
王太子は剣筋についた血糊を紙で拭き取った後、その切っ先を密偵に向ける。
『はぁ?舐めた口を利かないで欲しいわね。だいたい男らしくないわ!なんでこんなところにいるのよ?!』
「だから母上を止めに来たと…」
『そうじゃない!なんでジョゼーファを助けにいかないの!せっかくのポイント稼ぎのチャンスでしょ?!龍に襲われている女の子を助けるのは神話の時代から続くお約束でしょ!ふざけないでよ!そんなんだからジョゼーファにフラれそうになってるのよ!いい!?女の子ってのはね!浮気されるよりことよりも、男が弱かったり情けなかったりする方がずっとずっと傷つくのよ!今すぐにジョゼーファを助けに行って男を見せなさい!情けない息子を産んでしまったと母に思わせるのはやめてちょうだい!そんな子に育てた覚えはないの!早く男を見せてよ!いますぐに!』
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