王太子に婚約破棄されたと思ったら、国王陛下に溺愛されました!

令令令 Rey_Cubed

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第1章 ん?どうしたん?話聞こうか?じゃ略奪溺愛するね。

第1話 両片思いのおしまい

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令彁れいか4年(神祁しんき敎后紀元節2022年)



 ホールには多くの貴族とその子弟がおり、歓談やダンス、あるいは酒、美食を各々楽しんでいた。今日は学園の卒業パーティー。所謂プロム。こういうイベントは平民たちならば子供たちが主体の楽しいイベントになるのだろう。だが貴族たちはそうではない。貴族という国家に巣食い搾取する害虫共は何かと理屈をつけては集まって互いの共犯関係を確認し合うのだ。ここに学園からの卒業を祝う大人は一人もいない。いるのは己が権益を拡大しようとするゴミ共だけだ。
 私は貴族の社交界というものが大嫌いだった。遠回しのくせにエゴで臭い言葉。権力で肥え太った男たち。人民から搾取した汚い金で着飾る女たち。でもこの中で一番嫌な女は多分私だっただろう。今、私の周りにはその嫌な男共とその娘たちが群がっていた。

「王太子妃殿下。どうでしょう?私の娘をぜひ傍付きの侍女に」

「貴様の娘など平民の女に産ませた顔だけが取りえの小娘だろうに!殿下!私の娘の母は隣の国の公爵家の出身です!血筋も品性も確かな娘ですよ!殿下が王太子様のお相手が出来ない時でも、お役に立ちますよ・・・・・・・・!」

 私は王太子の婚約者であり、未来の王太子妃が内定している身である。今日、学園を卒業し来年度からは王宮に入り王太子と結婚する。普段は色々と理屈をつけて貴族たちの面会希望を跳ねていたが、今日はそうはいかなかった。ここぞとばかりに自分の娘を私の傍付きの侍女、いいや王太子の愛人に送り込もうとしている。くだらない。女を道具扱いするこいつらが気に入らない。愛人であっても王太子の傍に侍りたいと思う女たちも気に入らない。

「わたくしはまだ輿入れ前のみです。侍女を決めるなんて、そのようなことはとてもとても。王太子殿下の許可なく王宮の人事を動かすなど女のすることではありませんわ」

 やんわりとお断りしようと思った。だが恥知らずな者たちはすぐに食い下がってくる。

「またまた!王太子様は王太子妃殿下に夢中だと聞いておりますよ。婚約の話は王太子から申し出たのは有名な話でしょうに!」

「その通り!王太子様も男です!お美しい王太子妃殿下からお願いしていただければ必ずや叶えてくれるでしょう!」

 気に入らない。私を王太子妃などと呼ぶことが気に入らない。まだ結婚はしていない。ただの婚約者だ。妃。己の女と書いて妃。そんな言葉は大嫌いだ。だけど彼らはもう私をそう呼ぶのだ。うざったい。

「わたくしはまだ王太子妃ではありません。カドメイア州辺境伯エヴェルトン・アイガイオンの娘でしかない、ただ・・のジョゼーファですよ。では失礼させて・・・」

 話を切り上げて場を去ろうとしたら、多くの貴族たちに囲まれてしまった。

「どうか!お願いいたします!」

「いえいえそのように遠慮なさらずにどうかお話を!」

「ウチの娘はいい子なんですよ!」

「いやウチの娘の方が可愛がられる!」

 うるさい。ひどく煩わしい。どいつもこいつも。そんなに娘さんに自信があるなら自分で王太子に紹介すればいいじゃないか。だがそうしない。出来ない。私はホールの中心にいる金髪の王太子の方に目を向ける。彼はピンク色の髪のとてもとても美しい少女とダンスしていた。

「いいぞ。マルルーチェ。とても上手なステップだね」

「ありがとうございますカーティスさま。練習したかいがありました。今日カーティスさまと踊れることが楽しみで毎日毎日頑張って練習してきたんです!」

「私のために頑張ってくれるとは嬉しいよマルルーチェ」

 社交ダンスは貴族の常識ではないだろうか?出来なきゃ恥ずかしいレベルであって、出来たからと言っていちいち褒めるようなものではないだろうに。思わずため息が出てしまう。あれが娘を紹介できない理由だ。王太子と踊っているのはマルルーチェ・ミュレル。男爵家の娘で私たちの同級生。学園には途中から転入してきたが、その美貌と明るい性格であっと言う間に男たちを虜にし、そしてとうとう王太子のことも夢中にさせた。私はあの子が好きではない。色香に惑わされた男たちには天真爛漫で無垢に見えるのだろうが、女の冷めた目から見れば芝居がかって鬱陶しく見える。ようはぶりっ子だ。実際に彼女は女友達は一人もいない。だけど王太子のお気に入りであり、さらには王国の主要貴族の子弟すべてを魅了しているので、女子生徒相手に何処か優越的な目を向けてくる。男の権力を笠にお高く留まってる。そんな娘に夢中の王太子に他の女を紹介できるやつなんていない。中にはマルルーチェをおそれずに王太子を落とそうとした女子生徒もいたが、マルルーチェが寂しそうに王太子の袖を握って、『あの人をカーティスさまが愛しても、あたしの思いは変わりませんから…』なんて涙の一つも浮かべながら言えば王太子はコロッと騙される。健気なこの子裏切れない!などと言って言い寄ってきた女を振るのだ。いやその前に婚約者の私に申し訳ないと思えよ。マルルーチェの存在って、私から見れば裏切りだし浮気そのものである。

