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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

令嬢以前の物語 第5話 幽霊の囁き

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 権力を簒奪することに成功した三佐は部下たちにテキパキと指示を出していきます。

「作戦会議をする。すぐに各隊長たちは会議室に来るように伝えろ!それと装備と資材の確認。すぐに取り掛かれ!」

 厳しい表情を浮かべ、小さい体ながらも機敏に動き回って、三佐は戦争の準備を整えていきます。
 その時です。

「やあ三佐。久しぶりだね」

「え…ジョゼフィン?なんでおまえがここに?」

 三佐のアメリカ留学時代の友人ジョゼフィンが、なぜか会議室近くの廊下に立っていました。
 艶やかにフワフワと跳ねる長い金髪にグラマーな男好きする体の美女。
 女性にしては珍しいネクタイとベストとジャケットを組み合わせたビジネススーツ。
 なのに下はタイトスカートにハイヒールで女性的にまとめています。
 スーツだけでもどこかちぐはぐした印象なのに、さらにジャケットの上に使い古した白衣をまるでマントのように羽織っています。

「なんでこの国にいるんだ?政情不安で入国規制がかかっているはずだぞ」

「愛しい君の顔が見たくてね。はるばる来てしまったんだ」

 ジョゼフィンはわざとらしく、可愛らしいウインクをしました。
 でもその赤い瞳は何処か野心の炎に燃えているように見えました。

「お前のような女にそんな可愛げなどあるわけない。なぜここに来た?」

「あれ?メール見てないの?僕の会社もこの街の鉱山開発に参加することになったんだよ。そのための調査に来たんだけど、そしたら暴動に巻き込まれちゃってさ。ついてないよね。ほんと。でもすごかったね君。あの暴徒の中に飛び込んで、あっという間に手懐けてしまうんだからさ。まるで神話の中の英雄みたいじゃないか!僕は感動したよ!やっぱり君はすごい人だ!」

「おほめにあずかり光栄だよ。だが今は忙しい。その世辞を聞いている暇はない。そう言えばお前医師免許を持っているんだろう?ちょうどいいから難民たちのケアに回れ。今はお前みたいな奴の手だって借りたいくらいなんだ」

 三佐は傲岸不遜な態度でジョゼフィンに命令をしました。ですがその態度は不思議と様になっています。
 まるで君主のような風格を身につけはじめていました。

「うわー君本当に先進国の軍人?ナチュラルに民間人に命令するとか…破綻国家のウォーロードみたいだよ?」

「私は必要な命令を出しているだけだ」

「そのことなんだけどさ。戦争行くんだろ?どうかな?僕を軍医として連れてってよ。僕の腕前は知ってるだろ?」

 ジョゼフィンの申し出に三佐は訝しげな目を向けます。
 この女の医師としての腕前は三佐も十分知っていました。

「…何が狙いだ?」

「ボクもこの街の人々を守りたいのさ!」

 白々しい言い分をヘラヘラと言うジョゼフィンに対し、三佐は舌打ちをして。

「あり得ない。お前はエゴイストだ。他人の為になることなど考えたりしない」

「本当に疑り深いなぁ。これだから処女は嫌になるよ。他人の善意を素直に受け取れないからいけないよね。だからモテないんだよ。ふっ」

「今それ関係ないだろ!やめろよ!私はモテないんじゃない!好みの男が偶々そばにいなかっただけだ!つーかお前もヴァージンだろこの野郎!」

 三佐はジョゼフィンの首根っこを掴み前後にグワングワンと揺らします。
 よく見ると三佐の目尻にうっすらと涙が滲んでいました。

「ククク…。さておふざけはここまでにしておくよ。僕は君に取引を申し出るよ」

「取引だと?言ってみろ」

 取引を持ち掛けられ、三佐はジョゼフィンの首から手を離しました。
 この女はいつもふざけていますが、その知性だけは本物です。
 耳を貸す価値がある。彼女はそう判断しました。

