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第3章 略奪溺愛とか重すぎるので、逃げ出させていただきます!しかし回り込まれてしまった!
第15話 同じ夢を見れますように
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視線を虹色に輝く雲海に向ける。これ以上ないほどに輝いているのに、空は真っ暗だった。
「ジョゼーファ。聞いて欲しいことがある」
「なんですか?」
私はフェンサリルの優しい声を聞いて頭を少し上げる。そこにはフェンサリルの淡く煌めく紫の瞳があった。国王陛下はこんな瞳を私には向けてくれない。この紫の瞳には凍えたこの身を包んで温めてくれる暖かさがあった。
「大君民選論は聞いたことがあるか?」
「ええ。過激派が語る夢想ですよね。諸国を束ねる幕府のトップを人民の選挙でもって選ぶことで腐敗した封建制度は打破され、新しい黄金時代がやってくるという」
「そう。夢想だ。馬鹿馬鹿しい夢想だ。だけど。美しいと思ったんだ」
一瞬ドキッとした。私たちの視線は絡み合ってる。だから美しいって言葉が私に向けられたのかと思った。
「お前が政治を志したのも、腐敗を打破したかったからだろう?」
「ええ。汚いモノ何もかもが許せませんでした。今もそうです」
腐ったシステムが作り出す汚辱の中にマギーは放り込まれた。そしてその中で身を汚して人に尽くして搾取され。なのに最後はとても悲惨なものでしかなかった。
「俺もそうだ。これでも貴族の生まれだ。いくつもの戦争に出兵してきた。戦争をしている国は大抵すべてが破綻してる。だからどこもかしこもどうしようもない世の中の仕組みって奴が人々を貧困の中で擂り潰していくのを見てきたよ。見たくなかった。見なければ能天気なままでいられたのに」
そう。見てしまった。すれ違ってしまった。あちら側は人々を犯し壊し擂り潰していく肉挽き機の世界。こちら側は絞りだされた血を啜って醜く肥え太り続ける豚の世界。断絶の狭間に落ちたものは正気ではいられない。私もフェンサリルも目を閉じては生きていけないのだ。
「だから俺は幕府に行くことにしたんだ。最も大きい政治システム。その中に参画できれば世の中を変えることができるかも知れない。そう思った。大君民選論はその一つの答えだ。幕府の改革に俺は尽くしたい」
「そうですか。立派な夢ですね。わたくしとは大違いです」
政治がやりたいなんて言っても、私なんて所詮は政略結婚を利用した腰抜けだ。やってることのスケールが違うだけで、場末の酒場で男に一杯の酒をねだる娼婦のようなものでしかない。それさえも結局は失敗した。
「違わないよ。俺はお前が政治をやるために必死になっていたのを隣で見てたよ。気に入らないけど、ああ、本当は嫌だったけど。お前が王室に嫁いでまでことを成そうとしたことは、本当に立派だと思ったんだ。だから俺も幕府を目指した。お前に少しでも恥じぬようにと」
「フェンサリル。あなたは…そう思っていてくれたのですか…」
私だってそこまで鈍感ではない。フェンサリルだって私を憎からず思って居たことくらいわかってる。私が王家に嫁ぐことにした時、私は彼を裏切ったと思った。それがずっと心残りで。だけど動機を。私のどうしようもない裏切りの動機をフェンサリルはちゃんとわかってくれていたんだ。
「っぐす。わたくしは…あなたにずっと謝りたかった!ごめんなさいフェンサリル!何も言わずに結婚を決めてごめんね!王太子より先にあなたがわたくしにプロポーズしてくれていたのに!それに返事さえしなかった!ごめんなさい!ごめんなさい!」
涙がとまらなかった。女の涙はズルいから。だから誰の前でも泣かないってそう思ってたのに。フェンサリルの手が私の頭をそっと撫でてくれた。
「いいんだ、ジョゼーファ。いいんだよ。俺はお前の思いを知ってる。エゴではなく崇高な使命の為に自分の身を投げうったんだ。それは立派なことだ。謝らなくていいよ」
フェンサリルは私をそっと抱き寄せた。たくましい腕。私の体をそっと包み込む彼の体の大きさ。ここにいてもいいと思える嬉しさ。暖かさがとても愛おしい。
「ジョゼーファ。俺と同じ夢を見てくれないか?」
「え?それはどういうこと?」
