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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第54話 交渉

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 そして私たちはとうとう砦に辿り着いた。
 小高い丘の上に築かれた砦は写真とかにはない威容を備えているように見える。
 実際近くに来るとわかるが、補修されて城壁には魔力を阻害するヒヒイロカネの力が宿っているのを感じた。
 盗賊共は確かに素人だった。
 警戒や偵察はまったくなくて、拍子抜けするくらいあっけなく近づくことが出来た。
 州軍と豪族たちの私兵団が砦の前に展開を始める。

「こんな素人に手こずられるなんてね…政治って奴が一番軍事の足を引っ張るんですね。まったく…腹立たしい…」

 愚痴が零れるのが止められない。
 盗賊共は私たちが近づいてくるのを知るなり、すぐに砦に引きこもってしまった。
 私が盗賊共ならば、部隊を組織して森の方を静かに迂回させて敵軍を後ろから叩くくらいのことをするのにそういう気配もない。
 彼らは用兵術を知らない、ただ暴れることしかできない素人共だ。
 こんな素人共のせいで私は右往左往して準備を整えたわけだ。
 まったくくだらない。戦争の準備ほどくだらないものはない。
 私自身今回は戦略レベルから動いてすごく疲れた。各種の調節や折衝には神経を擦り減らしたし、泣かされたり、激怒したりもした。
 泣いて喚いてやっとここまで来れた。
 感慨深い感情も覚えるが、それはまだとっておかなきゃいけない。

「軍の展開終わりましたよ、お嬢様」

 いつものスーツではなく黒の州軍制服に着替えたメネラウスが私の隣に立つ。その顔はいつもの余裕のあるものと違って厳しいものだった。

「ご苦労さまですメネラウス。例の物を持ってきてください。交渉に出ます」

「了解しました。…必ず成功させましょう」

 メネラウスはやる気のようだ。彼もこの地の悲劇に義憤を持ったようだ。
 あるいは経営上の数値としてこの地の悲劇を見ていたことを恥じているのか。
 私とメネラウスは護衛の兵、そしてトラックを一台連れて砦の方へ歩いていく。
 城壁の上にいる盗賊たちは弓とか魔法の照準を私たちに合わせている。
 その緊張の中で私は砦に向かって叫ぶ。

「わたくしの名はジョゼーファ・ネモレンシス!カドメイア州辺境伯名代です!人質解放交渉に来ました!」

 砦からざわざわとした声が響く。
 大軍で囲んで交渉を求められたらそりゃ驚くし動揺もするだろう。
 そんな中で砦の方から。


「交渉等とほざく癖になんだその大軍は!俺たちをすりつぶすつもりだろう!だがこの砦はたとえ帝国軍が来たって守り切ってみせる!だいたいカドメイアの連中がなんでここにいるんだ!信用できるか!」

 どうやら守りに自信があるようだし、私たちのことを交渉相手とみなしていないようだ。
 まあその考えは間違ってない。用心すればするほど長生きできる。
 だけど彼らの興味を引くための手段はちゃんと用意してある。

「私たちの目的は交渉です!これを見てください!」

 メネラウスに目配せして、兵士たちにトラックの荷台に被せていた幌を外させる。
 そこには沢山のドラム缶が積んである。
 それを見て盗賊たちの反応が変わった。

「見ての通り、カドメイア州の名産品を持ってきましたよ。どうです?ちょっとわたくしとお話しませんか?」

 私がここに持ってきたのは樹液の原液。
 メネラウスに頼んで確保してもらった。
 これが私の切り札。

「…今そっちに行く。武器は地面に置け!おかしなことをしたら容赦しない!」

「ええ、かまいませんよ」

 兵士たちに命じて武器を地面に置かせる。
 それを見届けて盗賊たちの集団が門から出てこちらにやってきた。
 その集団の中にひときわ大きい男がいた。周りの取り巻きたちはその男に遠慮しているような目を向けている。
 どうやらボスのようだ。
 そのボスはメネラウスの真正面に立っておでこがくっつきそうなくらいの距離で睨みつける。
 メネラウスも負けじとヤクザみたいな鋭い眼光で睨み返す。
 …ええ…なにこれ?不良がメンチ切るような感覚なの?
 つーかこっちのリーダーをメネラウスだと思ってる?
 …私、特別で可愛い制服着てるし、つーかたった今自己紹介したよね?
 なのにスルー?
 本当にこういう時女って舐められるんだよなぁ…切ない…それ以上にむかつく。

「下りてきてやったぞ色男。人質解放といったな。もしかしてその樹液と引き換えなのか色男?。お前みたいに顔がいい男なら、女なんていくらでも出来るだろう?なのに樹液と田舎の小娘共を交換するのか?お前、勘定が下手なんじゃねぇの?がははははは」

 ボスがジョークらしきものを言うと、周り取り巻き共も笑い始める。
 下種だな。メネラウスも不快さを隠していない。
 だけどメネラウスは何も口にしない。
 こんな笑えない冗談に対して一々反論するほどメネラウスは幼稚ではない。

「なんだダンマリか色男?それともあれなのか?俺たちががさんざん使い倒して襤褸にしたお古のおもちゃが好きな変わり者なのか?ぎゃはははは」

 またも笑えない冗談で笑う下種共。
 こいつらにとって女は玩具でしかない。
 理不尽で残酷でむごい現実。
 メネラウスはよく耐えてると思う。
 私も自分の心の中に殺意のような衝動が渦巻くのを感じる。

「おい聞いてんのか?ん?それともブルっちまったのかよ?ひゃははは。こんな大軍率いてる癖にこんなんでビビってるのかよ!」

 盗賊のボスはイキリちらしてくる。
 別に怖くはない。
 それ以上にイラつく自分にこれ以上耐えたくない。

「わたくしを見ろ下種共」

「ん?なんだ?女?おいそこの女。今何か舐めたことを言わなかったか?!あん?!」

「わたくしを見ろと言ったのですよ。下種共」

「なんだとこのクソアマ!」

 盗賊はメネラウスから離れて私を取り囲む。
 なかなか威圧感がある。
 だがそれ以上に卑劣な行為に虫唾が走る。
 大の男たちが私みたいな若い女を取り囲んですごんでいる。
 なんと醜い光景か!
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