「まったく君は本当に女子力が低いなぁ。取引なら耳を貸すあたりマキャベリズムで乙女心が腐ってるよ。プラグマティックな女ほど男にとって疎ましい存在はないというのに。まったく君には可愛げ「あ”ん?」ごめんごめん。怒らないでくれ。窓の外を見てくれ」

 言われたとおりに窓の外に目を向けます。
 そこにはジョゼフィンの会社のロゴのついたトラックが何台か止まっていました。
 そして窓の外のドライバーたちに向かってジョゼフィンが手を振ると、トラックの側面が開き中の積み荷が露わになったのです。

「おい…嘘だろ…」

 荷台に積まれていたのは兵器の山でした。
 ロケットランチャー、機関銃、手榴弾などなど…。
 殺傷力が高すぎるため、復興支援にはそぐわないと判断されて自衛隊がこの地に持ち込むことが出来なかった兵器の数々。
 三佐が今喉から手が出るほどに欲しいものたちです。

「僕を軍医として連れていくなら、あれを君にあげちゃうよ。僕は戦争には詳しくないけど、あれがあればすごく助かっちゃうんでしょ?僕って女子力高いよね。だって相手の欲しいものがわかっちゃうし、それを惜しみなく捧げるんだもの。愛されちゃうなぁ」

 確かにそうでした。だけど腑に落ちないものを感じて目を細めジョゼフィンをにらみます。

「お前は何を知っているんだ?」

「なんのことかな?」

「これだけの兵器をすぐに用意することなんてできない。ということはお前はこの地で何かが起こることを知っていたということだ」

 ジョゼフィンは舞台俳優のように大仰にジェスチャーします。

「そんなまさか!僕は自衛のために、用意していただけだよ。なんせここは危ないって評判だったからね。それだけ。考えすぎだよ」

 これ以上は無駄だと三佐は思い追及を諦めました。
 ジョゼフィンは決して巻き込まれてここに来たわけではない。
 軍閥の決起も、暴動の発生も、起こりうることだと知っていてここにいる。
 だからこそわからなかったのです。
 なぜこの女が三佐のそばにいたがるのか?

「…今は悪魔との契約さえ惜しめないということか…。いいだろう。お前を軍医としてこき使ってやる。戦場にも連れて行ってやろう。感謝しろ」

「やったー!超うれしいよ!ありがとう!」

 ジョゼフィンは大仰に両手を広げて、三佐に抱き着きました。
 頬を三佐に擦りつける様はまるでじゃれつく猫のようです。

「だが事が終わったら、締め上げて何が起きているのか吐かせてやる。覚悟しろ」

「いいよ。君が生き延びられたなら、全部話してあげるよ。…僕は君には嘘をつかないよ」

 さっきまでとは打って変わって、何処か儚げでまるで幽霊のような寂しい笑顔を浮かべています。
 三佐はジョゼフィンがたまに見せるこの顔が好きではありませんでした。

「…まあいい。今はな。ふぅ…まったく…」

 三佐はため息を吐きながら首を振ります。
 この戦争は誰かが絵を描いた陰謀。
 ジョゼフィンかあるいは別の誰かがこの状況を作り上げて何かをしようとしています。
 近くにある鉱山の利権をめぐるものならば理解はできます。
 ですがジョゼフィンという女は、そんな目先の金に色目を使うような女ではないと知っていました。
 もっとロマンティックでそれでいてエゴイズムを隠さない。
 狙いはもっと別にある。
 その事実が否応なく三佐の心に警鐘を鳴らしていきます。

「戦争をコントロールできると思っているのか?そんなことはだれにも出来やしない。そう、この私以外には…」

「失礼します三佐!スタッフ全員集合しました!」

 一等陸曹と、他の自衛官たちがいつの間にか集まっていました。

「そうか。では作戦会議を始めよう。勝つためにな」

 三佐はうっすらと口元に笑みを浮かべます。
 化粧気もないのになぜかその顔は艶やかに見えました。
 神話に語られる戦乙女がいるとするならば、三佐のような笑みを浮かべているのでしょうか?
 それほどにまでに恐ろしく、なのに美しく仄暗い笑みだったのです。
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