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壊れる日常

お家デート

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 朝から妻と喧嘩した。理由は息子の部活の応援に行くかどうかだった。

「今日は礼親の都大会への出場がかかった大事な試合なのよ!なんでお父さんのあなたが行かないのよ!?」

「仕事で疲れてるんだよ。それに俺がいようがいまいが勝敗には影響は出ない。行く必要はない」

「あるに決まってるでしょ!息子が大事じゃないの!?両親揃って応援してあげなきゃかわいそうでしょ!」

「べつに可哀そうなわけないでしょ。はぁ。うるさいなぁ」

 俺は疲れていた。主にヤクザをしばき回ることに対してだ。なのに公安が懸念している薬のネットワークはいまだに壊滅できていない。これでも警官として社会の治安を憂う身である。父親としても子供には安全な社会で生きていて欲しい。だから休日くらいはゆっくりしたい。

「仕事で疲れてるからなんなの!子供が大事じゃないの?!」

 托卵かましてるお前がそれを言うの?よりによって子供を盾に取るような言い分にはムカッと来た。だからちょっと意地悪になっていたと思う。

「お前が大事なのは子供じゃなくて自分のことだし、可哀そうなのも子供じゃなくて自分でしょ」

 俺の嫌味に妻は眉をぴくっと震わせた。

「なにそれ?どういう意味?」

「お前には父親がいない。シングルマザーで育った。だから子育てイベントで父親の俺を積極的に関わらせたいって気持ちがあるのはわかる。だけどそれって子供言い訳にして自分自身の過去の代償行為をしているだけだろ」

 妻は唇を震わせている。俺の言葉が心の柔らかなところにたぶん刺さったのだろう。妻はシングルマザーの家庭で育った。父親はいない。認知もされていない私生児だ。俺も妻の父親には会ったことがない。どんな人か妻の母に尋ねたけどそれについて一切語ることはなかった。その母も礼親が生まれた頃に事故で亡くなってしまった。

「なんでそんなひどいこと言うの?」

 涙を一筋流して妻はぼそりとそう呟いた。

「お前がエゴイストだから。疲れてるんだ。行くならひとりで行け」

 俺は手をしっしと払う。妻はしばらく立ち尽くしていたが、すぐに家から出ていった。

「うわぁ。DVってこわーい」

 俺たちの喧嘩を隠れて見ていたであろう欹愛がリビングに入ってきた。Tシャツに短パンだけのラフな姿だ。

「DVなんてしてない。正論を言っただけ」

「それがDVなんじゃないの?女の子に正論なんて駄目なんだゾ!あはは」

 欹愛は俺の手に絡まってくる。今家には妻も息子もいない。二人きりだった。

「ねぇねぇ。暇でしょ。デート行こうよデート」

「聞いてたんだろう?疲れてんだよ」

「えーそれって言い訳でしょ?ママと一緒に出掛けたくないから」

 俺は多分苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていると思う。確かにそうだからだ。疲れているとはいえ、べつに家族サービスできないレベルじゃない。

「デートは大事だよ。男と女はデートしてお互いを知り合って愛し合うようにできてるんだからね」

「お前のことならもう十分知ってるんだよ」

「え?何言ってるの?最近まで私が実の娘じゃないこと知らなかったのに?」

 揚げ足をとられた。欹愛は小悪魔じみた笑みを浮かべている。腹が立つのに、その笑みは可愛らしいものに見える。

「わかったよ。デートしよしよ」

「やったー!どこに連れてってくれるの?!」

 欹愛はお目目をキラキラさせている。楽しそうに見える。

「お家デート」

「え?」

「お家デートだ」

「ええ…お家って…ここ?」

「そうだ。ここだよ。すごいだろ。俺ってワンルームどころか持ち家あるんだぜぇ」

「ローン残ってる癖に。でもいいよ。うん。お家デートもデートだし。わー楽しみぃ。うふふ」

 冗談のつもりで言ったのに、欹愛は楽しそうにリアクションしてくれている。今更デートじゃないなんて言いづらい。目の前にいるのは娘ではなく女の子・・・。がっかりさせるのは男として駄目だと思ってしまったのだ。

「ねぇ。デートだし流石にパパって呼ぶのはなしだよね?名前で呼んでもいい?尊親さんとか?」

 今の俺は絶対にアルミホイルを噛んだ時みたいな渋い顔していると思う。

「…微妙…パパって呼んでくれ」

「だめだよぅ!それじゃデートじゃなくてパパ活だよ!じゃあ尊君たかくんとかどう?」

「中年の俺にはそれは厳しいなぁ」

「じゃあチカちゃん」

「もういいよ。普通に呼び捨てでいい」

「わかった!じゃあ今日はいっぱい楽しいことしようね、タ・カ・チ・カ♡」

 欹愛が俺に正面に抱き着いてくる。豊満で柔らかな乳房の感触に少しドギマギする。既婚者だし女の体に触れることには慣れているはずなのに、妻じゃないだけでこんなにも気持ちがいいとは…。

「ねぇタカチカ。いつになったら奥さんと離婚してくれるの?」

「お家デートなのに話題がすごく爛れてない?」

 欹愛は俺にニヤニヤとした笑みを浮かべている。俺たちはくっついたまま床に座った。欹愛は俺の太ももの上に座って足を絡めてくる。

「ねぇママと別れてわたしに乗り換えようよ」

「簡単に言われても困るんだよな」

「でも男の人って子供が托卵だったら即離婚するのが普通なんでしょ?ネットにはそう書いてあったよ」

 確かに欹愛のおっしゃる通りだ。そんな話はネットにゴロゴロしている。俺だって最初に欹愛が托卵だと知ったときは色々検索してみたよ。

「今離婚するとお前の将来が真っ暗になっちゃうでしょ。高校の学費とか大学への進学とか」

「べつにいいよそんなの。あーそれが心配だから離婚できないのね?この間の保護者面談も渋い顔してたよね。でもそれなら気にしないでよ!」

 欹愛は俺の首に絡みついてくる。そして唇を俺の耳元に寄せて。

「私の夢はパパのお嫁さんになることだもん」

 それは小さな女の子が言えば他愛もない可愛らしい戯言だろう。大人になって揶揄われて笑い話になるようなよくある家族の団欒。だけど。今の俺たちには。それは現実の話に聞こえてしまうのだ。

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