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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第75話 簒奪令嬢

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 私の態度に希望を失ったのだろう。
 その顔は今にも泣きそうなみっともない顔をしている。

「あなたは統治者失格だ。大事の前の小事と言って自身の言葉を肯定したいなら、勝たなければいけなかった。だけど出来なかった。統治者とは勝利者のことである。ならわたくしに負けたあなたにその資格はない。あなたは見捨てた者たちよって、その玉座を追われるのです」

 私は指を弾く。
 すると兵士たちがギムレー男爵の前に高級品の机を運んできた。
 兵士たちは恭しく机を男爵の前に置き、地面に座り込むギムレー男爵の脇に手を差し込んでその机の椅子に座らせる。
 私は車の上からその机の上に飛び移り人々に呼び掛ける。

「エレインの皆さま!事態はすでにこの男には手に余るものであります!盗賊たちは討伐しましたが、いまだに鉱毒は止まらずデメテルは貧苦にあえでいるのです!このままでは永遠にこの事態が繰り返されます!誰かがこの悲劇を終わらせなければいけないのです!」

 人々はざわつき動揺する。
 私の言葉に気がついたのだ。
 ギムレー男爵一人をどうこうしたってなにも事態は変わらないことに。
 だから彼らは私の言葉をじっと待っていた。
 私に救いを求めるような目を向けている。
 だから応えてやろう。
 私はそばに寄ってきたメネラウスから一枚の紙を渡してもらい、それを人々に向かって見せつける。
 それは契約書だ。
 私の指示のもとメネラウスが練り上げたこの作戦のフィナーレを飾る最終兵器。

「わたくしは皆様にご提案いたします!デメテル救済のために緊急の資金援助、および治安維持のための軍隊の派遣をこのわたくしが行います!この契約書にサインがなされることによってこれらの提案は速やかに実行されることになります!すなわちこれはわたくしの皆様への誓いなのであります!」

 私は皆の前で一指し指を噛む。
 指先から少し血が流れて地面に落ちる。
 そしてその血でもって私は皆の前で契約書に名前をサインする。
 そして再びそれを見せつける。
 人々からどよめきと歓喜の声が響く。
 これで救われたと皆が安堵する。

「わたくしは誓いました!ですがこの提案を実行に移すためには、この地を治めるギムレー家のサインが必要であります。わたくしはギムレー男爵にこの提案を受け入れていただきたい。賢明なあなたならば必ず受け入れてくれると信じていますよ、男爵!」

 私は机から飛び降りて、ギムレー男爵の前に契約書を置く。

「何だこの条文は…こんなの認められるわけが…」

 男爵はまるで穴を開けてやらんばかりに目を見開いて条文を睨んでいる。
 屈辱を感じているのだろう、哀れにもぶるぶると肩を震わせている。
 そんな男爵のそばにメネラウスが耳打ちする。

「いくら読んでも抜け穴なんてありませんからね。どうぞ安心してサインなさってください」

 悪徳弁護士染みた笑みを浮かべながらペンを差し出すメネラウス。

「くそ!くそ!くそ!くそぉおぉぉ!」

 男爵は机を叩きながら喚くだけどどうにもならない。
 メネラウスとかいうインテリヤクザがこういう契約書に抜け穴なんて作るわけないのだ。
 サインした瞬間男爵の破滅は確定する。

 条文の内容には以下のような内容が含まれている。
 以下はその一部を抜粋したものである。

 エレイン州統治請負契約

 以下の契約をエレイン州男爵(甲)とカドメイア州辺境伯名代(乙)は締結する。
 契約内容は二年ごとに見直し、十年で破棄されるものとする。
 契約延長については甲乙どちらかの申し出により行うことができる。
 その場合は双方誠実に協議すること。

    第一条 
    一 甲はエレイン州軍の指揮権を乙に貸与する。
    二 甲は乙以外のものに州軍の指揮権の貸与を一切行ってはならない。
    三 乙は州軍の総力を持って甲を守護する義務を負う。
    四 乙はカドメイア州軍をエレイン州に駐留させることができる。

         省略

    第四条 
    一 領内統治業務のすべてを乙は甲より排他的に請け負う。
    二 甲は乙以外のものに統治業務の請負契約をむすんではならない。 

         省略

    第六条 
    一 エレイン州の地下資源の採掘権は乙が独占的に保有する。
    二 乙は採掘、加工、流通において周辺環境の保護及びエレイン州民の雇用を優先的に行う義務を有する。

         省略

    第九条 
    一 乙は州都の開発においては甲の助言を十分に受け入れること
    二 乙は州都の景観を乱すような開発計画を策定してはならない。

         省略

    第十条 
    一 乙は契約を全うするために十分な資金をエレイン州に提供すること。
    二 乙は甲の財産権を尊重する義務を負う。

         省略  

 とまあ、こんなようなことがつらつらと書かれてある。
 シンプルに言えばこうだ。
 ガタガタ言わずにエレイン州を私に引き渡せ。
 命は取らねぇし、お前の財布は奪わないでやるから黙ってろ。
 安心しろ占領するのは一応期間限定だからな!
 ただしその気になればいくらでも期間は伸ばせるからね(笑)って感じ。
 ちゃんとライフワークの観光業へ口出しできるようにしてあるあたり良心的な契約だと思うよ。
 占領を統治業務の請負契約にすり替えてしまうのがこの契約書のみそだ。

「ギムレー男爵閣下。わたくしがあなた様に見せられる誠意はこれで限界となります。わたくしは早くデメテルを救いたいのです。ご決断を」

 そもそも私がやっていることは誰がどう見ても侵略なのだ。
 議論の余地は残念ながらない。
 だけど体裁を整えるとそれは途端に合法的活動に様変わりする。

「何が誠意だ…。こんなのただの脅迫じゃないか…」

 人々はギムレーを睨んでいる。
 早くサインしろと声に出さなくとも急かしている。

「男爵。わたくしは別にサインしていただけなくても結構なのです。いますぐにこの街から立ち去ってもいいのです。ええ、わたくしはあなたには決して危害を加えません。わたくしの軍もあなたに危害を加えたりしません。ですが、あなたの治める民が何をするかは知ったことじゃありません。わたくしには彼らへの命令権なんてないんですからね」

 今私が軍を連れて街を離れたら間違いなくギムレー男爵は、この広場に集まった人たちに殺されるだろう。
 もはや彼に選択権はないのだ。

「…この魔女め…っ!」

 ギムレー男爵は歯を食いしばりながら、契約書にサインした。
 そしてそのまま机に突っ伏してしまう。
 屈辱感が行き過ぎて気絶してしまったようだ。
 私は契約書を持って再び人々に見せつける。

「これによって契約は成りました!この地の統治はこのわたくしがギムレー男爵に代わって行います!いますぐに失政を正し、この地に平穏を取り戻すことをここに誓います!」

 私の宣言と共にわーっと歓声と拍手が巻き起こる。
 これは勝鬨だ。
 広場にいる人々が思い思いに声をあげている。

「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 「ジョゼーファ様万歳!」「御名代様ーばんざーい!!」 

 私のことを讃える声が街一杯に響いていく。
 住民たちは笑顔で、兵士たちは誇らしげにしている。
 その顔を見て私は自分がやった悪行を少しだけ肯定出来たような気がした。
 こうしてすべての作戦は終了した。
 エレイン州の簒奪はこの私の勝利によって幕を下ろしたのだ。

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