「幕府の士官は自由に副官を揃えられる権限がある。ジョゼーファをそれに任命する。いっしょだ。いつでも一緒にいられる。一緒に同じ夢を目指せる」
いっしょだと言ってくれる。感じていた寂しさが吹き飛ぶようだった。たった今。この瞬間、甘くきつく抱きしめられて頭は痺れてるのに、未来さえも用意してくれるという。
「俺の力は及ばなかった。だから残念だけどお前の夢はもう叶わない。だけど俺はお前に新しい夢を見せてあげられる」
「フェンサリルぅ。わたくしはぁ…ああっ…!」
私は彼の背中をぎゅっと抱きしめた。言葉なんかいらない。これでもう十分に伝わる。きっとこの人と過ごす未来は輝かしいものだ。共に世界を変える悦び。フェンサリルの器と私のサポートさえあれば初代の民選大君さえ夢想ではないかも知れない。
「ジョゼーファ…」
彼の指が私の顎に触れた。ああ、もう無理だ。嫌なんて言えない。だからもう仕方がない。
「フェンサリル…」
私は目を瞑る。言葉になんかしたくない。これでもう十分伝わってしまった。なによりフェンサリルが私の事を望んでる。だからもう仕方がない。
『本当にもう仕方がない?』
そう。すべてはもう仕方がない。彼の唇が近づいてくる感覚を感じる。それはあまりにも甘美な予感で、抗う気力を奪うズルいテクニック。もうすぐ私たちの唇は重なる。だから、だからもう仕方がない過去に流されていく。
『そう仕方がない子ね。あなたって。でもね。もう忘れたの?あなたが世界を放っておいても、世界があなたを放ってはおいてくれないってことを!だからこれから先の出来事は!』
どぅうううぅうううぅううううううん、と突然大きな音が響いて、地面が揺れた。地震かと思ったがここが船の上であることを思い出して一瞬にして体は臨戦態勢になってしまった。すぐに袴の下からコンパクトライフルを取りだして、スリングを肩にかけて構える。フェンサリルも剣帯から剣を抜いて私を守るように傍に立ってくれた。
「フェンサリル。今の音と振動。間違いなく」
「ああ、爆弾の類だ。これは事故じゃない。悪意を持った襲撃だ!!」
そしてすぐに船のあちらこちらから爆発音や剣戟の音、あるいは魔法の炸裂音が響き渡り始める。そして人々の悲鳴。甘い逃避の旅は一瞬にして、いつもの地獄に逆戻りした。そして私はキスさえ知らずにまた戦場に戻ったのだ。
『全部全部全部!仕方がない事になってしまうのよ!』
そして何処か遠くで誰かがニヤリと悍ましく笑ったような気がした。
「ジョゼーファ。聞いて欲しいことがある」
「なんですか?」
私はフェンサリルの優しい声を聞いて頭を少し上げる。そこにはフェンサリルの淡く煌めく紫の瞳があった。国王陛下はこんな瞳を私には向けてくれない。この紫の瞳には凍えたこの身を包んで温めてくれる暖かさがあった。
「大君民選論は聞いたことがあるか?」
「ええ。過激派が語る夢想ですよね。諸国を束ねる幕府のトップを人民の選挙でもって選ぶことで腐敗した封建制度は打破され、新しい黄金時代がやってくるという」
「そう。夢想だ。馬鹿馬鹿しい夢想だ。だけど。美しいと思ったんだ」
一瞬ドキッとした。私たちの視線は絡み合ってる。だから美しいって言葉が私に向けられたのかと思った。
「お前が政治を志したのも、腐敗を打破したかったからだろう?」
「ええ。汚いモノ何もかもが許せませんでした。今もそうです」
腐ったシステムが作り出す汚辱の中にマギーは放り込まれた。そしてその中で身を汚して人に尽くして搾取され。なのに最後はとても悲惨なものでしかなかった。
「俺もそうだ。これでも貴族の生まれだ。いくつもの戦争に出兵してきた。戦争をしている国は大抵すべてが破綻してる。だからどこもかしこもどうしようもない世の中の仕組みって奴が人々を貧困の中で擂り潰していくのを見てきたよ。見たくなかった。見なければ能天気なままでいられたのに」
そう。見てしまった。すれ違ってしまった。あちら側は人々を犯し壊し擂り潰していく肉挽き機の世界。こちら側は絞りだされた血を啜って醜く肥え太り続ける豚の世界。断絶の狭間に落ちたものは正気ではいられない。私もフェンサリルも目を閉じては生きていけないのだ。
「だから俺は幕府に行くことにしたんだ。最も大きい政治システム。その中に参画できれば世の中を変えることができるかも知れない。そう思った。大君民選論はその一つの答えだ。幕府の改革に俺は尽くしたい」
「そうですか。立派な夢ですね。わたくしとは大違いです」
