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壊れる日常

事実を知った日

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 娘と血がつながっていなかった。その事実を俺はどう受け止めればいいんだろう?

「信じられない。信じたくない」

 俺は仕事場のデスクの上で娘の欹愛いよりと息子の礼親あやちかそれと妻である日和ひよりと俺との親子鑑定の結果を何度も読み返した。
 職場のつてを使って信頼できる調査機関に頼んだ結果だ。子供二人は間違いなく妻の子であり取り違えはない。だけど俺と血がつながっているのは息子だけだった。娘の父親は俺じゃない。調査のきっかけは一通の手紙だった。今どき手紙なんて珍しいからよく印象に残ってる。可愛らしい封筒の中に新聞の文字の切り抜きが張り付けた紙が一枚入っていた。そこにはただ一言『お前の妻の罪を告発する。お前の娘は娘ではない』とだけ書かれていた。最初は冗談かと思った。俺の仕事は方々に恨みを買うことが多い。だからまともに取り合わなかった。だけど気にしないほど俺は大人ではなかった。その日から娘のことをよくジロジロとみるようになったと思う。妻には俺が娘を心配しすぎる男親に見えていたようだけど、実際は疑いの目を向けていた。娘は俺に全く似てない。自慢になるが美人な妻によく似て美しく育った自慢の娘だった。だから血がつながっていなかったらと思うと俺の中になにか焦燥感のような感情が生まれた。そういう感情は伝わるのか。娘は俺に『ちゃんと門限は守るし、悪いことはしないから安心して』と健気にも言ってきた。優しい娘だからこそやっぱり焦りはひどくなっていく。そして俺はとうとう親子鑑定に踏み切ってしまった。そして結果はこのざま。我が加賀美家の娘は托卵だった。

「やらなきゃよかった」

 虚脱感がひどい。何から考えればいいのかわからない。妻が裏切ったことを嘆けばいいのか?だが高校の頃から付き合って卒業してすぐに結婚してずうっと彼女は俺に優しくて健気に尽くしてた。仕事が忙しいときだって何も文句は言わなかった。罪滅ぼしで些細で安くて俺が選んだセンスのないアクセサリーくらいで喜んでくれるいい女だった。裏切っていたなんて信じられない。娘のことだってそうだ。ずっと大切に育ててきたつもりだ。同僚たちが年頃の娘とうまくいかないと嘆いているのにも関わらず、我が家では俺と娘との関係は良好そのものだった。ちゃんと勉強して、楽しく部活をして、友達と仲良くして、時には俺に甘えたり、妻に叱られてみたり。そんな普通の生活。だけど幸せな人生を歩んできたのに。こんな紙切れ一枚でそのすべてが虚構になってしまうのか。そんなことをぼーっと考えていた時だった。

「総員傾注!!」

 上司が慌ただしい様子で、俺たちのオフィスに入ってきた。

「ついさきほど、都内の地下鉄にて銃器を使った立てこもり事件が発生した!!緊急事態に備えて、我々SATも現場に向かうことになった!すぐに出発する!」

 こういう時に限って嫌な仕事が入ってくる。統計的に言えば事件は年々減っていっているのに、体感的には凶悪化しているような気がする。一人の警官としてはこの事態を憂うが、個人としては今日はこれで家に帰らずに済んでちょうどいいって思ってしまった。そして俺はすぐに装備を整えて、現場に向かった。




 事件のあらましには興味がない。何かの政治的主張を持った団体構成員が地下鉄の乗客を人質にして車両の中に立てこもった。車両は駅と駅との間の線路の上で止まったまま動かなかった。彼らはその中から刑務所に収監されている仲間の解放を要求しているそうだが、政府はそれを拒否した。

「というわけで俺たちの出番だ。犯人の射殺許可は出ている。訓練通りにやって、俺の指示に従えばそれで終わりだ。無駄な緊張はいらない。以上」

 俺は部下にそう訓示した。これから俺たちSATは複数のチームに分かれて、犯人たちが立てこもる電車に突入する。こういう大がかりなテロは久しぶりだった。本当にちょうどいい。俺の家のことを忘れられる。犯人たちには少しだけ感謝をしてやりたい気持ちだった。

「加賀美隊長…その…私…」

 最近入ってきた女性隊員の手が震えていた。優秀な新人であり、俺の目から見ても優れた逸材だ。高卒でノンキャリな俺には上の事情は分からないが、この女性隊員を女性警官の出世のモデルケースにしたいらしい。こんな事件で心が折れても困る。俺は彼女のヘルメットを脱がせてその頭を撫でた。