「はぁ…どうすればいいんでしょう。困りましたわね」

 愛人なんか王宮に連れ込まれては困るのだ。私には王宮で成さねばならぬことがあるのだ。愛人が政治に口挟んでくるような状況は避けたいのだ。

「ですからうちの娘を!」

「うちの子を!」

 まだ娘連れの貴族共はピーピーと五月蠅く喚いている。はしたなく舌打ちの一つでもしてやりたい。だがそんなときだ。

「どけ豚共。俺はジョゼーファに用があるんだ」

 私に群がる貴族たちに割って入ってくる男がいた。プラチナブロンドに紫色の瞳にこのホール、いや多分この国一美しい顔をしている少年。フェンサリル・ケルムト。私の幼馴染で又従兄にあたる貴族だ。同級生でもあった。彼は私の傍に立つ。まるで悪漢から姫を守る騎士の様に見えた。

「何だ小僧!何様のつもりだ!」

「そうだ!それにそもそも王太子妃殿下を名前で呼ぶとは!無礼だぞ!!」

 口々に貴族たちはフェンサリルに食って掛かる。

「無礼?お前らの方が無礼だろうに。ジョゼーファはまだ王太子妃ではない。なのにそう呼ぶのはいかがなものかな?」

「いずれはなるのだからかまわんだろうが!」

「法律はちゃんと守れ。ここは法治国家だ。王族でない者が王族にゆかりある称号を僭称、またはそうでないものをそう呼びかける行為は法に反する。お前たちは王家を侮辱しているんだよ。不敬罪だ、恥を知れ」

 おや。これはこれは。フェンサリルは理路整然と法律を持ち出してきた。貴族たちはぐぬぬと口を紡いだ。正直に言えばこんなことでいちいち不敬罪になるほどこの国は不自由ではない。だけど建前で生きる彼ら貴族にはこういう屁理屈はよく効くだろう。

「…所詮見た目と胸の大きさだけが取りえの名無しの娘・・・・・のくせに…」

 小言でそうぼそっとどこかの貴族が呟き、その言葉に賛同するように皆がニヤリと笑って、私に対して侮蔑的な視線を向ける。名無しの娘。それが私に向けられた数ある蔑称の一つだ。私には苗字がない。辺境伯のアイガイオン家に生まれたが、父は私に苗字を名乗ることを禁じた。戸籍でさえも私はただの『ジョゼーファ』として登録されている。

「ほう。ジョゼーファを嘲笑うか?なら俺と決闘でもするかね?俺の制服の色を見ろ。紫の詰襟。意味は分かるだろう?それでもその嘲りを通したければ、俺を倒してみろ」

 フェンサリルは剣帯に佩いている剣の柄に手をかける。貴族たちは皆一瞬にして蒼い顔になる。決闘文化はこの国では盛んだ。挑まれて断れば男はそれを一生恥じて生きなければならない。そして紫の詰襟。幕府水軍の伝統的士官制服。これを辺境で纏えるのは幕府が直接士官にスカウトした精鋭の証である。フェンサリルは諸国を束ねる幕府の大君からその才覚を直接見出されたことで有名だ。決闘なんて恐ろしくてできやしない。

「くそ…小僧。覚えてろ」

「うるさい。とっとと消えろ」

 貴族たちとその娘たちは方々に散っていく。そしてフェンサリルは私の方へ振り向く。

「災難だったな。だがすまない。こういうのは本来婚約者の役目だ。割って入るのを躊躇ってしまった。だがあの男…」

 フェンサリルは厳しい目を未だ呑気に踊っている王太子に向けている。

「いいんですよ別に。最初から彼には期待してないので」

 言葉は嘘ではないが、王太子にがっかりした気持ちは本当だ。この騒ぎでもまだマルルーチェと遊んでいる。私を顧みるつもりはないようだ。

「期待していないならなぜ結婚するんだ?」

「あれはあれで腐っても神輿ですからね。神輿がないとできないことはこの世界には沢山ありますから」

 フェンサリルは顔を伏せる。悲しげに眉を歪めているように見える。

「ジョゼーファ。お前が政治をやりたいことはわかる。あんなことがあればそれを志すのはわかるんだ」

 この国で女が政治をやるのならば貴族の妻になるしかない。だがそこらの貴族じゃ意味がない。王家に嫁入りすれば国政に手が出せる。

「ええ、わたくしはこの国を変えねばなりません。そう決めたのです」

「だがそれでお前自身は幸せになれるのか?」

「わたくし個人の幸せ?この国が腐っているのに、それを求めるのは贅沢というものです」

「っ……俺は明日、幕府のあるみやこに向かう船に乗る。来年度からは幕府水軍の少尉に着任するんだ」

「ええ、知ってますよ。必ず見送りに行きます」

 王国海軍ではなく幕府水軍に入隊できたフェンサリルは一族一門の誇りだ。幼馴染として幼いころから傍にいた私も誇らしく思う。

「明日。港でお前に会ったら…その時に俺はお前の手を引…」

 彼がそれを言い切る前に私は声を上げた。最後まで言わせたら、私はきっと…きっとその手を握ってしまうから。

「ごめんなさいフェンサリル。…あなたが王子様だったらよかったのに…」

 私はフェンサリルに背を向ける。これ以上話したくなかった。私は王室に輿入れする。この国を変えるために。もう運命は変わらない。フェンサリルとはここでお別れするしかなかったのだ。私は王子様と結婚するために一番に愛してくれる人を捨てる。この場で一番嫌な女は間違いなく私だった。


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