政治がやりたいなんて言っても、私なんて所詮は政略結婚を利用した腰抜けだ。やってることのスケールが違うだけで、場末の酒場で男に一杯の酒をねだる娼婦のようなものでしかない。それさえも結局は失敗した。
「違わないよ。俺はお前が政治をやるために必死になっていたのを隣で見てたよ。気に入らないけど、ああ、本当は嫌だったけど。お前が王室に嫁いでまでことを成そうとしたことは、本当に立派だと思ったんだ。だから俺も幕府を目指した。お前に少しでも恥じぬようにと」
「フェンサリル。あなたは…そう思っていてくれたのですか…」
私だってそこまで鈍感ではない。フェンサリルだって私を憎からず思って居たことくらいわかってる。私が王家に嫁ぐことにした時、私は彼を裏切ったと思った。それがずっと心残りで。だけど動機を。私のどうしようもない裏切りの動機をフェンサリルはちゃんとわかってくれていたんだ。
「っぐす。わたくしは…あなたにずっと謝りたかった!ごめんなさいフェンサリル!何も言わずに結婚を決めてごめんね!王太子より先にあなたがわたくしにプロポーズしてくれていたのに!それに返事さえしなかった!ごめんなさい!ごめんなさい!」
涙がとまらなかった。女の涙はズルいから。だから誰の前でも泣かないってそう思ってたのに。フェンサリルの手が私の頭をそっと撫でてくれた。
「いいんだ、ジョゼーファ。いいんだよ。俺はお前の思いを知ってる。エゴではなく崇高な使命の為に自分の身を投げうったんだ。それは立派なことだ。謝らなくていいよ」
フェンサリルは私をそっと抱き寄せた。たくましい腕。私の体をそっと包み込む彼の体の大きさ。ここにいてもいいと思える嬉しさ。暖かさがとても愛おしい。
「ジョゼーファ。俺と同じ夢を見てくれないか?」
「え?それはどういうこと?」
「幕府の士官は自由に副官を揃えられる権限がある。ジョゼーファをそれに任命する。いっしょだ。いつでも一緒にいられる。一緒に同じ夢を目指せる」
いっしょだと言ってくれる。感じていた寂しさが吹き飛ぶようだった。たった今。この瞬間、甘くきつく抱きしめられて頭は痺れてるのに、未来さえも用意してくれるという。
「俺の力は及ばなかった。だから残念だけどお前の夢はもう叶わない。だけど俺はお前に新しい夢を見せてあげられる」
「フェンサリルぅ。わたくしはぁ…ああっ…!」
私は彼の背中をぎゅっと抱きしめた。言葉なんかいらない。これでもう十分に伝わる。きっとこの人と過ごす未来は輝かしいものだ。共に世界を変える悦び。フェンサリルの器と私のサポートさえあれば初代の民選大君さえ夢想ではないかも知れない。
「ジョゼーファ…」
彼の指が私の顎に触れた。ああ、もう無理だ。嫌なんて言えない。だからもう仕方がない。
「フェンサリル…」
私は目を瞑る。言葉になんかしたくない。これでもう十分伝わってしまった。なによりフェンサリルが私の事を望んでる。だからもう仕方がない。
『本当にもう仕方がない?』
そう。すべてはもう仕方がない。彼の唇が近づいてくる感覚を感じる。それはあまりにも甘美な予感で、抗う気力を奪うズルいテクニック。もうすぐ私たちの唇は重なる。だから、だからもう仕方がない過去に流されていく。
『そう仕方がない子ね。あなたって。でもね。もう忘れたの?あなたが世界を放っておいても、世界があなたを放ってはおいてくれないってことを!だからこれから先の出来事は!』
どぅうううぅうううぅううううううん、と突然大きな音が響いて、地面が揺れた。地震かと思ったがここが船の上であることを思い出して一瞬にして体は臨戦態勢になってしまった。すぐに袴の下からコンパクトライフルを取りだして、スリングを肩にかけて構える。フェンサリルも剣帯から剣を抜いて私を守るように傍に立ってくれた。
「フェンサリル。今の音と振動。間違いなく」
「ああ、爆弾の類だ。これは事故じゃない。悪意を持った襲撃だ!!」
そしてすぐに船のあちらこちらから爆発音や剣戟の音、あるいは魔法の炸裂音が響き渡り始める。そして人々の悲鳴。甘い逃避の旅は一瞬にして、いつもの地獄に逆戻りした。そして私はキスさえ知らずにまた戦場に戻ったのだ。
『全部全部全部!仕方がない事になってしまうのよ!』
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