「大丈夫だ。大丈夫。俺はお前がいい子だって知ってるよ。俺はお前を頼りにしている。だから頑張れ」

 普段娘が部活やテストの緊張で俺に甘えてくる時があった。そういう時俺は頭を撫でて、大丈夫だと言ってやった。そうすれば娘は頑張ってくれた。だからこの子もたぶん頑張ってくれる。

「っあ…加賀美隊長…ん…」

 女性隊員はくすぐったそうにしていた。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。これなら大丈夫そうだ。

「すみません。もう大丈夫です」

 女性隊員はヘルメットをかぶりなおして、真剣な表情に戻った。俺たちは暗視装置のゴーグルを装着して、地下鉄の線路の上を忍び足で車両に近づいていく。車両の外に歩哨らしき男たちがライフルを持って警戒していた。まだ近づいてきた俺たちのことには気づいていないらしい。

「標準を合わせろ」
 
 俺がそう指示すると、部下が歩哨に向かって銃口を向けた。

「こちらチャーリーワン。配置についた。60秒後に電源を落としてくれ」

「ヘッドクオーター了解。60秒後に電源を落とす。ご武運を」

 そして俺は腕時計を見ながら時が過ぎるのを待った。そしてきっかり60秒後に車両とトンネル内の電源がすべて切れて真っ暗になった。

「撃て」

 俺の指示と同時にサイレンサー越しの発砲音が少し響いた。そして俺たちは電車に近づき、歩哨の死体を超えてドアをバールでこじ開けて内部に突入した。人質たちは席に座らされて身をかがめて小さくなっていた。犯人たちは突然落ちた電源のせいで狼狽えているのが、俺たちの暗視ゴーグルにはしっかりと映っていた。まだ俺たちが電車内に入ってきたことに気がついていない。俺たちは電車内に先頭車両から侵入した。すぐに運転席を確保し、その車両内の犯人たちを射殺した。そして次の車両に移り、静かに犯人たちを射殺していく。このままいけば人質に被害は出ずに終わる。最後の車両に突入して、犯人に銃口を向けた時だった。突然電源が復活して車内が明るくなった。すぐに暗視ゴーグルを外して犯人に銃口を向けた。だが犯人の動きが俺の予測より少し早かった。近くにいた女子高生を人質に捕ってその頭に銃口を突きつけていた。犯人は中年の女で甲高く焦った声で俺たちに向かって叫ぶ。

「よくも私たちの仲間を殺したな!!こいつがどうなってもいいのか!すぐに電車の中から出ていけ!!」

 犯人は恐慌状態にあった。気がついたら周りには仲間の死体。そして俺たち警官に囲まれている。恐れない方がおかしい。

「いやぁ!助けて!いやぁ!うわああああん!」

 女子高生は震えて涙をボロボロとこぼしている。ふっとその姿が娘のそれと重なって見えた。そして犯人の女は俺の妻と同じ年くらいに見えた。だからかもしれない。俺はライフルの銃口を犯人の額に合わせて引き金を引いた。

「っあ…」

 犯人はあっさりとその場に崩れ落ちて女子高生は解放された。俺は無線で各隊員に状況を報告させる。クリアーの声が次々と響く。車両内に生き残った犯人はいない。俺は司令部に無線を飛ばす。

「犯人グループはすべて射殺。ぱっと見た感じ人質にけが人はいないようだ。すぐに救護班を連れてきてくれ」

 無線の向こう側から歓声が響いてきた。暢気なものだ。だが事件はあっけなく終わってしまった。

「はぁ…。終わっちゃったよ…」

「え?終わってよかったじゃないですか。みんな無事ですよ」

 伸びをしながら女性隊員が俺のひとり言を拾った。

「いや。今日は家に帰りたくない」

「えー?綺麗な奥さんがいて可愛い娘さんがいてモテる息子さんがいるんでしょ?幸せじゃないですか」

「…だから帰りたくないんだよ…幸せだったから…」

 家に帰るのが億劫だ。だけどいつまでも現場にぐずぐずとはしてられない。やってきた救護班と入れ替わりで俺たちは帰路についた。そして俺は家に帰らざるをえない。どんな顔をして妻と娘に会えばいいのかわからないままだった。
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